EU離脱後の労働力不足の可能性

カテゴリー:外国人労働者

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  • 国別労働トピック:2018年4月

2016年の国民投票以降、EU市民の流入者数の減少と流出増加が続いている。近年、EUからの労働者を多く雇用してきた低技能・低賃金業種などでは、既に人手不足が生じ始めているともいわれ、EU離脱後には、労働力の調達がさらに困難になる可能性が懸念されている。ただし、政府の諮問機関は、離脱による労働市場への影響は限定的との見方を示している。

就労目的のEU市民の流入数が減少

統計局が2月に公表した移民関連統計によれば、2017年9月までの12カ月間における移民等の純流入数(流入者数と流出者数の差)は、前年を2万9000人下回る24万4000人となった。2016年の国民投票で、EU離脱への賛成票が過半数を占める結果となって以降、EU市民の流入者数の減少と流出者数の増加が続いていることが原因で、主に就労目的の流入、なかでも求職を目的とする者の流入数の減が大きい。国民投票以降、移民に対する敵対的な風潮が国内で強まっていることに加え、為替相場におけるポンドの下落、将来の滞在資格に関する不確実性、一方でEUにおける景気や雇用状況が持続的に改善していることなどが、要因として指摘されている。

図表:就労目的のイギリス人・外国人の地域別純流入数の推移 (千人)
図表:画像

注:1年以上の滞在(予定)者に関する推計。各期のデータは直近12カ月のもの。2017年については統計局のデータより試算。

出所:Office for National Statistics 'Migration Statistics Quarterly Report'

移民政策に関する政府の諮問機関Migration Advisory Committee(MAC)の分析(注1)によれば、欧州経済圏(EEA)(注2)からの労働者の多くは低技能職種に従事しており、この比率は2004年の42%から2016年には49%に上昇している。特に、清掃・家事労働や未熟練倉庫作業、飲食料品等加工作業、包装・瓶詰め・缶詰・充填作業などの従事者が多くを占める(注3)。同時期に、イギリス人労働者やEEA域外からの労働者では、低技能職種従事者の比率の低下と高技能職種従事者比率の上昇が観察されることから、低技能職種従事者比率の拡大はEEA労働者のみの特徴といえる(注4)

EU労働者を多く雇用する業種からは、離脱に先立って既にEU労働者の離職が始まっており、採用も困難になっているといった状況が聞かれる。例えば、食品加工業の業界団体Food and Drink Federationが、農業やホスピタリティ業、小売業などの業界団体とともに2017年に実施した調査では、回答企業の31%でEUからの労働者が既に帰国、また47%で従業員が帰国を検討しており、33%が欠員の補充が困難な状況に直面していると回答している(複数回答)。EUから労働者を調達できなくなった場合の対応策として、55%の企業がオートメーション化を、また50%が国内での採用を試みるとする一方で、事業が立ち行かなくなるとの回答も36%にのぼり、17%は海外移転を検討するとしている。

企業は離脱後の人手不足を懸念

Migration Advisory Committeeは現在、政府からの諮問により、国内の労働市場におけるEEA労働者の現状や、社会的、経済的、財政的な影響などに関する評価を進めており、その一環として、雇用主や一般からの意見を募集、業界団体などから寄せられた417件の意見書をもとに、中間報告を取りまとめた。

EEA労働者を雇用する理由については、多くの雇用主が、イギリス人労働者では充足できない必要なスキルを有していること、相対的に勤労意欲が高いこと、時間外労働や夜間労働などにも従事する用意があること、また国内の低失業状況からイギリス人労働者が採用しにくいことなどを挙げ、安い労働力を求めてEU労働者をターゲットにしているわけではない、としている。また、EEA労働者を雇用することによって、国内労働者の訓練機会が損なわれているわけではなく、あくまで短期のスキル需要の充足のために利用している、との主張が多いという。

とりわけ低賃金部門を中心とする雇用主の間には、離脱後のEEA労働者の受け入れに関して、現在の域外からの受け入れと同等の制度(ポイント制-後述)が適用される場合、技能水準の不足を理由に労働許可の申請は認められないとみられることから、懸念を示している。多くの雇用主が、EEA労働者は代替不可能であり、調達が困難になれば、事業の成長鈍化や縮小、あるいは廃業を招きかねないとしている。

MACはこれに対して、雇用主の見解は重要ではあるが、こうした懸念に配慮しすぎるべきではない、との立場を示している。EEA労働者のうち、相対的に高度な技能を要する仕事に従事しているのは、主に2004年以前からの加盟国出身の労働者であり、2004年以降に増加した新規加盟国からの労働者は低技能部門に集中していること、また雇用主が主張する高度技能への需要も、誇張されている側面があると指摘している。

MACは、イギリス人労働者とEEA労働者、さらにEU域外からの労働者の賃金水準を比較、EEA労働者のうち、従来のEU加盟国(ドイツ、フランスなど)からの労働者については、イギリス人に比べて平均で12%高い賃金水準にあるが、新規加盟国からの労働者については、イギリス人より27%低いとの結果を示している。新規加盟国からの労働者との間の賃金格差のほとんどは、年齢や就労する地域、あるいは業種や職種などにより説明可能で、条件が同等の労働者を比較した場合、格差は4%に縮小するという。ただし、EEA労働者が国内の賃金水準を引き下げているという証拠はなく、むしろ金融危機に関連した賃金水準の低迷が、EEA労働者の増加と誤って結び付けられていると分析。賃金水準の低迷は、投資やイノベーションを通じた生産性の向上により緩和が図られるべきであるとしている。賃金を上げても必要なスキルやを有するイギリス人を採用することはできない、との一部の雇用主による主張を一蹴、賃金水準を現在より十分高めれば、ほぼ常に必要な人材を国内で採用することができるだろう、と述べている。

最終報告書の公表は、9月に予定されている。賃金や教育訓練、生産性、また財政など、多様な影響に関する分析が盛り込まれる見込みだ。

離脱後は域内の移動の自由は廃止に

EU離脱後のEU市民の入国に際して適用される制度について、政府は未だ詳細を示していないものの、従来のEU法に基づく移動の自由は原則廃止されるとみられる。EUとの離脱交渉では、現在イギリス国内に居住するEU市民の権利がどのように保障されるかが、EU側から重要な論点の一つとして挙げられていた(注5)

3月に公表された合意文書案によれば、2019年3月に予定されるイギリスのEU離脱以降、2020年末までを移行期間('transition or implementation period')(注6)とし、期間終了までに入国したEU市民については、移動の自由など従来の権利を保証するほか、新設される「定住」資格(settled status)への申請を認めるとの方針を示している。「定住」資格は、5年間の合法的な滞在などを要件として、移行期間終了後も従来の権利(居住、社会保障給付、年金、医療、教育、あるいは家族の呼び寄せなど)を保証するもの(注7)。また、移行期間終了までに入国し、滞在期間が5年に満たないEU市民についても、一時的居住許可(temporary residence permit)に基づく5年の滞在が認められ、同様に「定住」資格の申請が可能となる(移行期間中の入国者については登録制度を適用)。なお、移行期間終了後、2021年7月以降は、「定住」資格か一時的居住許可のいずれかの保有が滞在の要件となる。

離脱後の移民制度に関する方針文書は、予告されていた昨年中ごろの公表から延期され、現時点では今秋とみられている。

参考資料

参考レート

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