研修医による紛争が長期化
―問われる医師人材育成の課題
公的医療サービスでは4月、研修医による6日間に渡るストライキが発生した。争点になっているのは、勤務実態や物価高などを反映した賃上げと、専門研修の採用ポストの増設による高すぎる競争率の緩和だ。労使間の紛争は既に3年に及んでおり、若手医師人材を巡る従来の問題が改めて浮き彫りになった。
頻発するストライキ-高まる研修医の不満
イングランドの国民保健サービス (National Health Service, NHS) において、レジデント・ドクター (resident doctor)(注1)、いわゆる研修医による労使紛争が長期にわたって続いている。医師の労働組合に当たるイギリス医師協会(British Medical Association, BMA)の研修医委員会(Resident Doctor Committee, RDC)は、前政権下での賃金抑制や近年の物価高によって低下した実質賃金の水準回復 (pay restoration) と、専門研修に関する採用ポストの増設を通じた競争の緩和を主な要求として掲げており、この4月にも、保健省 (Department of Health and Social Care) との交渉決裂を受けてストライキに突入したところだ。
研修医によるストライキは、2023年3月以降、今回を含め実に15回に渡って行われてきたが、とりわけ今回のストライキは過去最長の6日間に及ぶものとなり、研修医の不満の高まりがあらわとなった。ストライキの終了とともに、研修医たちは職場へと復帰したものの、RDCと保健省は依然合意には至っておらず、RDC側は従来の要求を堅持する姿勢を崩していない(注2)。
「寛大な」賃上げが「それでも足りない」理由
NHSにおける医師の賃金は、独立の医師・歯科医報酬検討機関(Review Body on Doctors’ and Dentists’ Remuneration, DDRB)による提言を受けて、保健省が毎年度決定する。2026年度、DDRBの提言に基づいて保健省が発表した賃上げ率は、医師全体で平均3.5%、研修医では平均4.9%であった(注3)。これに対しRDC側は、物価上昇によって医師の実質賃金は大幅に低下している、との認識を前提に、最低でも全体平均3.6%の賃上げを要求していた。加えて、RDC代表のジャック・フレッチャー氏は、交渉の最終段階において、保健省が待遇改善策のうち賃金に関する部分の額を減らし、その実施を3カ年に分けて行う段階的なものへと変更したとして、「ゴールポストをずらした」と批判している(注4)。一方の保健省は、研修医が過去3年間で28.9%という「公共部門でも最高の」賃上げの恩恵を受けてきたとし、RDCの要求を法外だとして退けている(注5)。
両者のこの大きな隔たりは、一つには物価上昇に対する認識の相違に起因している。通常、DDRBによる賃金の提言は消費者物価指数(Consumer Prices Index, CPI)に基づく物価上昇予測を反映させている。しかしRDCは、多くが学資ローンの支払いを抱える研修医にとってこのCPIによる物価上昇予測は不十分であるとし、小売物価指数(Retail Prices Index, RPI)に基づくより高い予測値を採用している。結果、シンクタンクのナフィールド・トラストによる分析(注6) が明らかにしているように、保健省とRDCとが認識する賃上げの実像には大きな乖離が生じているのである (図表1)。
図表1:過去年度と比較した2025年度の賃金水準
注:各年度を基準値(=100)とした場合の2025年度賃金との差を、異なる物価指数に基づいて算出したもの。
出所:Nuffield Trust, ‘Resident doctor pay: How do different methods affect how pay changes appear?
’ (1 June 2025).
