EU移民の社会保障給付の申請に所得要件を追加
EU域外からの移民流入数が減少する一方で、域内の労働者の流入が急速に増加している。政府は、域内移民による社会保障給付の悪用を防止する措置として、入国から3カ月は求職者手当の申請を認めないなど、要件の厳格化を進めている。3月には新たに、申請までの3カ月間に関する所得額に条件を設け、これを満たさない場合は受給可能な給付を大幅に制限するとの制度改正を行った。
EU域内からの労働者、引き続き増加
統計局が2月に公表した移民統計によれば、移民の純流入数は2013年9月までの12カ月間で21万2000人となり、前期(2012年9月までの12カ月間、15万4000人)から4割近い増加となった。EU域外からの純流入数については、就学目的の移民を中心に、家族(呼び寄せ)などと合わせて継続的な減少傾向にあるが(ここ2年間で6割近くに減少、前期からは1割強の減)、EU域内からの移民が急速に拡大していることが全体で増加となった理由だ。国籍別のデータが得られる国民保険への外国人(成人)新規登録数でみると、全体では19%増加、国別にはポーランドのほか、スペインやイタリア、ポルトガルなどからの移民による登録数が増加しており(注1)、特に南欧諸国については不況に伴う雇用状況の厳しさが影響しているとみられる。
就労目的の入国者はさらに、予め仕事が決まっている(以下、「就職」)者と、求職を目的とする者に分かれる。EU域外からの移民では就職目的の純流入は近年ほとんどなく、過去に求職目的で入国した者の流出により実質的な減少が続いているのに対して、域内他国からの移民については就職・求職とも純増しており、特に求職者はEU全体で前年の1.8倍、従来からの加盟国(EU14)では同3.6倍に達する。
図表:就労目的の移民の地域別純流入数の推移
- 出所:Office for National Statistics 'Migration Statistics Quarterly Report - February 2014'
域内からの移民をめぐっては、2007年のEU加盟国であるルーマニア及びブルガリアからの移民労働者に対する域内他国での就労制限の期限が昨年末で廃止となったことから、1月以降に両国からの移民が急激に増加するとの予測も一部でなされている(注2)。政府は、両国からの労働者の就労自由化と関連付けて、社会保障制度の悪用を目的とする域内からの移民が増加する可能性を懸念、対応策として社会保障給付の受給権の制限を強化する方針を昨年末に示していた。この一環として、1月からは、EU加盟国を含む欧州経済圏(EEA)の各国からの移民に対して入国後3カ月間は求職者手当(所得調査制)の申請資格を認めないとする制度改正が行われた。3カ月を経て給付を申請する際には、滞在理由や滞在状況などの審査(居住権テスト)を受けなければならないが、この内容も厳格化されている。また受給が認められる場合も、受給期間は最長6カ月に限定、これ以降は確実な雇用の見込みがある場合以外は、受給の継続は認められない。このほか4月からは、新たに入国する求職者に対して低所得層向け住宅給付の申請を認めないことを決めている。
こうした制度改正に加えて、3月にはさらなる受給資格の制限策として、申請に先立つ3カ月間に就労を通じて一定の所得を得ていることが要件化された。所得額の基準は、国民保険の拠出が発生する所得下限額(2013年度には週149ポンド−最低賃金額での週24時間の労働に相当)に設定されている。これを下回る場合は、基本的に「労働者」(または自営業者)ではなく「求職者」とみなされ、求職者手当以外の低所得層向け給付(雇用・生活補助手当(所得連動制)、所得補助、住宅給付、年金クレジット、住宅給付)の申請は認められない(注3)。
給付制度 | 労働者(worker) | 求職者(jobseeker) |
---|---|---|
児童給付および児童税額控除 | ○ | ○ |
求職者手当 ※求職者手当に関する3カ月の居住要件(居住権テストの適用) |
○ なし |
○ あり |
雇用・生活補助手当、所得補助、年金クレジット、住宅給付 | ○ | × |
- 出所:Department for Work and Pensions 'Minimum earnings threshold for EEA migrants introduced' (2014年2月14日プレスリリース)を元に作成。
域外からの移民減で低技能の雇用がイギリス人に
内務省は2月、イギリス人及び移民労働者の技能水準別の就労状況に関するレポートをまとめた。近年国内に流入している移民は、低技能職種の雇用に就く傾向にあり、イギリス人労働者のこの分野での雇用の減少と対をなす形で推移してきた。しかし、2012年に関してはこれが反転し、低技能職種における雇用の増加分の大半(42万5000人のうち36万7000人分−86%)をイギリス人労働者が占めたとする内容だ。報告書は、政府の移民引き締め策により、就学・家族ルートによる移民流入を抑制した結果として、こうした層による低技能職種での雇用が減少し、これがイギリス人の雇用増につながった可能性を指摘している。なお、報告書が示す地域別のデータによれば、2004年から2011年までの低技能職種での雇用増の大半は、東欧諸国からの労働者によって占められている。
図表:技能水準別就業者の推移
- 注:低技能職種−事務・秘書職、介護・レジャー・その他サービス、販売・顧客サービス、加工・プラント・機械操作、単純労働
- 高技能職種−管理・経営・上級職、専門職、準専門職・技術職、熟練工
- 出所:Home Office "Employment and occupational skill levels among UK and foreign nationals"付属データを元に作成。
注
- ポーランドが11万1450人(3万980人増)と最多で、以下、スペイン5万1730人(1万3650人増)、イタリア4万4110人(1万7500人増)、ポルトガル3万120人(9680人増)など。このほか、ハンガリー、フランス、アイルランド、ギリシャなどEU域内を中心に増加、一方、パキスタン、インド、リトアニアについては減少している。
- これまでのところ、そうした状況は生じていないとみられる。
- 所得が規定額を下回る場合、より厳しい審査により申請者が「労働者」に相当するか(仕事は正真正銘のものか)が判断され、就労が限定的・補助的とみなされれば、求職者として受給可能な給付が限定される。ただし、判断基準は必ずしも明らかではない。 なお、求職活動も行っていない場合は、非労働力(economically inactive)とみなされ、低所得層向け給付の申請は認められないほか、自らの生活を維持できる財力があり、包括的な医療保健に加入していることが求められる。
参考資料
参考レート
- 1英ポンド(GBP)=170.32円(※みずほ銀行ウェブサイト2014年3月5日現在)
- 1ユーロ(EUR)=140.50円(※みずほ銀行ウェブサイト2014年3月5日現在)
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