労災被害者の生活と権利を守る
―台湾労働部の『法的権益支援プラン』始動
労災事故が発生した場合、補償を免れようとする悪質な雇用主により、多くの労働者が正当な権利を行使できず、遺族が深刻な経済的打撃を受けるケースが後を絶たない。こうした状況を改善するため、台湾労働部は10月23日(注1)、「労働災害による労働者および家族の法的権益支援プラン(注2)」(以下:「支援プラン」)を発表した。支援プランは、労災被害者の生活再建と権利保護を強化するとともに、企業側の安全意識向上を促す政策として期待されている。実施は2026年1月1日からの予定である。
現行制度と新たな支援制度
この新制度では、労働災害を被った労働者であれば資力(収入など)を問わず、弁護士による法的相談や和解への同行支援を受けることが可能となる。また、労災事故発生直後から迅速に「労働災害原因初期分析表」(中国語:「職災検査初歩分析表」)を作成し、雇用主の責任について初期判断を行うことで、被災者とその家族が必要な情報を早期に把握できる体制を整える。さらに、労働者の外国人配偶者や外国人労働者についても、労災事故発生後の手続全過程において通訳支援を提供し、言語障壁による不利益の発生を防止する。訴訟に発展した場合は、死亡または重傷を負った労働者とその家族に対し、法扶助弁護士(注3)が全面的に支援を行い、雇用主に対する権益確保を積極的に後押しする方針である。
一方、現行制度では、和解段階で地方労政担当者による相談支援が行われているものの、行政調停に同行が認められるのは賃金争議で和解金額が1万新台湾ドル(NTD)を超える場合に限られる。また、訴訟段階では法扶助制度を利用できるが、月収6万5,000NTD以下、資産300万NTD以下といった資力要件が設けられており、支援を受けられない家庭も少なくないのが現状である。
「三つの不平等」に立ち向かう制度改革
労働部の洪申翰部長は、労災後の被災者が直面する課題を「情報」「権力」「経済資源」の三つの不平等と指摘する。
第一に、情報の不平等である。労災発生後の手続は複雑で、制度に関する情報不足により、証拠保全が遅れ、不利な示談を強いられる事例が多い。地方の簡易相談だけでは複雑な案件に対応しきれない現状がある。
第二に、権力の不平等がある。雇用主は専門家を付けて交渉できる一方、労働者は専門的支援が乏しく、不当な圧力を受け権利主張を断念する場合もある。
第三に、経済資源の不平等が深刻である。資力審査によって必要な法的支援が受けられず、労働災害死亡事故の和解金額の約3割は300万NTDに達していない。雇用主側の責任追及が不十分となり、安全衛生への投資が軽視され、事故再発の温床となりかねない。
さらに、外国人労働者は、言語の壁や制度理解不足が重なり、権利保護が一層不十分な状況にある。契約内容や労災補償制度を理解できず、適切な救済手続を取れない事例が多く報告されている。台湾経済を支える重要な担い手でありながら、彼らは最も取り残されているグループの一つといえる。
支援プランの主な内容
今回発表された主な支援プランの内容は、以下の通りである。
- 労災事故直後からの情報支援強化
労働者の資力を問わず、労働部検査機関により「労働災害原因初期分析表」を迅速に提供することで、雇用主の責任について初期判断を行い、労働者および家族が事故の経緯を把握できるよう支援。証拠確保を早期化し、不利な示談防止を図る。 - 専門弁護士の同行・調停支援
労働者の資力に関わらず、法的相談・和解・調停・訴訟手続に弁護士が伴走し、不当な条件の受け入れを回避。労使紛争仲裁を法扶助対象に含め、迅速な解決を実現。 - 訴訟扶助支援の拡充
- 重傷・死亡労災は資力審査を免除し迅速扶助
- 刑事訴訟に必要な費用補助にも対象を拡大
- 民事訴訟に要する必要費用の扶助額を10万NTDまで引き上げ
- 訴訟期間中の生活費を支給
- 死亡した職災労働者の遺族に仮差押手続の保証金立替支援
- 外国人労働者への通訳支援を制度化
すべての手続・争議場面で通訳を提供し、言語障壁による不利益を根絶。
まとめると、表1の通りとなる。
| 制度段階 | 現行の支援措置 | 新プラン(2026年〜) |
| 情報提供 | 制度案内中心 | 初期分析表により責任判断を早期化 |
| 和解 | 地方労政担当者による相談支援 | 弁護士相談/和解への同行、資力要件なし 申請できる和解額にも制限なし |
| 行政調停 | 和解金1万NTD超の場合に同行 | 資力要件なし、調停前相談あり |
| 訴訟補助 | 資力要件あり(月収6万5,000NTD以下、資産300万NTD以下が目安) | 死亡・重傷は審査免除、費用補助拡充 |
| 外国人支援 | 限定的 | 通訳支援を制度化 |
出所:台湾労働部の発表を基に筆者作成。
今回の制度改革は、労災被害者が適切な補償を受けられる環境を整え、労働者の命と尊厳を守るとともに、企業側の安全衛生管理の強化を促す重要な一歩となる。
注
- (2025-10-23)挺職災勞工--「職災勞工及家屬法律權益協助方案」,為無力的職災勞工提供有力的支持
(本文へ) - 職災勞工及其家屬法律權益協助方案(媒體版)(PDF:9.08MB)
(本文へ) - 法扶助弁護士(法律扶助律師)とは、弁護士費用を負担することが難しい経済的困難者(經濟上有困難者)が裁判などの法的手続を行う際に、公的機関の支援によって無料または低額で弁護を受けられる制度(法扶助制度)に基づいて派遣される弁護士を指す。(本文へ)
参考文献
- 台湾労働部
参考レート
- 1台湾ドル(TWD)=4.96円(2025年11月5日現在 みずほ銀行ウェブサイト
)
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