労働時間改編案を巡る論争
 ―政府は見直しの検討を開始

カテゴリー:労働法・働くルール

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雇用労働部が3月6日に発表した「労働時間制度改編案」を巡って、発表直後から各界で激しい論争が続いている。今般の改編案(注1)では現行よりもむしろ労働時間は増大するとの懸念から、主として労働界からの強い反発があった。政府は3月15日、いまいちど世論に耳を傾けた上で改めて方向性を定めると発表。韓国では事実上の修正という見方がされている。

労働組合側は反発、経営側は肯定的な見方

雇用労働部が発表した「労働時間制度改編案」に対する労使の意見は正反対に分かれた。労働組合側は反発し、使用者側は肯定的な見方している。改編案の大きな柱のひとつに労働時間の選択権の拡大があるが、これによって、労働時間はむしろ増大する点を労働組合側は反発理由に挙げている(下表のとおり)。

韓国における二大労働組合の韓国労働組合総連盟及び韓国全国民主労働組合総連盟をはじめとした労働組合側からの反発の他、20代から30代の労働者を軸とした労働組合の協議会「新たに直す労働者協議会」(注2)による反対がとりわけ世間の耳目を集めた。本協議会の反対理由は、韓国では延長労働の上限が高く、延長労働が頻繁に行われており、こうした中で労働時間の選択権を拡大しても、労働者個人に保障された労働条件は自律的な意思に反して集団的な意思によって低下する懸念がある。また、労働条件を改善してきた国際社会の動きにも逆行する、というものだ。

影響力の大きいMZ世代の声

「新たに直す労働者協議会」は2022年2月の発足以降、政治闘争を排除し、労働条件の向上という労働組合の本質に集中する活動に取組むなど、既存の二大労働組合とは一線を画してきた。1980年代から2000年代生まれのミレニアル世代とZ世代が主軸になっていることからMZ労組とも呼ばれ、この世代への影響力も高まっている。

ユン・ソンニョル政権も、既存の労組とは異なる姿勢を見せる新たな労組の登場に期待し、既存労組との差別化によって、労働改革の正当性を確保しようとする動きもみせていただけに、本協議会が今般の改編案に反対を表明したことに加えて、MZ世代を中心に改編案に対する非難の声が高まったことは政権側に衝撃を与えた。

今般の改編案に関して、報道等では、インターバル規制(注3)を設けた場合、理論上は週最大69時間までの労働が可能となるという点(注4)がクローズアップしてとりあげられたため、以降、「現政権は週52時間制から週69時間制に変えようとしている」という非難の声が次第に高まっていった。政府は「週69時間は最大労働時間に過ぎない」と強調して説明するものの、「週69時間労働制」という言葉のみが巷間に流布するに至り、政府は改革案を再検討せざるを得なくなった。

大統領は改編案の修正を示唆

大統領室は3月15日の記者会見(注5)において、労働時間制度改編案の核心は労働時間の選択権の拡大であることを改めて強調。その上で、週あたりの最大労働時間については労働弱者の意見を聴取した後に方向性を決めると発表した。

これについて報道各社は、「週最大69時間労働」については政府が大幅な修正を示唆したと受け止めている。

表:労働時間制度改編案に対する二大労働組合及び
経営側(韓国経営者総協会、大韓商工会議所)の声明等の要旨
組織名 要旨
韓国労働組合総連盟
(注6)
  • 労働時間の選択権の拡大による労働時間の総量管理方式によって、労働現場で労働時間の上限が定着する可能性を懸念。
  • 包括賃金約定の根絶については、大言壮語と批判。今日まで不法状況を放置してきた政府の責任を非難。
  • 特定の時期に集中的に働きその後、休息を取るという働き方については、労働時間には事前予測が可能な規則的な業務環境の中で、時間的、心理的余裕が必要であり、今般の政府案では労働生産性と労働者の健康権の相互向上は望めないと指摘。
韓国全国民主労働組合総連盟
(注7)
  • 勤労基準法の適用さえ不十分な零細事業所の労働者、短期契約の非正規労働者にとっては「画餅」と批判。
  • 包括賃金の規制については実行性に乏しく、結局使用者の利益に帰結するだけで労働者の利益には結びつかないと指摘。
  • 労働者の権利と労働条件の改善のため用いることのできる最も有効な手段は労働組合であることを強調するとともに、使用者と対等な交渉が可能となるよう、法と制度に普遍的な労働権、労働組合の権利を付与することが最も緊急で切実な課題であると主張。
韓国経営者総協会
(注8)
  • 政府案を概ね歓迎。
  • 韓国経済の足かせとなっている古い法制度を改善する労働改革の出発点となるとその意義を評価。
  • 現在の画一的・硬直的な労働時間制度によって、業務量の増加に応じた柔軟な対応やワーク・ライフ・バランスの要求に応えて多様な労働時間選択が可能となることを期待。
  • 極端な事例を挙げて、長時間労働が助長されるとか、労働者の健康権が害されるといった考えは杞憂にすぎないと主張。
  • 労働者の健康保護措置については、制度的な制限を設けるよりも、労使が自律的に選択できる様々な健康保護措置案を設ける必要があると付言。
大韓商工会議所
(注9)
  • 政府が発表した案について502社を対象にアンケート調査を実施。
  • 回答企業のほぼ80%が、今般の改革案が実行されることで、「企業の経営活動に役立つ」「企業の競争力向上に役立つ」「新規採用、雇用の安定等に有効である」と回答しており、改革案は企業経営と雇用に肯定的な影響を及ぼすと見られている。
  • 労働改革の核心は労使関係の先進化であり、労使関係をグローバルスタンダードに合わせて改善していく必要がある(大韓商工会議所雇用労働政策チーム長コメント)。

出所:各組織ウェブサイトを基に作成

参考資料

  • 報道資料(雇用労働部2023.3.6)新しいウィンドウ
  • 連合ニュース
  • 中央日報
  • 東亜日報
  • アジア経済ニュース
  • ハンギョレ新聞
  • ソウル経済
  • 韓国労働組合総連盟ウェブサイト
  • 韓国全国民主労働組合総連盟ウェブサイト
  • 韓国経営者総協会ウェブサイト
  • 大韓商工会議所ウェブサイト

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