低賃金労働の拡大防止に生活賃金普及促進の動き

カテゴリー:雇用・失業問題

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  • 国別労働トピック:2014年12月

賃金水準の低迷が続いており、パートタイム労働者、女性などを中心に、低賃金労働の拡大やその長期化の傾向が見られる。政府は対策として、全国最低賃金の物価上昇率を上回る引き上げ幅で改定したところだが、これと並行して労組や非営利団体などが提唱する「生活賃金」も、企業などの間で普及が進んでおり、低賃金労働の拡大防止に貢献が期待されている。

インフレ率を5年ぶりに上回る賃金上昇

統計局が11月に公表した雇用統計は、持続的な就業率の上昇と失業率の低下、求職者手当申請者の減少を示している。2014年7-9月期の就業率(16-64歳)は、前期(4-6月期)から0.2ポイント(11万2000人)増の73%(就業者数3079万人)、失業率(16歳以上)は同0.3ポイント減の6%(失業者数196万人)となった。近年顕著に増加していた自営業者については、パートタイムを中心に減少している(図表1)。一方、雇用増の大半をフルタイム被用者が占めた。また、10月の求職者手当申請者数は93万人で、前月から2万人減少した。

図表1:被用者数・自営業数の対前年期増減図表1:被用者数・自営業数の対前年期増減

 

  • 注:フルタイムとパートタイムの別は、調査回答者の自己申告による。
  • 出所:統計局ウェブサイト

一方、9月までの12カ月間の賃金上昇率は1%で、同月の消費者物価上昇率1.2%を下回ったが、うち一時金を除いた定期的な賃金については1.3%増加、2009年9月以来5年ぶりに消費者物価上昇率を上回った(図表2)。労働者の8割を占める民間部門の賃金上昇(1.6%)によるもので(公共部門は1%)、製造業(1.8%)や建設業(1.3%)での物価を上回る賃金の上昇が、労働者の多い卸・小売・ホテル・レストラン業での低い上昇率(0.6%)を補う形となった。

図表2:賃金・物価上昇率、労働生産性の推移

図表2:賃金・物価上昇率、労働生産性の推移

  • 注:労働生産性は四半期毎のデータ。
  • 出所:統計局ウェブサイト

政府は一連の結果について、景気回復が世帯所得の増加に寄与し始めたことを示すものであると述べている。また、ここ1年間の雇用増の大半がフルタイム雇用であることは、政府の長期的な経済のプランを背景に、企業における雇用創出の支援策が功を奏したことの証左であるとしている。ただし、野党や労組などからは、経済危機以降数年にわたる雇用の劣化や賃金の低迷による影響は依然として解消されていないとの批判がある(注1)

また、賃金水準が今後も継続的に改善するか否かについても、見方は様々だ。イングランド銀行は、来年にかけて賃金水準は順調に改善するとみており、2015年第4四半期には名目ベースで3.25%、実質で1.8%前後の上昇を予測している(注2)。一方、研究者やシンクタンクなどの間では、経済危機以降の生産性の低迷などを理由に、当面は賃金水準の実質ベースでの回復は困難との悲観的な予測も多くみられる。

中高年の女性パートタイム層などで低賃金が長期化の傾向

シンクタンクResolution Foundationは直近の状況について、就業率は不況以前の水準(2008年5月時点で73%)に回復したものの、実質賃金の水準はこの間に8%近く低下しており、もし今後、賃金がインフレ率を1%上回って上昇したとしても、回復には7年を要すると分析している(注3)。また就業率の回復も地域によって異なり、ロンドン以外の多くの地域では依然として不況前より低い水準にある(注4)。賃金水準の低迷の主な理由は、若年層の就職の急速な増加、相対的に賃金の高い管理職種の従事者の減少、清掃や肉体作業・介護などの低賃金職種の雇用の増加にあるという。就業構造や労働力需給のバランスなどの条件が急激に改善するとは考えにくいことから、短期的な賃金水準の顕著な改善があるとの予測には懐疑的だ。

