外国人の流入拡大に抑制策、一部で労働力不足への影響も
統計局が11月に公表した外国人等の流出入に関するデータによれば、2015年6月までの12カ月間の純流入者数(流入者数から流出者数を除いた数)は33万6000人と記録的な水準を更新しており、特にEU域内からの労働者の流入拡大が目立つ。純流入者数の削減を目標に掲げる政府は、取り締まり体制の強化などの抑制策を相次いで打ち出しているが、一方では、一部の労働力不足職種について、外国人労働者に頼らざるを得ない状況にある。
EU加盟国からの労働者が引き続き増加
純流入数の増加は、2012年以降の流入者数の増加と、流出者数の減少による。2015年6月までの流入者数63万6000人(対前年で6万2000人増)に対して、流出者数が30万人(同2万人減)となり、結果として純流入数は33万6000人(同8万2000人増)となった。入国目的別には、就労目的による入国者の増加が顕著だ。出身地域別に推計されたデータからは、就労を目的とするEU加盟国からの外国人が増加分の大半を占める状況が続いていることがうかがえる。EU拡大に伴って新規加盟国からの流入が急速に拡大した2004年直後のピークを超えて、2015年6月にはおよそ12万人の増加となっており(図表)、なかでも2014年に就労が自由化されたルーマニアとブルガリアの出身者が、近年顕著に増加しているとみられる(注1)。
図表:就労目的のイギリス人・外国人の地域別純流入数の推移(千人)
- 注:1年以上の滞在(予定)者に関する推計。各期のデータは直近12カ月のもの。2015年のデータは速報値。
- 出所:Office for National Statistics 'Migration Statistics Quarterly Report - February 2015'
不法就労者と雇用主の取締りを強化
政府は、年間の純流入数を数万人レベルに削減するとの前政権からの目標を引き続き掲げており、ビザ発行に関する数量制限や資格要件の引き上げ、不法就労者や雇用主の取締りをはじめ、多岐にわたる取り組みを実施しているところだ(注2)。今期議会に提出されている移民法案(Immigration Bill 2015)にも、不法に就労する外国人やその雇用主に対する取締りの強化が盛り込まれている。これには、雇用主による搾取に対する監督体制の強化のほか、外国人労働者が不法な就労を通じて得た賃金を没収可能とすること、公共部門で市民と接して働く外国人労働者については、十分な英語能力を有するよう雇用主に義務付けること、などが含まれる。また、域外からの外国人労働者の技能への依存状態を改善するため、受け入れに際して雇用主に負担金を課し、これをアプレンティスシップ実施の財源に充てるとの方針が示されている(注3)。
このうち、監督体制の強化の一環として法案に盛り込まれているのは、労働者に対する搾取の取り締まり施策に関する責任者(Director of Labour Market Enforcement)の設置で、最低賃金制度、労働者派遣制度およびギャングマスター制度(農業や食品加工などの分野に対する労働者供給事業に関する許可制度)について所管することとなる。これに伴い、従来これらの領域に個別に設置されていた監督機関も統合され(注4)、外国人に留まらず国内の労働者全般を保護対象とした組織に再編される見込みだ。政府は、これらの領域では外国人労働者がとりわけ搾取の対象となりやすい状況にあること、また搾取が組織的に行われる傾向が強まっており、従来の個別の監督機関では対応が困難であることなどを理由として挙げている。
一方で、既にみたとおり、ここ数年の純流入者数の拡大はEU域内からの求職・就職や家族帯同を目的とした入国者の増加によるところが大きいが、EU法が加盟国を含む欧州経済圏(EEA)の国民に保証する移動の自由に基づくこうした入国を直接制限することは出来ない。政府は、社会保障給付を目当てに入国する者や、あるいは就労はしているが低賃金のために所得補助を受けている者などが、財政に負担となっているとして、受給権の制限策を相次いで導入しているが、効果をあげているとは言い難い状況にあり、またEEA市民に対して設けられた制限の一部については、自国民との間での差別的な取り扱いがEU法に反する可能性も指摘されている。しかし、政府はむしろ給付受給の権利をさらに制限すべく、EUに対してルールの変更を求める交渉を試みているところだ(注5)。
看護師不足に外国人受け入れで対応か
