低賃金・低所得就労者の増加による貧困の拡大に懸念

カテゴリー:非正規雇用労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2014年7月

継続的な経済成長を背景に、就業者数は記録的に拡大しているものの、賃金水準が物価上昇率を下回る状況が続いている。低賃金の被用者が増加しているとみられることに加え、近年の雇用増の半数を占めて急速に拡大している自営業者も、所得水準が被用者のおよそ6割と低い傾向にある。就労者における貧困の広がり、また就労が必ずしも貧困の解消につながっていない状況に、懸念の声が強まっている。

実質賃金は引き続き減少

統計局によれば、2014年2-4月期の就業者数は前期(11-1月期)から34.5万人増と統計開始以降の記録的な増加幅により3054万人となった。フルタイム就業者が全体の増加分の4分の3(26万人)を占めている。失業者数は16.1万人減少して216万人、失業率はマイナス0.6ポイントの6.6%となった。一方、週当たり平均賃金の上昇率は、3月には4年ぶりに消費者物価上昇率(1.6%)を上回る1.9%を記録したものの、4月には再び0.9%に下落して同月の消費者物価上昇率1.8%を下回った(図表1)。賃金水準の動向に最も影響が大きいサービス業のほか、建設業、製造業でも大幅に賃金上昇率が低下している(注1)

図表1:賃金・消費者物価上昇率、労働生産性の推移

グラフ:賃金・消費者物価上昇率と労働生産性の推移を表したもの

  • 注:労働生産性は四半期毎のデータ。
  • 出所:統計局ウェブサイト

賃金水準の低迷は今後も続くとの見方は強い。政府の予算責任局(OBR)やシンクタンクのNIESRは、実質賃金は2018~2020年まで経済危機前の水準に戻らないとの予測を示している。ダートマス大学のブランチフラワー教授とロンドン・スクール・オブ・エコノミックスのマチン教授は、賃金水準の顕著な改善が当面難しいと考える理由として、経済危機以降の生産性の低迷や、直近の失業率の改善による賃金上昇は限定的と考えられること(注2)、また経済危機以前からの傾向として、労働者の賃金が生産性の上昇に見合って上昇しなくなっていることなどを挙げている。さらに、今後も公共部門における賃金凍結や人員削減が想定されるなど、賃金上昇には消極的な要因が多いとみている。

一方、実質賃金は近い将来改善する可能性があるとの見方もある。イングランド銀行(中央銀行)の金融政策委員も務めるケンブリッジ大学のウィール教授は、生産性の回復と失業率の継続的な減少により、賃金上昇率は今後3年間で4%に回復しうると予測している。

自営業者の所得は被用者の6割

就業者の拡大に大きな位置を占めているのは、自営業者の増加だ。雇用統計によれば、過去5年間における146万人の就業者の増加のうち、およそ半数にあたる70万人分が自営業者により(注3)、直近の2013年単年には、30万人以上増加している(図表2)。2014年時点の自営業者は455万人で、就業者全体の7人に1人を占める。うち約2割(93万人)が建設業、またそれぞれ1割強が専門的・科学的・技術的サービス業(法律・会計、設計などに関する業務、57万人)、その他サービス業(洗濯業など、53万人)、1割弱が卸売・小売、自動車等修理業(42万人)の従事者である(注4)。男女別には、男性で建設業従事者が、女性ではその他サービス業、保健・福祉業の従事者が多い。

図表2:被用者・自営業者数の変化(千人)

グラフ:被用者・自営業者数の変化を表したもの

  • 注:各年のデータは2-4月期から翌年同期までの各カテゴリの労働者数の増減。
  • 出所:統計局ウェブサイト

こうした自営業者の増加が、労働市場における良質な雇用の不足と関連しているとの見方は強く(注5)、被用者と同様、就労を通じた所得の低迷が指摘されている。シンクタンクResolution Foundationの分析によれば、自営業者の週当たり所得額は2007年以降の5年間で2割減少して230ポンドとなり、この間の減少が6%にとどまった被用者(週378ポンド)の6割の水準に落ち込んだ(注6)。要因として、この間、自営業者の平均的な労働時間に減少が見られること、また相対的に賃金水準の低い女性の自営業者の増加が指摘されている。経済危機以降の自営業者数の増加のうち、72%が新たな自営業者の増加によるもので(注7)、うちおよそ3分の1が失業者から自営業者に転じた層だ。

