元請け企業の責任を追及
―ロスアンジェルス市の「賃金未払い取締り条例」

カテゴリー:労働条件・就業環境

アメリカの記事一覧

  • 国別労働トピック:2015年10月

ロス・アンジェルス市議会は、連邦法、公正労働基準法を強化する「賃金未払い取締り条例」を9月11日に可決した。背景には、低賃金労働者に対する賃金や残業代の未払いや、健康保険、年金などの社会保障費負担から逃れる経営者の数が無視できないほど多くなっていることがある。

連邦法の規制を強化

賃金未払い取締り条例の正式名称は、The Fair Day's Pay Act, SB 588,という。通称は、Wage Theft Enforcement Ordinance。直訳すれば賃金泥棒取締り条例となる。

規制対象となるのは、賃金や残業代の未払いやチップを分配しなかった等の不正を働いた事業主のほか、不正を働く下請け企業に業務を委託する元請け企業である。不正が確認された場合、未払い賃金の支払いが義務付けられるだけでなく、5万ドルから15万ドルの範囲で保証金を支払わなければ、事業を継続することができない。

連邦法においても、公正労働基準法で労働時間と賃金の取り扱いについて、同様の規制を行っている。最低賃金違反や残業代の未払いが確認された場合は、その支払いに加えて、民事・刑事上の責任および民事罰として1万ドルの罰金が科せられる。ロス・アンジェルス市の賃金未払い取締り条例は、この公正労働基準法の規制を強化するものといってよい。

連邦法の規制を強化する理由は次のとおりである。

第一に、不正件数と比べて取締りを行う労働基準監督官の数が全米で1100名と非常に少ないことである。連邦労働省が委託した調査結果(注1)によれば、カリフォルニア州で最低賃金違反の状態にある労働者数は最大で週当たり約37万人、未払い額は最大で年間15億ドルにのぼる。連邦労働省が2012年に実際に回収できた未払い賃金は、全米で総額2億8000万ドルにとどまる。

不正を働く企業の調査には人員と予算をかけることが必要だが、企業側が調査に気がつけば、看板をかけかえて別の企業名に変わってしまうことも珍しくない。ロス・アンジェルス市の条例にはこうしたペーパー・カンパニーによる責任逃れを防止する措置が織り込まれている。

第二に、公正労働基準法では想定していなかった新しいタイプの不正が急増していることである。賃金未払い取り締まり条例の規制対象に、元請け企業が加えられていることがそのことを明らかにしている。その背景には、賃金未払いをひとつの要素とする、賃金泥棒(Wage Theft)の種類が近年になり、広範に急拡大していることがある。

アウトソーシングによる雇用上の責任から回避する動きに歯止め

賃金泥棒とみなされるのは、賃金・残業代未払い、最低賃金違反に加えて、不当な控除があるが、それだけではない。

中核的ではない部門を経費削減の目的からアウトソースする動きが急拡大している。それにより、下請け企業に労働者の雇用が付け替えられることになるが、労働条件は大幅に低下する。その下請け企業で、賃金・残業代未払い、最低賃金違反がみられるのだ。

さらには、賃金や労働時間の縛りがある公正労働基準法の規制を逃れるために、企業が労働者との雇用関係を仕事単位の請負契約へと切り替えることが横行している。これにより、労働者は最低賃金や通常の五割り増しとなる時間外手当のほか、健康保険や年金といった社会保障の適用から除外されてしまう。

こうしたことを総称して賃金泥棒という。とくに、実質的には雇用関係が存在しているにもかかわらず、請負労働者とされる意図的な誤分類(Misclassification)がもたらす問題が深刻さを増している。いわゆる賃金泥棒は、低賃金労働者をターゲットにしているのである。

ロス・アンジェルス市は2020年までに最低賃金を15ドルに引き上げる条例を6月に可決しているが、 今回の賃金未払い取締り条例は、低賃金労働者の労働条件の向上により実効力をもたせるものだ。具体的には、最低賃金を引き上げるとともに、賃金および労働時間の規制を強化するものである。

元請け下請け関係および、誤分類(Misclassification)がもたらす問題は、ロス・アンジェルス市のみならず連邦労働省も最優先事項として取り組みを続けている。

(山崎 憲)

参考レート

関連情報