EU離脱後の移民動向をめぐる予測

カテゴリー:外国人労働者

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  • 国別労働トピック:2017年4月

EU離脱に関する国民投票後、就労目的のEUからの入国者が減少していることが、統計局のデータから明らかになった。現在、EUからの労働者を多く受け入れている雇用主などからは、離脱後の労働力不足を懸念する声が強い。政府は、EUからの人の移動の制限は不可避との立場を維持しつつ、こうした影響には配慮する意向も示している。

就労目的の入国者が減少

統計局が2月に公表した外国人等の移動に関する統計(注1)によれば、2016年9月までの12カ月における海外からの純流入数(流入者数から流出者数を差し引いたもの)は27万3000人となり、6月までの12カ月の33万5000人から6万2000人(19%)減少した。過去数年、EU域外からの就学目的の流入が急速に減少していることに加えて、EU残留に対する反対票が過半数を占めた昨年6月の国民投票以降、EUからの就労目的による流入が減少していることが影響したものだ(注2)

政府は、3月末までに予定しているEU離脱手続きの開始に向けて、2月はじめ、EU側との交渉に関する基本方針文書を公表した。この中で、移民の流入制限の強化のため、EUとの間の人の移動の自由を維持することは不可能、との立場を改めて示している。同文書によれば、現在国内には280万人のEU市民が居住しており、他の加盟国に居住するイギリス人のおよそ100万人を上回る(注3)。既に国内に居住するEU市民に、引き続き居住等の権利を認めるか否かについて、政府は態度を明らかにしていない。

国内の雇用主の間では、EU労働者の減少に伴う人材不足への懸念が高まっている。これには、新たな受け入れに関する制限に伴う不足のほか、既に国内で就労している労働者の流出への危惧が含まれる。シンクタンクCIPDが雇用主に対して行った調査によれば、回答企業の25%が、自社のEUからの労働者が帰国してしまうかもしれないと考えているという。また、現在議会で開催されているEU離脱の経済的な影響に関する検討会でも、経営側からは危機感が表明されている(注4)

政府も、こうした懸念に配慮する姿勢を見せている。具体的なルールは未だ明らかにされていないものの、EUからの専門技術者や季節労働者などに大きく依存している産業やサービスへの影響を緩和する何らかの措置が講じられる可能性が示唆されている。

なお4月には、EU域外からの専門技術者の受け入れに対して、技能負担金(immigration skills charge)として一人当たり1000ポンドを徴収する制度が導入されたところだ。政府は導入の理由として、外国人労働者の雇用主は、国内の労働者の育成に消極的な傾向にあるため、負担金制度による収入を能力開発政策(注5)に充てることで、国内人材への過少投資の是正を図ることができるとしており、同制度により年間2億ポンド以上の財政収入の増加を見込んでいる。

長期的には移民は減少しない可能性

貴族院が2月に公表した報告書は、EU労働者の流入制限を掲げる政府の方針は、十分なエビデンスの検証に基づいていないと批判している。政府はその政策の方向性として、高度技術者の受け入れは引き続き積極的に行うこと、未熟練労働者の流入が懸念材料であること、低賃金のEU労働者への依存状態を改善すること、などを掲げているが、そのいずれについてもエビデンスが不足しており、具体的な制度の構築は時期尚早である、と指摘。EUからの労働者を削減しても、国内労働者の人材育成が活性化するとは限らず、また国内の賃金水準低迷の問題も解決しないとして、むしろ産業政策や教育訓練政策を見直すべきである、と述べている。

図表:就労目的のイギリス人・外国人の地域別純流入数の推移 (千人)
図表:画像

  • 注:1年以上の滞在(予定)者に関する推計。各期のデータは直近12カ月のもの。2016年のデータは速報値。
  • 出所:Office for National Statistics 'Migration Statistics Quarterly Report - February 2017'

また、より長期的な影響に関する分析結果を報告書にまとめたシンクタンクGlobal Futureは、EU離脱による人の移動の削減効果は限定的とみている。現状の流出入の構成を元に、動向を予測したこの報告書は、労働者や学生、また家族などの区分別に、EU内外からの移民流入の変化を試算している。このうち、就学目的の純流入数については、大きな変化は生じないと報告書は予測、また、イギリス人との結婚などで、家族として入国する層は、制度上、制限が適用されにくいとみられることから、今後増加する可能性があるとしている。

一方、就労目的の入国者は、20万4000人から12万5000人へと大幅に減少すると予測されるものの、受け入れ制限の対象から除外されるとみられる専門職(professionals-国内のEU労働者206万5000人のうち22%、44万8000人)については、引き続き、年間4万5000人程度が受け入れられると報告書は推測している。また、熟練(skilled)労働者(同22%、46万3000人)や未熟練(unskilled)労働者(同56%、115万6000人)についても、依存している業種は多く、完全に受け入れを停止するのは難しい、とみている。例えば、園芸部門では現在、8万人の季節労働者の98%をEUからの労働者が占める。また、ホスピタリティ業(宿泊・飲食業等)でも、EU労働者は就業者450万人のうち70万人にのぼる。あるいは、ライセンスを有する国内のトラック運転手(60万人)の10%、建設業の専門技術職従事者の8.2%が、EU労働者であるという。こうした労働者の受け入れを停止すれば、これらの業種における大惨事は避けられない、と報告書は指摘している。ただし、全ての労働者が必要不可欠というわけではなく、最終的には熟練・未熟練労働者とも、およそ半減させることが可能であると予測、結果として、年間で必要な受け入れ数は8万人前後になるとの試算結果を示している。

報告書はまた、EU市民の流入の減少は、イギリスからEUに流出する人数の減少により相殺されると予測している。一つには、ひとたびイギリスに入国したEU市民は、帰国すると再度イギリスに戻ることが難しくなる可能性があるため、帰国を控えるのではないかとの推測による。同時に、EU市民に対してイギリスが厳しい立場をとる場合、他の加盟国も自国のイギリス人に対して態度を硬化させる可能性があり、例えば、医療保険や税などの適用条件の引き締めが図られるとすれば、イギリス人の流出者数の減少および現在他国に居住しているイギリス人の帰国につながる可能性がある、としている。

以上のような分析から、報告書は、EUとの間の人の移動の自由は維持しつつ、緊急避難的に受け入れを停止する(emergency brake)権利を持つべきであると提言している。また、併せて重要な点として、国内の労働者に対する最低賃金の適用や、雇用主に訓練提供を義務付けるなどの方策により、むしろ移民労働者の抑制が図れる、としている。

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