「和諧労働関係」(調和のとれた労使関係)の構築に向けた施策を推進
中国共産党中央委員会と国務院(政府)は今春、「調和のとれた労使関係の構築に関する意見」(以下:「意見」)を決めた(注1)。とくに南部で農民工(農村出身の出稼ぎ労働者)に対する賃金未払い事件が多発。法律で規定されていないストライキなどの抗議行動が起きており、労働争議(労使紛争)が深刻化する動きをみせている。
意見書は「調和のとれた(=中国語では「和諧」)」労使関係(=同「労働関係」(注2))を築くことの重要性を強調。その内容は「法に基づく労働者の基本的権益の保障」「労使協調関係を健全化するメカニズムの整備」「企業における民主的な管理制度の確立の強化」「労使関係の矛盾を処理・調整するメカニズムの整備」など8分野で合計26項目に及ぶ。法に基づく労働契約の徹底、未払賃金立替制度の整備、民主的な経営管理の推進など、取り組むべき多くの課題や施策をリストアップ。党・政府は意見書に沿った施策を進め、労使関係の緊張緩和、労働争議の減少、社会の安定を確保したい考えだ。
労働争議の増加
近年、中国では、労働争議が頻発し、ストライキに至るケースも少なくない。中国政府の統計によると、仲裁機関における労働争議の処理件数は2008年に「労働契約法」が施行された後に急増。そのうち、労働報酬(賃金)をめぐる争議が約3割を占めている(図1)。
また、香港労働権利機構・中国労工通訊によると、中国におけるストライキ事件は2013年に656件、2014年に1378件発生しており、1年間でおよそ倍増。
2014年4月には広東省東莞(とうかん)市の裕元製靴工場で4万人の従業員が社会保険の企業側負担分の未納などに抗議して、大規模なストライキを行っている(注3)。
図1:労働報酬処理件数と労働争議処理件数及びその割合
- 出所:「中国労働統計年鑑」2012、2013、2014
労働契約未締結の出稼ぎ労働
「意見」では、企業による労働契約の実施に対する監督指導の強化をはかり、季節性の強い労働需要、従業員の流動性が高い業界に、簡単な労働契約モデルとなる文書を普及させる考えが示されている。
1995年施行の「労働法」は「労働(雇用)関係を結ぶに当たっては労働契約を締結しなければならない」(第16条)、2008年施行の「労働契約法」は「労働(雇用)関係を形成するにあたっては、書面により労働契約を締結しなければならない」(第10条)とそれぞれ規定している。
中国内の企業は従来から季節的な労働需要の変化に応じて労働者を短期的、弾力的に雇用しており、労働コストを大幅に削減している。これが中国で労働者が酷使されていることの温床だとして、労働契約の未締結や賃金不払い、福利厚生の不足などの問題につながっていることがよく指摘される。中国国家統計局によると、労働契約を結んでいない出稼ぎ労働者は2013年、2014年とも6割を超え、契約を結んだ労働者は4割にとどまる(表1)。
期間を定めない契約 | 1年未満の労働契約 | 1年以上の労働契約 | 労働契約なし | |
---|---|---|---|---|
2013年出稼ぎ労働者全体 | 13.7 | 3.2 | 21.2 | 61.9 |
内:戸籍地外で就業 | 14.3 | 3.9 | 23.2 | 58.6 |
戸籍地内で就業 | 12.9 | 2.1 | 18.2 | 66.8 |
2014年出稼ぎ労働者全体 | 13.7 | 3.1 | 21.2 | 62.0 |
内:戸籍地外で就業 | 14.6 | 3.7 | 23.1 | 58.6 |
戸籍地内で就業 | 12.5 | 2.3 | 18.5 | 66.7 |
- 出所:中国国家統計局「2014年全国出稼ぎ労働者(農民工)情況観測調査報告」
労働契約がなければ、賃金不払いが日常的に行なわれる可能性が高まるなど、労働者の権利が損なわれるおそれが強まる。労働契約を書面で取り交わし、労働時間(毎日8時間、毎週40時間を超えない)、超過・休日勤務時の割増賃金の支払い(超過勤務は賃金の150%、休日勤務は200%、法定休暇日の勤務は300%をそれぞれ下回らない)、年金、医療、労災、失業、出産における社会保険などの法令遵守を確認しておくことが重要になる。
