多くの国で実質賃金が下落「OECD雇用見通し2023」、AIが雇用に与える影響分析も

カテゴリ−:雇用・失業問題

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  • 国別労働トピック:2023年8月

経済協力機構(OECD)は7月11日、「OECD雇用見通し2023:人工知能(AI)と労働市場(OECD Employment Outlook 2023:Artificial Intelligence and the Labour Market)」と題する報告書を発表した。それによると、OECD加盟国全体の雇用は2023年から24年にかけて改善する見込みではあるものの、現時点では物価の高騰が実質賃金の下落を招き、影を落としている。同書はまた、AIが労働市場に与える影響についても分析している。以下にその概要を紹介する。

ほぼ全ての加盟国で実質賃金が下落

コロナ危機による不況から堅調に回復しつつあった労働市場は、2022年に入り、ロシアによる対ウクライナ侵略戦争の影響を受けて、失速した。多くの国で物価上昇が数十年ぶりの高水準に達し、各国政府は物価高騰に対する現金給付や財政支援等の救済措置を行ったが、低所得世帯の労働者の購買力は大きく低下した。このような労働者を支援する最も直接的な方法は、「法定最低賃金」を含めた賃金の引き上げだが、総じてOECD加盟国では、名目の最低賃金は物価上昇とほぼ同じペースで上昇していた。

しかし、名目最低賃金の引き上げより物価上昇が大きかったアメリカ(連邦最賃)、エストニア、オーストラリア、カナダなど一部の国では、2023年5月の時点(2020年末起点)で、実質最低賃金はマイナスになった(図表1)。

図表1:インフレ下の最低賃金
画像:図表1

他方、賃金全体(実質)の上昇率を見ると、賃上げ交渉時期のずれや、頻度の少なさが要因となり、物価上昇を考慮すると、多くの国がマイナスに転じていた。2023年第1四半期(前年同期比)時点の実質賃金は、OECD平均で3.8%下落した。最も下落率が大きかったのは、ハンガリーで▲15.6%、次にラトビアの▲13.4%等、チェコの▲10.4%、スウエーデンの▲8.4%と続く。日本は、物価上昇が比較的緩やかだったこともあり、▲3.1%であった(図表2)。

図表2:実質賃金の上昇率(%)-2023年第1四半期(対前年同月比)
画像:図表2

コロナ禍以降、企業収益は賃金を上回る伸び

OECDはまた、調査対象34か国のうち31か国で、企業収益の上昇率に、賃金の上昇率が追いついておらず、企業が収益の伸びに見合った賃上げを行っていないことを指摘している(図表3)。

ステファノ・スカルペッタ(Stefano Scarpetta)OECD雇用労働社会問題局長は記者会見で、「インフレによる市民の生活危機の費用は、政府・企業・労働者が分担しなければならない」と指摘した上で、「企業はインフレ/賃金スパイラル(物価が上昇することで賃金が上昇し、それがまた物価を押し上げるという悪循環)を発生させないようにしながらも、ある程度の賃上げに対応できるだけの収益がある」と述べた。

図表3:収益と人件費の伸び率(単位:%)
画像:図表3

AIが雇用に与える影響

今回の報告では、「人口知能(AI)が雇用に与える影響」についても特集で分析されている。ただし、直近で利用者が急増した「生成AI(Generative AI)」に関する情報は殆ど反映されていない。

AI全般(生成AIを除く)の先行研究によると、現時点でAIが雇用に対して重大な悪影響を及ぼしているというエビデンス(証拠)は皆無だった。その要因として、雇用現場におけるAIの導入が低調であることや、AIの導入によって不要になった労働者を、企業が解雇せずに配置転換で対応している可能性が示唆されている。また、AIとの協働に適した高技能の分野では、逆にAIが新たな雇用を創出していることも判明した。

懸念すべき点としては、一部の仕事において、AIの導入で労働強度が高まり、これまでより速い処理速度が求められる労働環境が醸成されたり、労働者のプライバシーや業務遂行に関する裁量が脅かされたりするケースが紹介されている。

その上でOECDは、AI過渡期にある現在、雇用現場の労使対話や、社会対話、知識や運用に関する訓練支援などが欠かせないことや、AIの導入にあたり、労働者代表が関与して協議を行う場合は、労働者にとってより良い結果をもたらす傾向があることなどを明らかにしている。

日本―経済活動は鈍化も、労働市場は堅調

日本についてOECDは国別報告の中で、他国と比較して失業率は低く安定していると評価している。少子高齢化によって就業者数はコロナ前(2019年12月)の水準から0.7%低下したものの、失業率は危機前より少し高い2.6%で、落ち着いている(図表4)。6月に発表した「OECD経済見通し2023」によると、今後、日本の失業率、就業者数は、ともに2023年から24年にかけて安定したまま推移すると予測されている。

図表4:失業率(労働力人口比)の国際比較(季節調整値)
画像:図表4

また、個別の雇用政策も紹介しており、女性活躍推進法の改正により2022年7月から一定規模以上の企業に対して、男女賃金差の公表が義務付けられたことや、2023年6月から一定規模以上の企業に対して、25年までに女性役員を最低1名選出し、30年までに役員の女性比率を3割以上とするよう奨励したことなどを取り上げている。

さらに、AIの活用については、少子高齢化による労働力不足に対処する好機としており、他国と比較して導入の際に労使が直接話し合う機会が設けられることが多く、労働者にとってよりよい活用に結びつく可能性を示唆している。

参考資料

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