EU市民の受け入れ制限をめぐる議論

カテゴリー:外国人労働者

イギリスの記事一覧

  • 国別労働トピック:2016年10月

EU離脱を支持する票が過半数を占めた6月の国民投票の結果を受けて、離脱後のEUからの人の受け入れに関する政策方針に関心が集まっている。政府は、従来のような自由な移動は認められないとして、何らかの制限策を設ける意向を示しているが、医療や食品加工、農業など、現在多くのEU労働者を受け入れている業種では、労働力不足などの影響が懸念されている。

統計局が8月に公表した外国人等の移動に関するデータによれば(注1)、2016年3月までの12カ月間の移民等の純流入数は32万7000人(流入63万3000人、流出30万6000人)で、記録的な流入超過の状況が続いている。うち約半数をEU加盟国の出身者が占め、8割が就労目的の入国者だ(EU外の出身者では7%)。

政府は、国民投票の結果を尊重してEU離脱を進めるとの立場を明確にしており、今後の条件に関するEUとの交渉では、人の移動の制限が核となるとしているが、具体的な制度に関する方針はこれまでのところ示していない。ただし、離脱支持の議員グループが国民投票に際して掲げていた、EU市民に対するポイント制(保有資格や年齢などに応じて付与されるポイントに基づき、入国の可否が判断される)の導入については、有効性に疑問があるとして否定的な見方を示しており、より厳格な選別基準や制限の導入(注2)が検討されているとみられる。また、国内に居住するEU市民について、離脱後に引き続き居住権を保証するかどうかについても、立場を保留している。

受け入れ制限策の導入によりEUからの労働者が減少する場合、国内の労働市場にはどのような影響が想定されるのか。シンクタンクResolution Foundation(注3)によれば、これまでEUからの低賃金労働者に依存してきた食品加工や衣料、家事労働などの分野では、全体の3割以上をEU労働者が占めており、短期的かつ多大な影響を避けるためには、彼らの滞在・就労に関する権利が配慮される必要があるとしている。また、国内労働者による代替には、賃金水準の格差を埋めるためのビジネスモデルの再検討や、人材育成あるいは省力化技術への投資などが必要となると予測している。加えて、非正規労働者の拡大が想定されることから、労働基準の取り締まり体制を大幅に強化する必要があると述べている。

シンクタンクIPPRは、公的医療サービス(NHS)への影響を懸念している(注4)。現在イングランドのNHSでは、就業者全体の5%にあたる5万5000人あまりのEU労働者が従事しており、またイギリス全体で登録されている医師の10人に1人がEU出身者であるという。EU離脱によりこうした労働者の受け入れを制限する場合、公的医療サービスには深刻な人手不足が生じる可能性がある。IPPRは、NHSに従事している全てのEU労働者に対して市民権を申請する権利を与え、その際、取得料金や英語能力などの要件を免除することを提言している。また、国内に在住する他のEU市民に対しても、永住権の付与などを早急に保証するよう政府に求めている。

ただし、国内に居住するおよそ350万人のEU市民からの申請を処理するには、体制の強化や手続の迅速化など、相応の対応策が必要になるとみられる。オックスフォード大学のMigration Observatoryによれば(注5)、2011~15年の期間にEU市民等(注6)に対して付与された市民権の件数は年平均でおよそ2万5500件にとどまり、同等のペースで手続きを行う場合、完了まで140年あまりを要する計算となる。さらに、庶民院の内務委員会が7月にまとめた報告書は、EUからの受け入れ制限の導入に先立って、流入者数が急激に拡大する可能性を指摘、現在でも過大な負荷による遅延が生じている入国管理体制に、さらなる影響が生じかねないとして、対応策を講じるよう政府に要請している。

資料出所

関連情報