雇用労働部が「通常賃金」の指針公表
―労使対立の火種の恐れも

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  • 国別労働トピック:2014年2月

雇用労働部は1月23日、時間外労働手当や退職金の算定基礎となる「通常賃金」の範囲に関する「労使交渉のための指針」を公表した。大法院(最高裁)が判例の整理を経て昨年末に示した判断基準を踏まえたもので、当面、今春の賃金交渉での労使間の摩擦を防ぐためにまとめられた。しかし、その内容に労働組合は猛反発しており、逆に労使対立の火種となる恐れもある。労使政の議論を経たうえ、政府は関連法規を今年上半期のうちに本格的に整備する意向である。

大法院判決と雇用労働部例規の齟齬

通常賃金は、労働者に一般的に支給される賃金として、時間外・休日・深夜労働に対する加算賃金や退職金などの算定基準となる。韓国では、経済成長過程で長時間労働慣行が持続する中、賃金上昇を抑える目的で様々な手当を増やした結果、賃金構成が複雑となっている。通常賃金の具体的な範囲は、1988年に制定された雇用労働部例規の「通常賃金算定指針」で定められている。しかし、その後、通常賃金の範囲をめぐる裁判所の判断と例規の間に齟齬が生じ、その解釈をめぐって論争が提起されてきた。

大法院の全員合議体は昨年12月18日、これまでの通常賃金に関する裁判所の解釈を総合的にまとめて法理を整理し、その適用範囲に関する判断基準を示した。それに伴い、労使が通常賃金の法理と基準を正確に理解し、複雑な賃金構造を整備・改編していくことが課題となっている。政府は今年上半期に、労使政の議論などを通じて、通常賃金制度にかかわる勤労基準法の改正と関連例規の整備を推進する計画である。今回は、春の本格的な賃金・団体協約交渉の開始に備え、通常賃金の算定に関する労使間の不必要な混乱と対立を回避するため、大法院判決を基礎とした「労使交渉のための指針」を提示したものである。雇用労働部はこの指針を地方官署に公布した。労使が複雑な賃金構成を簡素化して職務・成果中心の賃金体系に再編成するよう、労使協議を積極的に指導・支援していく方針である。

通常賃金基準は所定労働の対価および定期・一律・固定性

指針は大法院が示した通常賃金の概念と特長を整理している。大法院は、通常賃金を「労働契約で定められた労働の提供に対し確定的に支給される賃金」であるとし、賃金の名称や支給期間の長短などの形式的な基準ではなく、賃金の客観的な性質が通常賃金の法的要件を満たしているかどうかに基づいて判断するとしている。通常賃金は、労働契約で定められた労働の対価として支給されるいくつかの項目の賃金が、一定期間に応じて定期的に支給され(定期性)、「すべての労働者」や「労働に関連する一定の条件および基準に該当するすべての労働者」に一律に支給され(一律性)、その支給の可否が業績や成果、その他の追加的な条件とは関係なく、「既に確定している」(固定性)必要がある(表1)。

表1:通常賃金の判断基準
所定労働の対価 所定労働の対価は、「労働者が所定労働時間に通常的に提供すると定めた労働について使用者と労働者が支払うことに合意した金品」と定義されている。所定労働の対価として提供されない時間外労働やその他の労働に対して支払われる賃金は、通常賃金には含まれない。
定期性 定期性は、あらかじめ定められた一定期間ごとに定期的に支払われるかどうかに関するものである。1カ月を超えて2カ月、四半期、半期、年単位で支払われるとしても、一定の間隔をおいて継続的に支給される賃金は、通常賃金とみなされる。
一律性 一律性は、「すべての労働者」に支給されるものだけでなく、「一定の条件や基準に達したすべての労働者」に支給されるものも含む概念である。「一定の条件または基準」は作業内容やスキル、キャリアなどのように所定労働の価値評価に関連する変動しない一律の条件でなければならない。
固定性 固定性は、時間外労働を提供した時点で、その対価を支給するかどうかが業績、成果やその他の付加的な条件とは関係なく、既に確定していることを意味する。固定的な賃金は、名称を問わず、所定労働時間を勤務した労働者が、次の日に退職したとしても、労働の対価として確定的に支払われる最低限の賃金をいう。大法院の全員合議体判決は、支給日その他特定の時点で在職中の労働者にのみ支給される賃金は、固定性に欠けると判断している。

重大な経営上の困難の場合は遡及賃金請求を認めず

労使が「勤労基準法」が定めた基準よりも低い賃金などの不利な労働条件で締結した契約は無効である(勤労基準法第15条)。大法院は、通常賃金に相当する定期賞与などの賃金を通常賃金から除外することに労使が合意した場合でも、その合意は「勤労基準法」に違反しているため無効であることを確認した。従って、通常賃金に相当する賃金を算定に含めて時間外労働手当を遡及計算し、すでに支給された賃金との差額を追加賃金請求することができる(賃金債権の消滅期限は3年)。

