2030年の労働市場予測
―連邦労働社会省委託報告書
連邦労働社会省(BMAS)はこのほど、2030年の労働市場予測を発表した。同省から委託を受けたエコノミクスリサーチ&コンサルティング社が2030年までの労働市場変化を長期的に予測したものである。
1. 二つの予測シナリオ
予測では、少子高齢化を見据えて、移民による労働力供給に重点を置いた「ベースシナリオ」と、「インダストリー4.0(注1)」を中心としたデジタル化の促進に重点を置いた「デジタル化促進シナリオ」の2つが提示された。
(1)ベースシナリオ
ベースシナリオでは、過去数十年と同様に、ドイツへの移民流入が続くと想定され、国内の労働力供給の減少を外国からの労働力によって補う試みがなされる。ただ、難民危機については、労働市場への統合という点で特別な問題が生じる。難民の統合がスムーズに進んだ場合、2030年までの年間経済成長率は、移民がいない場合よりも若干高くなる。ただ、難民が多い場合、統合問題が続くため、失業率も同様に上がる。つまり、難民は次第に労働市場に統合されていくが、結局完全には統合されない。難民2世代以降、初めて統合がかなり進むと考えられている。
雇用は、保健、福祉、教育といった社会的サービス分野で大幅に増える。同様に、自然科学、IT分野や、精神科学、社会学、経済学、メディア・文化関連の職業も雇用増となる。他方、生産・製造業、および農業の就業者は大幅に減少する。商業的サービス、商品取引、販売、ホテル観光分野も、雇用減になると予想。交通・物流・警備・保障分野では、交通・物流 (運転手を除く)関連の職は増えるが、運転手、監視・守衛、清掃関連の職は減少する。企業管理・経理・法務・事務分野では、金融サービス、会計、税務相談の各職業が増えるのに対し、事務職は減少する。
なお、ベースシナリオでも、様々な分野における恒常的なデジタル化を想定しているが、工業分野におけるデジタル技術の開発と実用化に重点を置いてはいない。
(2)デジタル化促進シナリオ
デジタル化促進シナリオでは、工業生産のネットワーク化など「インダストリー4.0」が、ドイツ経済を牽引すると予測する。そのためには、各分野のデジタル技術開発に現存のリソースを集中させる必要があり、当該分野に関する教育・インフラ政策も重要となる。このシナリオは、官民が一丸となって積極的にデジタル技術を活用し、工業分野における技術面で世界のトップを目指すという前提に立つ。
今回の分析では、デジタル化は多くの雇用を脅かすという大方の予想に反して、経済成長と雇用創出が可能であることが示された。デジタル技術による脅威の可能性を定量化しただけでなく、生産革新、コストダウン、価格引き下げが需要に及ぼすプラスの効果も考慮したことで状況が一変し、差し引きで約25万人の雇用増が見込まれることになった。雇用は、特にIT関連、企業管理・経理・法務・事務分野、宣伝・マーケティング関連の職業が増える。同時にインダストリー4.0の進展で機械電気工、機械・自動車エンジニアの職業も雇用増となる。他方で、金属生産加工業、繊維・衣料産業、飲食産業、交通・物流関連、販売関連の職業は減少する。2030年の実質国内総生産は、「デジタル化促進シナリオ」なしの場合より4%多く、失業は20%少なくなる。1人当たり所得も4%多くなる。2025年から30年までの期間には、モデル計算によれば、生産性は大幅に上昇する。生産性上昇年間伸び率は2.4%で、労働力供給の減少を埋め合わせるばかりでなく、平均年間経済成長を0.3%加速する。
2. 結論と提言
(1)少子高齢化の克服
これまでの予測とシミュレーションは、いずれもそれ自体は、低い出生率(注2)がもたらす労働力供給と雇用に対する影響を埋め合わせることはできなかった。しかし、下記を組み合わせることによって、かなりの効果が得られることが判明した。
- 長期的に人口減少は、出生数の増加でしか回避することができない。しかしそのためには、「子供歓迎文化」による抜本的な価値観の転換が必要である。
- 移民は、労働力減少分を緩和することができる。しかし、難民の流入は、資格・能力の面で深刻な問題を惹起し、職業教育への多額の投資を要求する。移民をコントロールする必要性が今後ますます高まる。
- 「デジタル化促進シナリオ」を選択した場合、生産性向上を顕著に進めることができる。
(2)成人職業教育の重要性
移民は、就業人口の高齢化の進行にブレーキをかける上で、重要な貢献をする。しかし少子高齢化そのものを止めることはできない。