一連の外国人の流入抑制策の反面、人手不足への対応では外国人を頼らざるを得ない側面もある。医療労働者の不足は、こうした例のひとつだ。内務省は9月、諮問機関であるMigration Advisory Committee(MAC)に対して、域外からの看護師の受け入れをめぐって労働力不足職種リスト(注6)の見直しを行うよう諮問した。リストについては、MACが既に今年初め、政府の諮問を受けて見直しを行ったところで、その際に複数の専門的看護師をリストから削除することなどを提案、政府も一旦はこれを受け入れていた。しかし、公的医療サービスに対する近年のニーズ拡大で収支が悪化していることや、現在検討されている週末のサービス拡充案などで、既に生じている看護師不足の問題がさらに深刻さを増していることなどを理由に、政府は改めてMACに対し、国内の需給状況を調査の上、特定の専門的看護師をリストに掲載することの是非を検討するよう諮問したものだ。
これには、域外からの外国人労働者の受け入れについて2010年以降実施されている数量制限により、通常の受け入れ枠がひっ迫している状況に加え、滞在延長について来年4月に導入予定の賃金水準要件(年3万5000ポンド以上)により、現在国内で就業している外国人看護師の多くが申請を認められない可能性が懸念されていることが関連している(注7)。不足職種リストに含まれる職種には、この要件が適用されないことから、不足分野の看護師をリストに含めることで、これに対応する可能性が検討されている(注8)。
諮問を受けて、MACは現在、コンサルテーションを通じて意見の聴取を行っており、2月までに答申がまとめられる見込みだ。
注
- 国内で就労するEU加盟国出身者に占める割合は未だ限定的だが、過去5年間で2倍強に増加している(2015年7-9月期時点で、旧加盟国(EU14)出身の就労者が88万人、新規加盟国(EU8)の98万人に対して、ルーマニアおよびブルガリアからの就労者は22万人)。(本文へ)
- 2014年移民法では、不法滞在者に厳しい環境を強化するため、内務省の権限強化などと併せて、賃貸住宅の家主に外国人居住者の滞在資格のチェックを義務付けるといった施策も導入している。(本文へ)
- なお、雇用主に対しては既に別途、アプレンティスシップに関連した負担金制度を2017年4月から導入することが決まっている。負担金の料率は、人件費総額の0.5%となる見込みだが、併せて導入される還付制度により最大1万5000ポンドが還付されるため、人件費総額が300万ポンドを下回る企業(政府の試算では、国内の雇用主の98%)は実質的に免除となる。(本文へ)
- 現在、最低賃金制度を歳入関税庁、労働者派遣事業をビジネス・イノベーション・技能省のそれぞれ担当部門が監督しているが、ギャングマスター制度の監督機関(Gangmasters Lisencing Authority)の権限拡充によりこれらの機能の統合をはかる方針とみられる。(本文へ)
- 低所得層向け税額控除や児童手当の受給、社会的住宅の提供について、国内での居住期間を最低でも4年とすることなどを含む。(本文へ)
- 専門技術者としての外国人労働者の受け入れは、受け入れ制度(いわゆる「ポイント制」)の第2階層で行われている。域外からの労働者の受け入れには原則として、①域内における一定期間の求人広告によって人材を確保できなかったことを証明するプロセス、いわゆる労働市場テストが必要となるが、②労働力不足職種リストに掲載された職種については、これが免除となる。(本文へ)
- 2011年4月以降に、専門技術者として入国した者が対象。年3万5000ポンドの水準は、MACの答申を受けて政府が決定したものだが、MACは答申の中で、少なくとも一部の職種(教育・保健などの公共サービス部門や、将来的な経済成長への寄与が見込まれるIT関連部門の職種)については、この要件を免除すべきであると提言していた。(本文へ)
- 内務相は当座の措置として、不足職種リストにおいて看護師の受け入れに設けていた専門性に関する条件(産後集中ケアの専門性を有する看護師に限定)を暫定的に削除し、看護師全般について受け入れを認めることとした。MACの答申を受けて、今後の方針が決定されるとみられる。(本文へ)
参考資料
- Office for National Statistics
、Gov.uk
、The Guardian
ほか各ウェブサイト
参考レート
- 1英ポンド(GBP)=173.60円(2016年1月7日現在 みずほ銀行ウェブサイト
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