民間企業従業員の年金制度の創設

カテゴリー:労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2022年9月

カンボジアにおける社会保障制度には、労災保険と健康保険、年金がある。年金は2009年から公務員と軍人を対象とした制度が運用されているが、民間企業に雇用される従業員の制度はなかった。このほど、2022年7月1日から民間企業従業員の制度が運用開始され、3カ月間の加入促進期間を経て、10月1日から保険料の徴収と年金の支払いが始まることになった。

コロナ禍で導入が延期された年金制度

民間企業の従業員向けの年金制度が2022年7月に導入され、10月から運用が開始されることになった。これまで、国家社会保障基金(NSSF, National Social Security Fund)が実施する社会保障制度は、2008年に労災保険、2009年に年金保険、2016年に健康保険が導入されたが、年金保険は公務員や軍人を対象とする制度しかなかった(注1)

今回導入した年金制度は当初、2019年の社会保障法改正で制度の法的根拠を整えた後、2020年から運用される予定だった。しかし、使用者団体の要請および国家社会保障評議会(NSPC, National Social Protection Council) (注2)の判断により延期されていた。

使用者団体であるカンボジア衣料品製造業者協会(GMAC)は、2019年11月、雇用主の財政的負担軽減の必要性を訴え、2020年の年金制度の導入を1年、遅らせることを要請した(注3)。この要請に対して、労働大臣は同年12月、雇用主の準備期間として1年間は必要ではないものの、検討の余地はあるとして予定されていた2020年の導入を延期することとした(注4)。その後、政府は2021年3月4日に年金制度導入のための命令(Sub-Decree 32)を発効した(注5)。これにより、「老齢年金」「障害年金」「遺族年金」「葬祭給付」の4つの年金制度が導入されることが明らかになった。これで労働職業訓練省と経済財務省が具体的な規則と手順に関する省令を発効することで運用可能になったが、国家社会保護評議会(NSPC)はコロナ禍の社会経済への影響を踏まえて、2021年の年金制度開始は困難だと判断し、制度内容と開始時期を再検討するため再延期を求めたため、同年の導入は見送られた(注6)

200万人の民間部門労働者に適用

2022年6月28日、経済財政省と労働職業訓練省は、年金制度の運用開始日を7月1日とする共同省令第165号(Joint Prakas No.165/22)を発表し、7月5日付の2つの労働職業訓練省令によって企業の登録手続きや支払開始日に関する通知を行った。労働職業訓練省令第168号(Prakas No.168)は、企業や従業員の登録の手続きおよび労働法に定められた拠出等を定めており、省令第170号(Prakas No.170)は強制および任意の年金拠出開始日等を規定している(注7)

年金制度の適用対象となるのは、2022年6月の時点で、NSSFに登録している約10,000社の民間企業で働く約200万人の被用者である(注8)。保険料率は、制度導入後の5年間は4%を2%ずつ労使で折半するが、その後6~10年目は8%に引き上げられて労使で折半する予定である。11年目以降は10.75%、更にその後は10年毎に2.75%ずつ引き上げるとしている(注9)。従来からある労災保険制度は、雇用主負担0.8%(注10)、健康保険制度は、同2.6%である(注11)。つまり、雇用主負担はこの3.4%に2%が付加されるかたちになる。

新規設立の企業は会社設立日から 30日以内に、NSSFに未登録の既存企業は、省令第168号の発効日(7月5日)から30日以内に、NSSFに会社を登録する必要がある。従業員の登録は、雇用契約開始から 3日以内にする必要がある(注12)

4つの年金制度

新しい年金制度は既述の通り、「老齢年金」「障害年金」「遺族年金」「葬祭給付」の4種類である(注13)。老齢年金は、60歳が支給開始年齢で、定年退職する年齢まで保険料を積み立てれば、その後毎月の年金が支給される。障害年金は、事故や病気による早期退職の場合に支給される。遺族年金は、老齢年金や障害年金の受給者、または5年以上保険料を納めていた死亡者の被扶養者に支給される。葬祭給付は老齢年金または障害年金の受給資格者が死亡した場合に支給される(注14)

老齢年金の保険料の支払い義務があるのは、月給20万リエル(約50米ドル)から120万リエル(300米ドル)の労働者であり、年金の支給は、12カ月以上の保険料が支払済の60歳以上の退職者が対象となる(注15)。障害年金の支給要件は、事故によって就労不能と診断されるまで60カ月以上、保険料を納付していることである。遺族年金については、加入者の保険料納付期間が亡くなる前に60カ月未満だった場合、配偶者または扶養されている子供は、配偶者が結婚証明書を提示することができて無収入の場合にのみ支給が可能となる。その際、扶養する子は18歳未満であり、かつ未婚で無収入である必要がある。死亡した加入者の子供が慢性疾患や障害を持っている場合には、その子に終身年金が支給される。

NSSFによる老齢年金支給のモデルケースは、保険料対象賃金額が上限の毎月120万リエルの労働者の場合、20歳から毎月年金保険料を40年間納付して、60歳になった場合、毎月172ドル(現役時代の月収の57.50%)の年金が支給される計算となっている(注16)

労使の意見

政府は7月~9月を登録促進と年金制度の周知期間として説明会を全国各地で開催している。8月20日までに1,600のワークショップが開催され、78万人の労働者が参加したという(注17)

カンボジア・アパレル労働者民主組合連合(Coalition of Cambodian Apparel Workers Democratic Union)は、民間部門の年金制度の導入は5年前から公式に要請してきたことで、今回の制度開始を歓迎している。その上で、新しい年金制度は保険料を労使双方が拠出するため、制度内容や機能を労使双方ともに十分に理解することが重要だとしている。また、運用にあたってはNSSFに納付された保険料が適切に管理され、運用状況等が適切に情報公開される必要があるとしている。さらに、年金制度の方針は、労組にとって100%良いものだとは言えないが、高年齢の労働者にとっては有益な制度であり、労働者がNSSFに拠出した分に相応しい年金受給ができることを期待している(注18)

他方、2019年の時点で年金制度導入の延期を要請していた使用者団体GMACは、年金制度の導入計画が数年前からNSSFの計画の一部として進められてきたことを踏まえて、GMAC会員企業は法律に従って導入の準備をしてきたとしている(注19)。その上で、制度の導入が2023年1月に予定されている最低賃金の見直しの直前の時期に重なったこと、しかもコロナ禍等による困難な経済状況の中で雇用主が更なる負担を強いられることに懸念している。さらに、使用者団体として、関係省庁に対して国内でのビジネス環境の改善のために必要な行政改革を引き続き行うよう求めるとともに、労働者と労組に対しては、年金制度導入によって事業競争力が損なわれる可能性もあるため、コストの増加に見合う生産性の向上への協力を求めるとしている。

(ウェブサイト最終閲覧日:2022年9月9日)

参考レート

  • 1000カンボジア リエル(KHR)=34.6148円(2022年9月15日現在 Exchange-Rate.org新しいウィンドウ)

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