ただし、大法院は、通常賃金に属する賃金を通常賃金から除外することにした労使合意が「勤労基準法」に違反し無効であったとしても、信義誠実の原則(信義則)の要件を備えている場合は、追加賃金請求が認められないと判断した。信義則とは、法律関係の当事者が相手の利益に配慮し、衡平に反したり、信頼を裏切る内容や方法で権利行使をしてはならないとする近代司法の大原則である。信義則の適用に関する法理は、今後、個別事件の判例を通じて具体的に整理されていく。

信義則の適用要件

  1. 通常賃金に含めずに算定した項目が、一定の対象期間に提供される労働に対応して1カ月を超える一定の期間ごとに支給される「定期賞与」であること。
  2. 労使が信頼して、定期賞与を通常賃金から除外することに合意し、それをもとに賃金引上率やその他の賃金条件を決定したこと。労使合意には、団体協約などの明示的な合意以外に黙示的な合意や労働慣行が含まれる。就業規則の制定・変更時に勤労基準法で定められた意見聴取または同意過程で定期賞与金を通常賃金から除くことについて、労働者が何ら異議申し立てをしなかった場合、就業規則も信義則が適用される労働慣行の一類型と解釈される。
  3. 労働者が追加賃金を請求する場合、予測できない経済的な負担により、企業に「重大な経営上の困難」を引き起こしたり、その存立が危ぶまれる事情がある場合。

信義則の適用期限

大法院の全員合議体判決は、信義則が「この判決以後の合意」には適用されないとしている。すなわち、全員合議体判決(2013年12月18日)以降に労使が新たな賃金条件に合意した時点(判決日以前に合意し、その有効期限が判決日以降である場合には、その時点)から信義則が適用されない。賃金・団体協約の場合は、その名称に関係なく賃金引上率などの賃金条件に関する事項が含まれた協約の有効期間が適用期限となる。暗黙的な合意または労働慣行の場合には、全員合議体判決日以降を目安として事業所ごとに実施する定期的な賃金調整など賃金条件を変更する時期として判断される。ただし、労使一方の交渉要求や一部労働者が書面などで異議申し立てをした場合、既存合意への信義則適用が直ちに否定されるわけではない。

特定時点在職要件追加は就業規則の不利益変更に該当

特定賃金項目の支払い要件に、支給日その他特定の時点で在職中であることを追加するよう就業規則を変更する場合、通常賃金に該当していた金品がこれに該当しなくなることから不利益変更に該当し、勤労基準法に基づく過半数労働組合または労働者の過半数の同意を得なければならない。他方、既存の就業規則において「通常賃金算定指針」に基づき通常賃金を定めるよう規定している場合、特定賃金項目の支払い条件に変更がないにもかかわらず、大法院判決によって通常賃金の適用範囲が変更されるため、就業規則の不利益変更には該当しない。

通常賃金の適用範囲拡大を回避する方法として、包括賃金制を採用する企業が増えることが予想される。その場合も、包括賃金の合計額に含まれる法定手当の金額が勤労基準法による通常賃金および実労働時間を基準に算定した法定手当の金額に達していない場合、当該包括賃金契約は無効となる。政府は、包括賃金制度を通常賃金の責任を回避する手段として利用する企業を、厳格に指導・監督していく方針である。

労働組合は「労使交渉のための指針」に激しく反発

雇用労働部の新たな指針に対し、労働組合は主に2つの点で強く批判しており、今後も通常賃金をめぐる労使紛争が継続していくものと予想される。第1は、多くの企業では、特定の時点で働いている労働者にのみ定期賞与を支給している点である。指針によると、在職労働者にのみ支払われる定期賞与は、通常賃金とはみなされないことになる。第2は、大法院の全員合議体判決以前に締結された労働協約の有効期間中は、通常賃金の遡及計算による未払い賃金の追加請求が認められないとしている点である。

韓国労働組合総連盟(韓国労総)は、「政府は、大法院の判決を使用者寄りに解釈し、通常賃金の範囲に関する現行規則を改正する責任を逃れようとしている。現行賃金協約の有効期限満了まで労働者の追加賃金請求を制限することは、大法院判決の趣旨に反する」と批判した。全国民主労働組合総連盟(民主労総)は「指針は、より多くの企業がすべての定期賞与を在職労働者にのみ支払うことにより、財政負担の拡大を回避するよう奨励する恐れがある」と主張した。

資料出所

  • 雇用労働部「通常賃金に関する労使交渉のための指針」(2014年1月23日)

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