加えてRDC側には、そもそも従来の賃金水準自体が研修医の勤務実態に即していない、という不満がある。研修医は、イングランドの医師の実に約半数を占めている(注7)。研修期間中とはいえ、ドクターである彼らが果たす責任は重く、医療サービスのほとんどを研修医に依存している病院も少なくない。NHSもこうした状況を受けて、2010年代以降、研修医を高度専門職人材として適切に遇するための施策を講じてきた。例えばイングランドでは2016年、勤務年数に応じた従来の昇給制度が廃止され、研修の段階を示すノーダル・ポイント (nodal point) に応じて昇給するという、研修医の勤務実態と職責、とりわけその職務内容の専門性に即した賃金体系が新たに構築された (図表2)(注8)。さらに、極めて象徴的な動きとして、2024年には、それまでのジュニア・ドクター (junior doctor) という名称が研修医の職責、専門性に対する誤解を招くとして、現在のレジデント・ドクターへと変更された(注9)。研修医の勤務実態とその待遇とのギャップを埋める取り組みは、ようやくここ10年ほどの間に進められてきたといえる。
| 2002年契約 | 2016年契約 | ||||
| 研修段階 | 勤務年数 | 基本給 | 研修段階 | ノーダル・ポイント | 基本給 |
| FY1 | 1 | £34,115 | FY1 | 1 | £38,831 |
| 2 | £36,044 | ||||
| 3 | £37,972 | ||||
| FY2 | 1 | £41,541 | FY2 | 2 | £44,439 |
| 2 | £44,047 | ||||
| 3 | £46,553 | ||||
| CT | 1 | £44,170 | CT1 | 3 | £52,656 |
| 2 | £46,675 | CT2 | |||
| 3 | £50,175 | CT3 | 4 | £65,048 | |
| 4 | £52,291 | CT4 | |||
| 5 | £54,843 | ||||
| 6 | £57,397 | ||||
| ST | 1 | £44,170 | ST1 | 3 | £52,656 |
| 2 | £46,675 | ST2 | |||
| 3 | £50,175 | ST3 | 4 | £65,048 | |
| 4 | £52,291 | ST4 | |||
| 5 | £54,843 | ST5 | |||
| 6 | £57,397 | ST6 | 5 | £73,992 | |
| 7 | £59,950 | ST7 | |||
| 8 | £62,502 | ST8 | |||
| 9 | £65,056 | ||||
| 10 | £67,610 | ||||
注:FY: Foundation Training Year, CT: Core Training, ST: Specialty Training. コア研修(Core Training)は、専門研修の準備段階として位置づけられた2~4年の研修であり、外科など特定の専門分野において義務づけられている。
出所:British Medical Association, ‘Pay scales for resident doctors in England
’ (2023 October 2025).
悪条件なのにポストが不足する逆説
興味深いのは、このように相対的に低い水準の待遇に甘んじてきた研修医が、「ポストの増設」を同時に要求しているということだ。イギリスの研修医は、医学部 (medical school) を卒業後、2年間の基礎 (foundation) 研修と3~8年の専門 (specialty) 研修に取り組むことになるが、各研修段階へ進むためには都度採用選考を勝ち抜かなければならない。RDC側は、特に専門研修の採用倍率の高騰に懸念を示し、採用枠の増加による競争の緩和を保健省に求めていた。実際、2025年度の専門研修の採用倍率は、全17部門で平均約8.5倍に上り、ここ10年一貫して上昇を続けている(注10)。保健省はこれに対し、2028年までに採用枠を4000人分増やすことを提案していたものの、合意には至らなかった。こうした高すぎる競争率は、多くの研修医に専門医資格取得への途上で足踏みを強いており、若手医師のキャリア形成、ひいては医師人材の育成そのものにとっての大きな障害になっているとして、NHSも問題視していたところであった(注11)。
この過酷な環境を生み出す要因の一つとして指摘されているのが、医学部の学位 (Primary Medical Qualification, PMQ) を海外で取得した医師 (International Medical Graduates, IMG) の流入だ。近年、コロナ禍を機に行われた医療従事者向け就労ビザの制限緩和などを背景に、国内の研修医に占めるIMGの割合は急激に上昇している。国内の医師の登録を担う総合医療評議会 (General Medical Council, GMC) の報告書によると、2024年には全研修課程に在籍する医師の約28%がIMGであり、これは10年前に比べて10%以上も高い割合となっている(注12)。専門研修への実際の応募者数においても、2023年度以降はIMGが国内卒の医師 (UK medical graduates, UKMG) を上回るようになり、採用倍率はIMG、UKMGともに上昇の一途をたどっている (図表3)。こうした専門研修を巡る激しい競争を緩和するため、そしてUKMGの就職難と海外流出を防ぐため、政府はUKMGを優先的に研修ポストへと採用する医療研修 (優先) 法 (Medical Training (Prioritisation) Act 2026) を制定した(注13)。今回のストライキ発生の背景に、こうした人材のグローバル化に伴う競争の激化が影を落としていたことは疑いない。
図表3:専門研修への応募者数のPMQ別内訳

注:公衆衛生 (public health) 部門の専門研修に限り、例外的に非医学部卒人材の受け入れが認められている。
出所:Department of Health and Social Care, ‘Medical Training (Prioritisation) Bill: impact statement
’ (14 January 2026).