なお、同シンクタンクが併せて実施したウェブ調査によれば、過去5年に自営業者となった層のうち4分の3(73%)が、自ら望んで自営業者となったと回答しており、雇用機会の不足により自営業を消極的に選択している層は限定的との結果となっている。ただし、非自発的な(被用者となることを希望する)層は増加傾向にあり(注8)、また相対的に技能水準の低い職種の従事者では、非自発的な自営業者の比率が高いという(注9)

このほか、年齢別には高齢者の比率が高まっており、特にパートタイム自営業者では、60歳以上層が32%を占めている(被用者では13%)。報告書はその要因として、年金貯蓄の不足や、平均余命の上昇などの影響により、自営業が引退に替わる選択肢として利用されている可能性を指摘している。

就労層の貧困の解消は困難

経済危機以降、就労層の貧困が拡大しているとの指摘は、これまでも繰り返しなされてきたところだ。賃金水準の低迷は、雇用・労働時間の不安定さや、給付制度の変更などとならんで、主な要因とみられており、6月に相次いで公表された貧困問題に関する報告書も、就労による貧困からの脱出が困難な状況を指摘している。例えば、複数の大学の研究者が共同で実施している国内の貧困状況に関する調査プロジェクト(Poverty and Social Exclusion in the UK)が公表した調査結果によれば、過去30年間に経済規模が2倍に拡大したにもかかわらず、最低限の生活水準を下回る世帯の比率は14%から33%に増加している(注10)。就労者の6人に1人(17%)が、低所得かつ基本的な生活の必要を満たすことが困難な状況にあるという。貧困状態にある成人の46%は就労しており、うち約半数が週40時間以上働いている。研究参加者の一人であるグラスゴー大学のベイリー教授は、「政府はワーキング・プアの人々を無視し続けており、十分な政策をもって問題の拡大に対応していない」と述べている。

また、政府の設置した社会階層移動・児童貧困委員会による報告書も、就労を通じた貧困状態からの離脱の難しさを指摘している。政府が掲げる児童貧困の削減に向けた目標(注11)達成の可能性を検討した同報告書は、極端な就業率の上昇や大幅な労働時間の増加などが生じない限り、貧困児童の比率はほぼ横ばいかむしろ増加するとして、目標達成は困難との見方を示した。一方で、賃金水準の引き上げによる貧困層の削減効果は限定的であるとして、就労促進に向けた支援策(注12)の重要性を強調している。

加えて、非営利団体や労組、経営者団体などが参加する生活賃金委員会は、最低限の生活水準の維持に必要な賃金額として非営利団体などが推進する「生活賃金」(living wage―ロンドンで時間当たり8.80ポンド、それ以外の地域で7.65ポンド)の普及促進により、2020年までに貧困層100万人以上の削減が可能であるとの報告書を公表した。報告書は、現在、生活賃金未満の賃金水準にあるおよそ520万人の労働者のうち、公共部門50万人、民間部門60万人強への生活賃金の適用を提言しており、公共部門における賃上げのコストは、民間部門における税収増や低所得層向け給付のコスト減により賄うことが出来るとして、賃上げによる雇用への影響は生じないとの試算を示している。ただし、小売業やホスピタリティ業、あるいは小規模企業などは、生活賃金相当の賃金を支払うことは困難とみられるとして、あくまで企業の自主的な取り組みに委ね、政府がこれを促進する(例えば上場企業に生活賃金未満の労働者数の公表を義務付けるなど)形とすることを提案している。

参考資料

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