また、「労働雇用報告記録制度の設立に関する通知」(2007年公布)(注4)に基づき、企業は労働者と労働契約を結んだことを行政部門に報告する必要がある。この制度を徹底させることも課題になっている。
未払賃金立替払制度の確立
賃金未払いを防ぐため、「意見」は、賃金支払いに関する規定を整備し、企業経営者に対する監督や、給与保証金、未払賃金立替払などの制度の確立、賃金未払いを違法な犯罪行為として、法に基づいて処罰する方針などを示した。
未払賃金立替払制度は、企業経営者が行方をくらますなどして、労働者(主に農村出身の出稼ぎ労働者)に賃金を払わなかった場合、一定の条件下で、地方政府などが資金を用意し、労働者の賃金あるいは一時的な生活費、交通費などを立て替えるものである。この制度はまず1997年に深圳(しんせん)で「深圳経済特区未払賃金立替払条例」として施行され、その後、上海市などでも導入された。2014年には、広東省や山東省、河南省、浙江省、貴州省などで実施されている。
広東省珠海(じゅかい)市を例にあげると、珠海市財政当局と珠海市総工会(労働組合)がそれぞれ300万元をこの制度に出資した(注5)。制度の規定によると、企業の法定代表者あるいは主要な責任者が逃げ隠れし、その企業で破産、解散、特別清算の手続きがなされていて、残っている資産が賃金の支払いに足りず、労働者に賃金を支払う能力がなく、労働者の生活に深刻な影響が及んだ場合、労働者は未払賃金立替払制度に申し込むことができる。立て替える金額は、月額で珠海市の最低賃金の上限を基準とし、未払賃金の月額がこれより少ない場合、実際の賃金に基づいて計算する。受給金額の上限は3カ月を超えない。未払賃金の総額が累計1000元以下の場合、全額が支払われる。労働者一人あたりに支払われる金額の上限は4140元である。
「従業員代表大会」制度の活用
このほか、「意見」では、「調和のとれた労使関係」を構築するため、「企業民主管理制度」を強化すべきだと提言している。
具体的には、「従業員代表大会」(注6) (中国語では「職工代表大会」)を基本的な形とした企業の「民主管理制度」に、より多くの従業員が参加しやすいルートを作ること、法に基づいて従業員の知る権利や参画する権利、意見を述べる権利、監督する権利を保障することなどをあげた。労働者の意見を経営に反映させる仕組みを十分に機能させ、労使関係の安定につなげたい考えだ。
近年、多くの地方政府が「企業民主管理条例」「従業員代表大会条例」などの名称で、企業内の「民主管理」に関する法規を相次いで施行。上海市や江蘇省などでは、従業員代表大会制度の設立を企業に義務付けた。上海市の条例によると、従業員の中から選挙で従業員代表大会に参加する者(最少で30人)を選出。大会は少なくとも1年に1回開催し、企業の経営管理、従業員の権利保護などに関する意見を企業に提出する。労働契約の草案は、企業が大会に報告し、審議のうえ可決されなければならない。大会の閉会中、労組(工会)は、大会決議の実現や提案の処理を企業に督促するといった事務的役割を担うなどとされている。
また、中央の党・政府の関連部門・労働組合・業界団体も共同で2012年に「企業民主管理規定」を公布し、「従業員代表大会は、従業員が民主管理に係る権限を行使する機構であり、企業民主管理の基本的な形式である」と規定。このほか、工場事務の情報公開や、会社制企業(注7)での「従業員董事」と「従業員監事」制度の確立(注8)、そして、労働組合は従業員の権益を保護しなければならないことも記している。
中国では企業に労働組合が組織されると、労働者だけでなく、経営側も加入することができる。それは、「働く者はみな平等に、労働者階級に属し、企業の主人公である」という社会主義の考え方が背景にあるためだ。これにより、労働組合のトップも経営を担当することになるため、従業員の利害より企業の利益を優先する労働組合も少なくないといわれる。
労組が経営側に立つのではないかという疑いを払拭するための方策の一つとして、労働組合の中央組織である中華全国総工会は、一部の末端の地方組織において、労組トップの人材を一般から募集、契約し、企業に派遣する試みを5年ほど前から行なっている(注9)。その人材は企業に属さず、報酬は労組(地域レベルの総工会)から受けるため、従業員の権益を守る立場に比較的たちやすい。しかし、外部から来た人材が派遣先企業の労働者の実情をすぐに把握し、よい関係を築けるのか、企業内で労組のトップに就くことが想定されていた者のポストや待遇はどうなるのか、派遣された人材の賃金水準はどう決めるのか、などの困難な課題も伴う。さらには派遣された人材が経営側に取り込まれてしまうことも、一般の労働者から懸念されている。
