失業保険制度改正をめぐって舞台芸術関係者によるデモ
―抗議活動長期化で夏季フェスティバル中止可能性も

カテゴリー:雇用・失業問題

フランスの記事一覧

  • 国別労働トピック:2014年8月

失業保険制度は赤字を年々累積しており、2016年度末には286億ユーロの累積赤字が見込まれている。財政再建のための労使による制度見直しが2014年1月から3月にかけて行われ、3月22日、合意に達した。内容は、舞台芸術関係者(劇団員やスタッフ)に適用される特別制度の改正や、解雇手当の支払いを受けた失業者の失業手当支給開始を遅らせること、失業手当の支給期間延長制度の導入などである。ただ、この改正では抜本的な改革は実現されないとの悲観的な見方もある。また、政府が政令として承認するための協議が4月以降に行われていたが、特別制度の改正について舞台芸術関係の非正規労働者による抗議活動が展開された。特別制度改正の見直しがなされない限りはストを7月中1カ月間実施、継続する予告がCGT(労働総同盟)から出され、夏の各種フェスティバルが中止される事態に発展する可能性も出てきた。

累積赤字、2013年末時点で178億ユーロ

フランスにおける失業保険制度は、政府が保険者となって設立されているのではなく、労使同数の代表の合意により定められた協約に基づいて運営されている。労使の合意した協約を政府が承認し、それにより失業保険制度に強制力を持たせ、民間部門の全ての雇用主と被用者に適用させている。

失業保険制度の財政は、2009年以降、赤字が続いており、2013年の単年度赤字は38億ユーロ、2014年には37億ユーロ、2015年に36億ユーロで推移すると予想され、累積赤字は2013年末時点で178億ユーロに達している。このままでは、累積赤字は、2017年末に350億~400億ユーロに達すると予想されている。こうした厳しい失業保険財政への対応を、労働組合と経営者団体は1月から協議していた。3月21日から22日にかけての交渉において、使用者団体のMEDEF(フランス企業運動)、CGPME(中小企業連合会)、UPA(手工業連合会)の三団体と、労組のうちCFDT(仏民主労働総同盟)、CGT-FO(労働総同盟労働者の力)、CFTC(仏キリスト教労働者同盟)が合意する方針を固めて労働協約に調印した(CGTCFE-CGC(管理職総同盟)は反対した)。内容は以下の通りである。

舞台芸術関係者特別制度の改定

舞台芸術のキャストやスタッフなどは、就労が間欠的であるという特殊性があるため、優遇された給付条件・給付額の失業保険特別制度の適用を受けている。失業期間が長期化する傾向のある約11万人を対象とする制度であるが、失業保険会計全体の赤字の四分の一を占めるとされている。この失業保険特別制度が改定されることになった。具体的には、同制度の失業保険料率が、現行の10.8%から12.8%(使用者負担分が8.0%、労働者負担分が4.8%)となる。また、失業前の賃金や就労時間に応じて、給付制限期間が設定されるようになる。さらに、賃金と失業手当額の上限が設定され、月額5475.75ユーロとなる。

給付制限期間の延長

解雇時に高額の退職手当や解雇補償金を受け取った場合、失業保険制度の失業手当を受給できない給付制限期間が従来の制度では最長で75日に設定されていた。この期間が(最長で)180日に延長されることになった。ただし、経済的な理由(経営悪化)による解雇の場合は、その待機期間は現行通り最長で75日間である。この待機期間は退職手当や解雇補償金の金額を90で除した日数となる。例えば、その金額が9000ユーロの場合は100日間、1万5000ユーロの場合は167日間、1万6200ユーロ以上の場合は180日間となる。特に、上級管理職の賃金労働者に高額の手当が支給されることが多く、その場合失業手当の受給を開始するまでの待機期間が長くなる。

最低代替率の引き下げ

最低所得代替率(失業前の賃金に対する失業手当の比率)が、現行の57.4%から57.0%へと引き下げられることになった。この最低代替率は月額2042ユーロ以上の賃金を得ていた者に対して適用される。この措置により、現在月額1500ユーロの失業手当を受給している者の場合、その手当額が月額11ユーロ引き下げられることになる。

高年齢労働者の強制加入

65歳以上の賃金労働者は、従来の制度では失業保険制度への加入義務が免除されていた。今回の改正によって、他の賃金労働者同様に失業保険制度への加入が義務付けられ、保険料(使用者負担分が4.0%、労働者負担分が2.4%)を拠出することになる。

高年齢失業者制度の変更

失業者が年金支給開始年齢の61歳に達したものの、保険拠出期間が公的年金を満額受給するために必要な期間(現行は、41.5年)に足りない場合への対応が盛り込まれた。拠出期間を充足するまで、失業手当の支給が継続されることになった。この年齢を、62歳に引き上げることも、今回の合意に盛り込まれた。ちなみに、2010年の公的年金制度改革によって満額受給開始年齢は段階的に引き上げられており、1953年生まれの場合、61歳2カ月、1954年生まれの場合、61歳7カ月、1955年生まれの場合、62歳(2017年1月1日から)となる。