教育制度が主に初期職業教育に力点を置いている場合、労働力の供給と需要の歪みにつながる可能性がある。これは特に「デジタル化促進シナリオ」において障害となり、戦略全体を危うくする。そのため、公的な継続教育制度(成人職業教育制度)の構築が重要である。規則と原則を定め、継続教育の組織構造を決定する国の関与なしでは、成功はあり得ない。さらに継続教育参加率の引き上げも、資金援助なしでは実現不可能である。ドイツが競争力を維持し、グローバル社会に適応した構造転換を実現しようとするならば、成人教育を職業教育制度の柱にすべきである。
(3)デジタル化≠仕事の終焉
モデル計算によれば、「デジタル化促進シナリオ」は所得・雇用の増加、生産性の向上につながる。インダストリー4.0におけるグローバルな工業的競争への参加を断念した場合、他の分野で後れを取るリスクも発生する。他方で、技術的失業の波が来るのではないかという危惧は、根拠の無いものと言える。
政治、企業、労働組合はすでに、デジタル化の道をとると決めている。連邦政府のデジタル・アジェンダと連邦労働社会省のイニシアティブ「労働4.0(Arbeiten 4.0)」では、行動戦略を検討し、各イニシアティブの効果を向上させるための対話プロセスが始まっている。デジタル化をリスクとしてよりもチャンスとして捉えるためには、国中にショックのようなものが走らなければならないのであろう。
(4)労働市場は二極化しない
デジタル化は、職業教育を受けた中間層、すなわち専門労働者と中間事務職を失業させるのではないかという懸念は、モデル計算からは示されなかった。デジタル技術は中間層ではなく、低技能―特に単純労働を代替し、より高度な仕事はより複雑な職務分野へと発展させる。二極化するという憶測は、労働者の職務への適応能力と労働市場の柔軟性を、過小評価している。ただ、デジタル化時代において、低資格者の職業教育は最重要課題である。そのため、正しい教育・職業統合計画を立てて実施することが重要である。
また、ドイツの所得分配の最上位層にとって、デジタル化は決定的な役割を果たさないだろう。アメリカと異なり、ドイツには一部の経営者が巨額の報酬を手にするようなグローバル企業は存在しない。ドイツでは全てが、はるかに小規模に止まっている。
(5)構造転換の加速
分析では、デジタル化が加速した場合、大卒者の需要が増大し、職業教育を受けていない労働者の需要が減少するという大幅な労働力需要シフトの可能性が示された。今後は、構造転換をスムーズに進めるため、継続教育を通じて、より付加価値の高い職業資格・能力の取得を労働者に対して促すことが重要である。それが上手く行かなかった場合に初めて、多数の失業者、非正規雇用・低賃金セクターの新たな増加が予想される。
今後は、労働市場の柔軟化を促進し、他方でその影響を吸収する社会的保護を整備するための諸々の改革案も必要である。つまり、フレキシキュリティ政策の策定と、さらに発展した社会福祉国家の構築が重要になるだろう。
国と社会的パートナー(労使)が、柔軟性と生産性を向上させるデジタル化の進展に協力しながら、家庭と仕事の両立や、高齢者や健康面で問題を抱える労働者等の労働条件改善につなげていくことが大切である。特に家庭と仕事の両立の向上は、長期的に出生率に好影響を及ぼすだろう。
3. 労社相、労使の協力を改めて要請
アンドレア・ナーレス労働社会相は、記者発表の場で、「今回の予測は、私たちが来るべき変化を上手に乗り越えれば、最終的に、今より多くの雇用を増やすことができるということを明確にした。特に重要なのは、技能向上や継続教育を強化し、経済界や社会でのデジタル化に必要となる条件を創り出す事である。そのために、今後も政府と社会的パートナー(労使)が協力しあって、労働現場を支援することが大切だ」と述べ、改めて労使の協力を要請した。
注
- 政府、産業界、労使団体、研究機関などの関係者が参加し、製造分野のイノベーションを進め、第4次産業革命を目指すプロジェクトのこと。(本文へ)
- OECD Family database 2016年3月更新版によると、ドイツの合計特殊出生率は、1.47(2014年)。(本文へ)
参考資料
- Economix Research & Consulting (München)(2016)Arbeitsmarkt 2030―Wirtschaft und Arbeitsmarkt im digitalen Zeitalter (2016) , BMAS (Presse 16. Juli 2016), BMAS (2015) Grübuch Arbeiten 4.0 ほか
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