「意見書」に基づく施策の推進
中国人力資源・社会保障部の尹蔚民部長は4月、「調和のとれた労使関係」の推進に関する考えを発表した。この中で尹部長は「労使関係の法律・法規体系をさらに整えなければならない」「調和のとれた労使関係の構築、運営、監督、調停の全過程を法治の軌道に組み込んでいかなければならない」との見解を表明した。
その後、政府は「意見書」に記載された内容を具体化、徹底するための施策を進めている。6月3日に人力資源・社会保障部などが「専門的な労働紛争調停業務強化に関する意見」を公布。専門的な労働紛争調停組織のネットワーク化や集団労働紛争の緊急調停メカニズム構築などの方針を示した。
注
- 中国国営新華社通信が4月8日に発表した。中国語の表記は「关于构建和谐劳动关系的意见」。(本文へ)
- 社会主義社会においては使用者と労働者の利害対立は解消され、企業で働く者はみな平等に、労働者階級に属するとの認識を背景に、中国では「労使関係」の代わりに「労働関係」という包括的な意味合いの言葉が公式には用いられている。(本文へ)
- 現在の中国の法律には、労働者がストライキ(中国語では罷工)を行なう権利の規定はないが、ストライキを禁止することも明記していない(公務員などを除く)。ただし、労働組合法には、操業停止(停工)、サボタージュ(怠工)が発生した場合、労組(工会)が従業員を代表して関係者と協議し、その要求を反映した意見の提出を義務づける条文などがある(第27条)。(本文へ)
- 中国労働社会保障部(当時)が労働者保護の観点から、労働契約の実態を把握するとともに、規範に合う労働契約の締結を促すために公布した。(本文へ)
- 総工会がこの制度に出資するのは全国で初めて。なお、総工会の活動の財源は、組合法42条に基づき、各企業から全職員(役員・管理職を含む)の賃金総額の2%を納入されていることによる部分が大きい。(本文へ)
- 従業員代表大会は、国有企業の経営に労働者が民主的に参画する「民主的管理」を実現するものとして、憲法や条例(1986年制定の全人民所有制工業企業従業員代表大会条例)で規定されていたものだが、民間企業にも適用される労働法、会社法、労働組合法、労働契約法にその機能や役割などが記された。たとえば、労働法は「労働者は法律の規定に従い、従業員大会、従業員代表大会或いはその他の形式を通じて、民主的管理に参加し、或いは労働者の合法的な権益の保護について、使用者と平等的に協議する」(第8条)ことを定めている。(本文へ)
- 会社制企業とは、「会社法(公司法)」に基づき設立された株式会社や有限責任会社などを指し、国有企業などとは区別される。(本文へ)
- 従業員代表大会で選挙により選出された従業員代表が董事会または監事会の構成員として会社の意思決定、管理及び監督に参加する。(本文へ)
- 中華全国総工会末端組織建設部長が2010年3月に開催された全国人民代表大会、全国政治協商会議で、この取り組みの方針を発表した。(本文へ)
参考資料
- 新華日報、人民日報、中国国家統計局、中国組織人事網、中国網、中国労工通訊、中国労働統計年鑑、中国労働保障報、中国六法通、南方報、北京晨報、労働保障報、海外委託調査員
参考レート
- 1中国人民元(CNY)=19.03円(2015年11月30日現在 みずほ銀行ウェブサイト)
関連情報
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:掲載年月からさがす > 2015年 > 11月
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:国別にさがす > 中国の記事一覧
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:カテゴリー別にさがす > 労使関係
- 海外労働情報 > 国別基礎情報 > 中国
- 海外労働情報 > 諸外国に関する報告書:国別にさがす > 中国
- 海外労働情報 > 海外リンク:国別にさがす > 中国