ロシアのウクライナ侵攻が世界経済に与える影響
 ―OECD報告

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  • 国別労働トピック:2022年5月

経済協力開発機構(OECD)は2022年3月17日に、「ウクライナ紛争の経済社会的影響と政策的意味(Economic and social impact and policy implications of the war in Ukraine)」と題する報告書を公表した。同書はロシアによるウクライナ侵攻が、各国の経済成長に与える影響等について分析し、今後取りうる政策の方向性を示している。以下にその概要を紹介する。

1)世界経済におけるウクライナとロシアの位置づけ

2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、深刻な人道危機を招いているのみでなく、各国の経済成長にも大きな影響を与えている。先に両国の国際社会における位置づけを整理したい。

両国のGDP(国内総生産)が世界全体に占める割合は2%ほどであり、世界経済での役割は一見小さいように見える。

しかし、両国は一次産品の主要なサプライヤーであり、世界全体の小麦の30%、トウモロコシや無機質肥料、天然ガスの20%、石油の11%を両国で占める。

両国はまた、半導体の製造に使用されるアルゴンやネオン等の不活性ガスを産出しているうえ、航空機に用いられるスポンジチタンの一大生産国で、ウランの資源量も高い。

くわえて、両国は金属輸出においても重要な役割を担っており、とくにロシアは車の触媒コンバータに使用されるパラジウムと、スチール製品やバッテリー製品の製造に使用されるニッケルの主要なサプライヤーである。

これら多くの一次産品の価格は、ロシアのウクライナ侵攻以来、急速に上昇している。

2)世界経済全体への影響

上記のような一次産品の価格高騰は、世界経済の成長を鈍化させ、インフレ圧力を高めている。侵攻以前は、ほとんどの国で新型コロナウィルスまん延による影響から回復傾向にあったが、侵攻によって2022年の1年間で、世界の経済成長率は1%以上押し下げられ、インフレ率も2.5%上昇すると試算される。

この推計には、NiGEMモデル(注1)が用いられている。同推定モデルでは、侵攻直後の2週間で起きた一次産品の価格上昇と、金融市場における混乱が1年以上続くと仮定し、さらにウクライナとロシアの国内需要の落ち込むことが考慮されている。ただし、さらなるロシアへの経済制裁や不買運動、輸送網の混乱、貿易制限等の可能性については反映されていない。

推計結果はつぎのとおりである。

図表1はGDPへの影響度合いを地域別に示している。これをみると、ユーロ圏が最も大きな影響を受けており、ユーロ圏全体でGDPが1.4%押し下げられると推定される。その要因のほとんどは一次産品の価格上昇によるものである。なお世界全体では1.08%、OECD加盟国全体では1.0%、アメリカでは0.88%、ロシアを除いた世界全体では約0.8%の下げ幅と試算されている。

なお、日本を含むアジア太平洋地域の先進国やアメリカは、欧州地域に比べてロシアとの貿易・投資関係は弱いものの、国際的な需要低下と価格上昇による家計への打撃等によって、経済成長への打撃は免れない。

図表1:1年間でGDPに与える影響
画像:図表1

  • 出所:OECD(2022) Figure5-Aより

図表2はインフレ率への影響度合いを地域別に示している。これをみると、前述したようにロシアによるウクライナ侵攻は世界全体のインフレ率を2.5%押し上げると試算される。これについでユーロ圏とOECD加盟国が2.0%の上昇である。いずれも一次産品の価格上昇が、主要な要因である。

なお、新興国は食料やエネルギー価格の高騰によって、先進国以上にインフレ率が押し上げられると見込まれる。これは経済成長への影響にとどまらず、貧困と飢餓のリスクも高めるものである。とくに中東ではウクライナとロシアからの小麦の輸入が、全体の75%を占め、今後の影響が懸念される。

図表2:1年間でインフレ率に与える影響
画像:図表2

  • 出所:OECD(2022) Figure5-Bより

3)欧州地域における影響

ここでウクライナ侵攻による影響が最も大きい欧州地域に注目したい。欧州地域においてロシアからのエネルギー輸入が完全に絶たれることは、重大な経済リスクである。

実例の一つとして、ガス価格は2022年1月から170%に上昇しており、これは上述したシミュレーションの2倍の価格である。こうした規模の価格高騰が続けば、欧州のインフレ率はさらに1.25%上昇し、欧州の成長率はさらに0.5%押し下げられると推定される。

またエネルギー関連の輸入が20%減少した場合、欧州経済の総生産高は1%以上減少すると推計される。とくにリトアニア、ギリシャ、トルコの総生産高は2%以上減少すると見込まれる。産業別には、国内のエネルギー生産部門や航空輸送部門、化学製品や金属製品の製造部門が大きな打撃を受けると考えられる。

上記にくわえ、ウクライナからの避難民受け入れに伴う経済的な負担も大きい。

2015年から2016年に欧州へ避難したシリアからの亡命希望者の場合、一人当たりにつき、OECDは10,000ユーロ、ドイツ政府は12,500ユーロ支出したと推計している。

現在のところ、ウクライナからの避難民の正確な人数や、滞在期間は未だ不透明であるうえ、国によって支援内容に差はあるものの、2022年3月時点で避難民は300万人あまりとされ、その支援にかかる費用は1年間でEUのGDPの少なくとも0.25%に上ると試算される。

4)政策的インプリケーション

以上のような推計結果を踏まえ、今後各国政府が検討すべき政策課題は次のとおりである。まず、金融政策としては、確たるインフレ期待と安定的な金融市場を確保することに注力すべきである。

つぎに財政政策としては、欧州における避難民支援に注力するとともに、一次産品や食料の価格高騰が家計と企業に与える影響を緩和することが、当面優先すべき課題となる。

具体的には、低所得者世帯を対象とした一時的な現金給付や、エネルギー関連(電気料金等)の消費税や付加価値税の削減といった物価対策が考えられ、既に多くの国で実施されている。また、電気会社へ補助金を支給することで電気料金の上昇を防ぐ国もある。ただし、こうした対策は対象を絞り、期間を限定して行うことが重要となる。

このような一時的な政策ののち、中期的にはクリーンエネルギーへの投資と、防衛費への支出が重視されよう。

最後にエネルギー政策として、既に欧州ではロシアへのエネルギー輸入の依存度を弱める動きがみられるが、今後は化石燃料からクリーンエネルギーへの移行とエネルギー効率の向上が求められる。

参考文献

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