域内他国への労働者派遣の改正指令が成立

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  • 国別労働トピック:2018年8月

欧州理事会は6月、域内他国への一時的な労働者の派遣に関する改正指令を採択した。賃金水準や社会保障制度の異なる国からの労働者の流入増加が、受け入れ国において問題化するとともに、労働者の権利の保護が不十分な状況も指摘されており、こうした状況に対応することを目的としたものだ。一時的派遣と認める期間の短縮や、受け入れ国における均等賃金の適用など、各種の規制内容の強化が盛り込まれている。

域内他国への一時的派遣、およそ230万人

海外派遣労働者(posted worker)は、欧州経済圏およびスイスにおけるサービス提供の自由に基づき、通常就業する加盟国(送り出し国)の企業に雇用され、他の加盟国(受け入れ国)に限られた期間だけ派遣されて就業する労働者を指す。受け入れ国における請負業務に従事する場合や、複数の加盟国に事業所を有する企業内での国境を越えた異動、あるいは派遣事業者が他の加盟国に人材派遣を行なう場合がこれに該当する。現在、域内で229万人(2016年時点)がこうした形で就労しており、うち69%が生産部門(45%が建設業)、29%がサービス業(教育業、保健・介護業、金融・保険業など)に従事しているとされる(このほか、農業・狩猟業・漁業が1.5%)。こうした労働者について、近年、相対的に賃金水準の低い加盟国からの労働者の流入拡大が受け入れ国側で問題視されてきた(注1)。また、労働者の権利が十分に保証されていない状況も指摘されている。

図表:一時的派遣による労働者数(上位20カ国) 図表:画像

出所:European Commission (2017) "Posting of workers - Report on A1 Portable Documents issued in 2016"

現行の海外労働者派遣指令(注2)は、2年未満の派遣について、労働者に対する受け入れ国の労働法の適用を限定的なものとし、また社会保障制度についても送り出し国側の制度の適用を継続することを認める。適用される労働法は、最低賃金のほか、労働時間規制、安全衛生、妊産婦や児童・若者の保護施策、差別禁止など。また建設業については、労働協約や仲裁裁定に関して業種全体への拘束力が宣言(一般的拘束力宣言)されている場合、これが適用されるが、他業種については加盟国に扱いが委ねられている。

一方で、例えば特定の地域・業種において、参加企業のみが適用を受ける協約に基づく最低賃金額などの規定には、従う必要はないとされる。複数の労使紛争などに関連して、こうしたルールの適用を労組や当該国の政府などが求めてきたが、欧州司法裁判所による累次の判決は、現行のEU法に基づく判断としてこれを却下してきた。欧州委は、各国内のルールとEU法の間のこうした摩擦を緩和するため、労働者及び雇用主に対する意識啓発や、各国における監督体制の改善など、現行ルールの実施強化をはかる新たな指令を2014年に成立させたものの、1996年指令の規制内容自体には変更を加えなかった。

均等賃金の適用など

これに対して、今回の改正指令案は規制内容の強化に踏み込んだものといえる。柱の一つは、公正な賃金の保障だ。最低賃金制度のみを適用する現行制度から進んで、報酬に関する規則の平等な適用(受け入れ国の労働者との均等賃金)を義務付ける内容となっている。また各国は、地域あるいは業種別の労使協定についても、広範に適用される代表的なものであれば、適用を定めることができる。

また、労働条件の改善策として、海外派遣労働者の旅費や宿泊費は雇用主が負担し、労働者の賃金から差し引くことを禁じている。雇用主はまた、労働者に対して、国内の規則に即した適切な居住環境を提供しなければならない。

派遣期間については、従来の24カ月から12カ月に短縮され、6カ月までの延長が認められる。労働者はこの期間を超えて受け入れ国で就労することができるが、以降は通常の労働者と同様、受け入れ国の労働法や社会保険制度が適用されることとなる。

さらに、ペーパーカンパニー(letterbox company)などを利用した不正な派遣に対して、加盟国は指令の定める労働者保護の適用を確保すべきこととされる。

改正指令案は、6月末に開催された欧州理事会で採択され、成立した。施行後は、2年を年限として各国に法整備が求められる。

なお、域内他国で貨物輸送サービスの提供に従事するトラック運転手を巡っても、類似の状況が生じており、主要国を中心に規制強化の要望が高まっている。現在、域内の大半の国は、国内での貨物の運送サービスには国内の登録事業者があたることを原則としているが、1998年の制度改正以降、域内他国に貨物の運送を行う場合、7日間・3回に限って、国内での運送サービスの提供が認められている。しかし、ポーランドやルーマニアなどの事業者が、低賃金かつ低労働条件の運転手を使用して、他国で低価格のサービスを提供するケースが増加しているとされ、国内の事業者や政府がこれに懸念を示している。このため現在、個別法の改正が進められているところだ。

欧州労働機関の設置案

これに関連して、欧州委員会は3月、欧州労働機関(European Labour Authority)の設置案を採択したところだ。他国で就労する場合の権利等のルールの啓発や、求人、職業訓練等の情報提供のほか、国をまたいで行われる就労に関する各国監督機関の支援、あるいはそうした状況における紛争の仲裁などが目的として掲げられている。

域内共通の労働監督機関の設置は、昨年に示された政策方針「欧州社会権の柱」の一環として位置づけられている。背景には、他の加盟国で就労するEU市民の規模が拡大(注3)する中で、こうした労働者に適正な労働条件が保証されにくい状況が問題視されてきたことがある。欧州委はこの要因として、国境を越えて生じた状況に関する労働者および雇用主向けの情報提供、支援、ガイダンスの不足や、各国の当局間の協力関係の不足を挙げている。これまでも、1996年指令の実施体制の強化をはかる取り組みが行われてきたものの、今回設置が提案されている組織は、加盟国間の国境を越えて生じる状況に対応することで、個別の加盟国における監督機関の機能を補完する実施機関としての役割を担うことになるとみられる。

欧州委は、欧州労働機関の目的として以下を挙げている。

  • 他の加盟国における各種の機会(雇用、アプレンティスシップ、就職支援スキーム、採用、訓練)に関する情報や、他国での生活、就労および/または営業に関するガイダンスを個人、企業向けに提供
  • 国境をまたいだ就労にかかわるEU法の保護や規制の順守が簡易かつ効果的に行われるよう、各国規制機関の協力を支援
  • 複数国にまたがる事業再編など、国境をまたいで生じる紛争に仲裁を提供、解決を促進

年間の予算規模は、組織の定常的な運営が予定されている2023年で、5090万ユーロとなる見込みだ。財源の一部は、新組織によって代替されるEUの既存機関・事業に係る予算の一部が充てられるとみられる。これには、雇用・社会的革新プログラムや、雇用・運輸に関する事業などが含まれる。また、各国に応分の(「最低限の」)負担を求めることが想定されているものの、規制強化により従来は徴収できていなかった税・社会保険料が徴収可能となることで、総体としては財政的に利益となりうるとしている。

欧州委は、2019年中の設置を目指している。

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