外国人の流入削減案
―家族の帯同禁止や給与基準の引き上げなど
政府は12月、外国人の入国に関する規制強化案を発表した。このところ急速な増加が見られる介護労働者に対する家族の帯同禁止や、労働者の受け入れに際して課される給与基準の引き上げなどで、外国人の流入削減を図る内容だ。
介護労働者の受け入れ緩和で家族の帯同が増加
今回発表された規制強化案は、外国人の記録的な増加を受けたものだ。統計局の移民統計によれば、2023年6月までの12カ月における外国人等の純流入数(流入者数から流出者数を差し引いたもの)は67万2000人で、EU離脱以降、EU域外からの流入者が急速に増加している(図表1)。
図表1:出身(国籍)別流出入者数の推移
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注:各期のデータは直近12カ月(YE:year end)のもの。また2022年12月~2023年6月は暫定値(P)。
出所:Office for National Statistics ‘Long-term international migration, provisional: year ending June 2023’
この増加は、就学及び就労を目的としたものが多くを占める(このほか、ウクライナや香港からの人道的受け入れなど)が、とりわけこのところの家族の帯同の拡大が、増加傾向に拍車をかける要因となっている(図表2)。
図表2:EU域外出身者の純流入数の内訳
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注:「その他」には、人道的受け入れ(ウクライナ、香港等)、難民申請者を含む。
出所:同上
内務省が公表する入国許可の発行数に関するデータによれば、就労目的の入国許可の急増の大半は、2022年に受け入れ条件の緩和措置(注1)が講じられた保健・介護ビザに関するものだ(図表3)。インド、ナイジェリア、ジンバブウェなどの出身者が多くを占めるこの分野の入国許可件数には、主申請者を上回る数の家族の帯同が含まれる。例えば、2023年(第3四半期まで)の 同ビザにおける入国許可26万4228件のうち、家族の帯同に関するものが14万6218件(55%)を占めている。
図表3:就労目的の入国許可件数の推移
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注:2023年のデータは第3四半期まで。
出所:Home Office 'Immigration System Statistics, year ending September 2023' (Entry Clearance Visas - Applications and Outcomes)
こうした状況から、家族の帯同が外国人の流入増加の要因として問題視され、既に就学目的の入国者については、大学院以上のコース(post-graduate)の参加者にのみ家族の帯同を許可する制度改正を来年1月に実施することが決まっている(注2)。
介護労働者に家族の帯同を禁止、給与水準の基準を大幅に引き上げ
今回示された一連の規制強化案は、さらなる制度の厳格化による外国人の流入削減を企図したものだ。内相が庶民院で行った方針説明(注3)によれば、引き締め策は5点からなる。
1点目は、保健・介護ビザにおける家族の帯同の禁止だ。政府は、帯同者のうち就労している層は25%に留まるとみられ、大半は経済への貢献なく公的サービスの負担になるのみであるとして、禁止の妥当性を主張している。また、介護労働者の受け入れ先を、保健・介護サービスの監督機関の規制下にある組織に限定するとしている(注4)。
2点目に、外国人労働者の受け入れの下限となる給与水準の要件を、現状の年2万6200ポンドから3万8700ポンドに引き上げるとしている。政府によれば、この額は、受け入れ可能な労働者のフルタイム給与額の中央値に相当する。ただし、上述の保健・介護ビザによる入国者については、この基準の適用を免除するほか、公的医療サービスの労働者のように、公共部門の俸給基準が適用される労働者についても、基準は適用されない。
3点目に、労働力不足職種リストを通じた受け入れに関する給与水準の緩和策の廃止を挙げている(注5)。通常の労働者の受け入れの場合、下限となる給与水準(2万6200ポンド)と各職種の実勢給与額(職種内の労働者の上位4分の3がこれを上回る給与額)のいずれか高い額が適用される基準となるが、リストに掲載された職種については、それぞれ8割の額が用いられる。政府は、このうち実勢給与額について減額を廃止するとしている(下限額の減額は継続される)。上記の給与基準の改定を前提に、改めてリストの掲載職種の検討が、諮問機関であるMigration Advisory Commiteeに依頼される予定だ。なお、この改定にあわせて、リストの名称も「移民給与額リスト」(Migrant Salary List)に変更される。
4点目に、家族の呼び寄せに関する給与水準の基準についても、労働者の受け入れと同等の3万8700ポンドに改定するとしている。同基準は、2012年に年1万8600ポンドと設定されて以降、改定されていなかったが、これを倍以上に引き上げるものだ。
最後に、政府は諮問機関に対して、「大卒者」(graduate:就学目的の入国者が学部相当以上のコースを修了後、少なくとも2年間は引き続き滞在を認められるもの)ルートの乱用防止や質の維持を図るための見直しについて、検討を依頼している。
一連の制度改正のうち、労働者の受け入れ並びに家族の呼び寄せに関する給与基準の引き上げについては、来年春の導入が予定されている。政府は、これらの制度改革により入国が防止される外国人の規模は、昨年の入国者に当てはめれば30万人に相当すると試算している。
注
- 介護労働者(care worker)は本来、受け入れ可能な職種に関する規定の技能水準を下回るが、労働力不足職種リストに掲載することで例外的に受け入れを認めることとした。ただし、賃金水準の下限には実勢額ではなく規定額(2万6200ポンド×80%=年20,960ポンド、時間当たり10.75ポンド)が適用されている。(本文へ)
- このほか、就労を目的とした就学ビザの悪用を防止する策が講じられる(修了まで就労可能なビザへの転換を認めない)予定。(本文へ)
- House of Commons ‘Legal Migration’ Volume 742: debated on Monday 4 December 2023(本文へ)
- このほか、外国人の受け入れに際して課される医療負担金の額を、年間624ポンドから1035ポンドに引き上げるとしている。(本文へ)
- 政府案の公表に先立って、10月に諮問機関が政府に提出した労働力不足職種リストの見直しに関する報告書は、給与基準の減額の廃止やリスト自体の縮小・廃止などを提言しており、大きくはこれを受けた内容といえる。一方で、新たな給与基準の設定については、政府が独自に水準を決定したとみられるが、影響等の検証の有無や内容については不明。オックスフォード大学のMigration Observatoryの分析(’How will new salary thresholds affect UK migration?’)によれば、新基準が適用される通常の受け入れ職種の多く(IT関連、経営・財務マネージャー等)は、新基準を上回る給与が支払われており、大きな影響は想定されていない(ただし、飲食業では料理人等の基準を下回る職種も見られる)。むしろ、家族の呼び寄せに関する制度改正の影響について懸念を示している。
一方、労働力不足職種リストの掲載職種については、大半の実勢給与額が新基準を下回っており、減額を適用されるメリットがあると見られる。(本文へ)
付表:労働力不足職種(2023年8月時点)と実勢給与額、新たな給与基準案との差額
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注:「移民給与額リスト」における新たな給与基準の減額率は、従来と同様の8割を想定。なお、介護労働者については現行リストでは基準額(26,200ポンド)が適用されていたが、新基準下での給与基準については不明。
参考レート
- 1英ポンド(GBP)=180.10円(2023年12月14日現在 みずほ銀行ウェブサイト)
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