低所得層向け給付の削減をめぐる議論

カテゴリー:労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2015年11月

社会保障支出の削減策の一環として、政府が予定している低賃金・低所得層に対する税額控除の支給水準の引き下げ案が、批判を集めている。就労世帯を含む広範な層で、大幅な所得低下が想定されることが理由だ。政府は、併せて実施予定の最低賃金額の引き上げや減税策などで、所得水準はむしろ上昇すると説明しているが、これに懐疑的な見方が議会内にも広がっており、影響緩和に向けた対応を迫られている。

最低賃金引き上げなどと併せて実施

低所得世帯に対する給付制度である税額控除は、年齢等に応じた一定の週労働時間を条件とする就労税額控除と、子供の有無による児童税額控除に分かれる。支給額は、就労税額控除の基本部分が最高で年1,960ポンド、児童税額控除については基本部分(家族加算)の545ポンドに加えて、児童一人当たり2,780ポンドなどで、子供の数や障害の有無等による加算があるほか、所得水準に応じて減額される。受給世帯は2014年度末で457万世帯、うち328万世帯(72%)を就労世帯が占める。

政府は、歳出削減策の一環として、社会保障予算を2020年までに年間120億ポンド削減するとの目標をかねてから掲げていたが、7月の緊急予算で明らかにした具体策の一環として、税額控除の削減を2016年4月から実施する方針を示した。所得の増加に応じた給付の減額が免除される所得下限額の引き下げ(年6,420ポンドから3,850ポンドへ)とともに、減額率も現行の41%から48%に引き上げるもので、これらの削減策により2016年度に44億ポンドの支出減が見込まれている。政府は、税額控除制度の導入以降の支給総額の急激な増加(注1)に歯止めをかけ、同制度が低賃金の補助となっている状況を是正するためには、「低賃金の根本的な原因」に対処する必要があると述べ、このための方策として、最低賃金の引き上げ(注2)や所得税減税策などを併せて実施するとしている。政府の試算によれば、一連の施策により、例えばフルタイムの最低賃金労働者を含む世帯では、2020年までに年間2,000ポンド所得が増加するという(注3)

低所得層への影響に懸念相次ぐ

しかし、政府の主張とは裏腹に、税額控除の削減により多くの低所得世帯がさらなる所得低下に直面するというのが大方の見方だ。例えばシンクタンクInstitute for Fiscal Studiesは、税額控除の受給要件を満たしている840万の就労世帯に年間750ポンドの所得の損失が生じ、これに対する減税策や最低賃金の引き上げによる所得増の効果は年間200ポンド程度に留まると推計。所得低下の影響は、低所得世帯ほど大きくなる、と分析している。また議会図書館も、政府の示すモデル世帯(最低賃金で週35時間働く労働者を含む世帯)に関する影響について、2020年におよそ2,000ポンドの所得減とする試算結果を示している。

シンクタンクのResolution Foundationは、削減策の再考を政府に求めるにあたり、代替案を示している。柱となるのは、緊急予算で政府が掲げている所得税減税策の緩和だ(注4)。相対的に所得水準の高い層に利益が偏ると想定される所得税減税策のスピードを緩和することで、年間62億ポンドの予算の節約が可能であり、税額控除の削減策の撤回に加えて、労働者に対する社会保険料の軽減策を実施する財源を賄える、と同シンクタンクは分析している。

政府は、税額控除の削減を盛り込んだ二次法案(注5)を9月に議会に提出、与党が過半数を占める庶民院は通過したものの、野党議員の多い貴族院では、法案を支持しないとする動議が可決された。削減の影響を受ける低所得層に対して、少なくとも3年間は緩和策を講じること、また政府の主張とは異なり、削減策は受給世帯の所得を低下させるとする分析に対して回答を示すことを、法案支持の条件としている(注6)。政府は、庶民院を通過した財政関連法案を貴族院が否決することは憲法違反にあたるとして、決議を強く非難しつつも(注7)、税額控除削減による低所得世帯への影響をめぐっては、何らかの緩和策を実施する可能性を含めて見直しを行うと述べ、姿勢の軟化を示している。具体的な施策の内容は、11月下旬に予定されている歳出見直し(Spending Review)で公表される見込みだ。

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