支給期間の延長制度の導入

現行の失業保険制度における失業手当の受給条件は、50歳未満の失業者の場合、失業前の28カ月間に4カ月以上または610時間以上就労して保険料を拠出していることとされている。支給期間は2年間を上限として就労(保険料拠出)期間と同じ期間、支給される。すなわち、就労期間が長ければ長いほど、失業保険の支給期間が長くなるという原則がある。今回の改正では従来の受給要件を維持するものの、失業手当の支給期間内に一つまたは複数の職で合計150時間以上(一時)就労していた場合は、失業手当の支給期間が終了した際、失業中の(一時あるいは部分)就労していた期間が、新たな失業手当支給期間となることになった。ただし、この支給期間の延長は、労使合意が発効する前、2014年6月30日以前に受給権を得た求職者にも適用される。

部分就労中の失業手当受給規則の改定

失業中に(一時)就労をしながら失業手当を受給することが可能である。ただし、現行では1カ月間に110時間を超えないこととともに、失業前の賃金の70%を超えないことが条件となっている。また、最長でも15カ月に制限されている。これらの条件が就労意欲を失わせることや、低賃金の原因になっているとの見方がある。今回の改正では、失業手当支給期間における就労に対して、その時間や賃金の制限を原則的に撤廃することとなった。なお、失業手当の支給額は、勤労収入がない場合の失業手当額から就労による賃金額(支給総額)の70%となる。ただし、失業手当と賃金の合計額は、(失業手当の受給額の算定の元となった)従前賃金を上限とする。

労使合意では、これら改正は7月1日から2年間有効となり、その間で改革が進められることとされた。

労組による評価・見解

今回の改正案に同意したFOのセロン・ステファンラード書記は、「25万人~30万人がこの改正によって新たに失業保険の適用を受けることになる。また、使用者団体が主張した特別制度廃止に対しては、非正規労働者の不安定な雇用への対応という関連から、制度を存続させるように断固として主張し、それが受け入れられた」と強調した。同じく同意したCFTCのイヴ・ラゾリ代表は、「合理的であり比較的バランスのとれた改正内容となっている」と評価している。

その一方、改革案に反対したCGTのエリック・オーバン執行委員は「今回の合意は失業者に犠牲を強いるものであり、労組としては挫折と言わざるを得ない」としている。その上で、抗議活動は継続して行うと表明した。同じく合意に異を唱えたCFE-CGCのフランク・ミクラ書記は、「失業保険制度の財政再建のための節減は全て失業者の犠牲によるものでしかない。MEDEFの要求は達成されたかたちだ」と嘆いた(ル・ポアン誌、2014年3月22日参照)。

ただ、今回の制度改正によって実現される財政再建の規模は年間で4億ユーロの支出純減に過ぎないという見方が有力である。収入増や支出減は8億ユーロと予想されているが、支出増につながる支給期間の延長制度の導入で、支出が4億ユーロ増加することになると試算されているためである(レ・ゼコー紙など)。

使用者側のMEDEFは、今回の改革は財政面でのバランスの取れた制度にするための第一歩に過ぎないということを強調した。

1万人規模の抗議デモ

舞台芸術関係者を対象とする特別制度改正のための議題がMEDEFから提案され、俎上に上がった時点(2月27日)から抗議デモが実施された。労使合意が成立した3月20日前後には、パリのガルニエ・オペラ座を封鎖する抗議行動に発展した。労使合意後、政府が政令によって承認する作業を進めていた4月以降も抗議活動が続けられた。

6月16日に行われたパリでのデモには、約1万人が参加したとされている。デモ参加者は政府に対して、失業保険特別制度の改正に関する労使合意を承認しないよう求めた。

改正は7月1日に施行される予定になっていたが、6月に入っても政府が承認できるめどがたっていなかった。このままデモが継続されれば、7月に開催されるアビニョン演劇祭をはじめとする夏季の各種フェスティバルなどが中止に追い込まれる可能性がでてきていた。イベント開催地では地元の経済への影響も懸念されていた。

政府による譲歩措置の提案

政府はこうした抗議行動に配慮するかたちで、法案化の過程で柔軟な姿勢をうかがわせ、ヴァルス首相が6月20日、一連の譲歩措置を公表した。3月22日の労使合意を尊重する必要性を強調し、合意の承認は予定通り行うと説明した上で、舞台芸術関係の非正規労働者問題を全体的に協議し、抜本的な制度改正を実現するための政労使交渉を開始すると予告した。併せて、2015年から17年まで文化省の創作舞台芸術等の関連予算を削減の対象にしないとも約束した。また、抗議する労働者が特に懸念している待機期間の設定について、6カ月の時限措置として、改正の影響分を国が全額引受けるという約束も盛り込まれた(ル・モンド紙、2014年6月21日参照)。

この譲歩内容に対しても、抗議行動を主導するCGTは当初、譲歩が不十分であるとして、7月1日からのスト開始予告を行う方針を示唆していたが、結局、6月25日に政令(アレテ)(注1)が交付され官報に掲載された。これにより予定通り7月1日から二年間有効の労使合意として、失業保険制度改革が実施されることになった。

参考資料

(ホームページ最終閲覧:2014年8月25日)

参考レート

関連情報