RDC側も、この医療研修法の改正については、状況の改善に向けた第一歩として一定程度評価しているものの、問題の根本的解決には至っていない、との認識を示している。例えば、今回の法改正では「NHSでの十分な経験」(significant NHS experience) を持つIMGについてはUKMGと対等な条件に置かれるとされたが、RDCはこの「十分な経験」をより厳密に定義すべきだとしている。加えて、競争激化のそもそもの原因は専門研修ポストの不足にあるとして、採用への優先だけでなく採用枠そのものの拡充を要求し続ける構えだ(注14)。
低賃金と過度な競争。イギリスにおける若手医師人材の育成は、この二重の課題に直面している。ウェス・ストリーティング保健相 (当時) は、今回のストライキが「患者のケアに使われるべきだった何億ポンドものコスト」を強いたと述べ、研修医の「不必要で不合理」な要求を批判した(注15)。一方、ストライキに参加したある研修医は、BBCの取材に対し、「若い医師は基礎研修をくぐり抜けてきても、その後の就職先を見つけるのに不安を抱えることになる。こんなことを続けていては、NHSから医師がいなくなってしまうだろう」と語っている(注16)。
注
- イギリスにおける研修医は、医学部 (medical school) を卒業後、2年間の基礎研修 (Foundation Training)、そして各分野別の3~8年の専門研修 (Specialty Training) へと段階的に進み、専門医資格の取得を目指す。そのため、同じ研修医というカテゴリーの中にも、医学部卒業後間もない新人と10年近い臨床経験を持つベテランが混在することとなり、通常2年間の「初期研修」のみを指す日本の (臨床) 研修医に比べ、その母数が大きい点が特徴である。(本文へ)
- British Medical Association, ‘Pay restoration for resident doctors in England
’ (13 April 2026).(本文へ) - Review Body on Doctors’ and Dentists’ Remuneration, ‘Fifty-Fourth Report
’ (25 March 2026).(本文へ) - British Medical Association, ‘Resident doctor strike dates announced
’ (25 March 2026).(本文へ) - Department of Health and Social Care, ‘BMA resident doctor industrial action, April 2026 (PDF:169.87KB)
’ (2 April 2026).(本文へ) - Nuffield Trust, ‘Resident doctor pay: How do different methods affect how pay changes appear?
’ (1 June 2025).(本文へ) - NHS England, ‘NHS Workforce Statistics - February 2026
’ (30 April 2026) を基に算出。2026年1月時点で、NHSの病院(trust)に勤務する医師153,438人の内、専門研修医(Specialty Registrar)、コア研修(Core Training, 特定分野の専門研修の最初の2~4年を指す)、基礎研修(Foundation Training)を合わせた研修医77,775人の割合は、実に50%以上に上る。(本文へ) - なお、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドでは、一部の地域を除きこの2016年の契約は適用されておらず、勤務年数に応じた昇給を原則とする2002年の契約が維持されている。House of Commons Library, ‘Junior doctor contracts in England
’ (26 September 2016).(本文へ) - British Medical Association, ‘Junior doctors are changing their title to ‘resident doctors’
’ (13 September 2024).(本文へ) - NHS England, ‘2025 Competition ratios
’ (24 July 2025).(本文へ) - 2025年のNHSによる報告書では、専門研修の倍率高騰が医師のキャリアパス上の「ボトルネック」になっていると分析されている。NHS England, ‘The Medical Training Review: Phase 1 diagnostic report
’, (24 October 2025).(本文へ) - General Medical Council, ‘Workforce report 2025
’ (21 November 2025).(本文へ) - House of Commons Library, ‘The Medical Training (Prioritisation) Bill 2024-2026
’ (22 January 2026).(本文へ) - British Medical Association, ‘BMA specialty training policy FAQs
’ (1 April 2026).(本文へ) - Department of Health and Social Care, ‘Letter to BMA resident doctors committee - GOV.UK
’ (12 April 2026).(本文へ) - BBC, ‘'We will end up with an NHS without doctors' says striker
’ (7 April 2026).(本文へ)
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