同シンクタンクは毎年、低賃金労働者数の推計などをまとめた報告書を公表している。今年の報告書(注5)が推計した2013年の低賃金労働者数(平均賃金(中央値)の3分の2に相当する時間当たり7.69ポンドを下回る者)は、前年から25万人増加して523万4000人に達している。就業者全体も増加する中で、低賃金労働者の比率は小幅ながら拡大しているという(0.8ポイント増の22%)。報告書は、女性比率が高いこと(7.69ポンド未満の労働者は、女性で27%、男性では17%)、他国に比してフルタイム労働者における比率が高いことに加えて、低賃金が長期化している労働者が多いこと(最低賃金レベルの労働者の4分の1が、過去5年間一貫して同等の賃金水準から脱することが出来ていない)を低賃金労働者の特徴として指摘している。

低賃金労働はどういった層で長期化しているのか。Resolution Foundationは、2001年以降10年間の低賃金労働者の動向に関するデータなどから、より高い賃金を得られる仕事に移行した層と、長期にわたり低賃金労働にとらわれやすい層の特徴を分析している(注6)。2001年に低賃金労働に従事しており、その後も主に働いていた層のうち、10年後には4人に1人(25%)がより高賃金の仕事に進んでおり、また過半数(64%)は、低賃金ラインを上回る賃金の仕事に一度以上就いたものの、その後再び低賃金労働に戻っている。10年間、一貫して低賃金労働に従事していた層は12%にとどまる。報告書は、低賃金労働がとりわけ長期化しやすい層として、一人親と障害者を挙げている。また、継続的にパートタイム労働に従事している層も、昇進・昇格の機会がフルタイム労働者に比して限定的であるために、やはり低賃金にとらわれやすい傾向にあるという。ただし、昇進が十分な賃金の上昇につながっていない場合も多く、責任の増加や仕事と家庭生活のバランスの変化、またより厳しくなる競争に見合わないとして、昇進を求めずに低賃金の仕事に留まる労働者もいるとみられる(注7)。業種別にはホスピタリティ業、職種では販売職の従事者がより低賃金に留まる傾向が強い。

一方、シンクタンクCIPDは、低賃金労働(最低賃金の1.2倍以下の賃金水準)が長期化・反復化のリスクが相対的に高い層として、低技能(低資格または無資格)の30代半ば~50代半ばの女性や、30代半ばまでの若い母親などを挙げている(注8)。こうした層は、しばしば低賃金業種でパートタイム労働に従事しており、また健康上の問題や子供の世話などから、就労が限定的になりがちな傾向にある。また、特に40代半ば~50代半ばの低賃金層の多くは、より良い仕事に就くことを希望していない。こうした低賃金パートタイム労働者の間では、短時間の働き方を維持できなくなることを恐れて、雇用主に昇給や昇格を求めにくく、結果として転職する方が賃金の上昇につながりやすい状況がみられるという。報告書は、パートタイム労働者の未活用の能力・経験を活用することが利益となりうるとして、ジョブシェアリングやパートタイム労働者限定のキャリアパスの設定などを雇用主に提案している。また政府に対しては、より良い賃金の求人やこれに要する訓練などの情報提供の促進、就学前の児童を対象とした保育サービスの拡充などを提言している。

全国最低賃金・生活賃金、インフレ率を上回る改定

政府は低賃金問題の対応策として、今年の全国最低賃金の引き上げ幅を拡大、この10月には予想インフレ率(2%強)を上回る3%の引き上げにより、21歳以上向けの最賃額が6.50ポンド(19ペンス増)に改訂された(注9)。6年ぶりの実質ベースでの上昇により、直接影響が及ぶ労働者はおよそ125万人と推計されている。このほか、18-20歳向けが10ペンス(2.0%)増の5.13ポンド、16-17歳向けが7ペンス(1.9%)増の3.79ポンド、またアプレンティス向けが5ペンス(1.9%)増の2.73ポンドに、それぞれ引き上げられた。

また、最賃制度に加えて労組や非営利団体などが提唱しているのが、生活賃金(living wage)だ。最低限の生活水準の維持に必要な所得額の試算などを基に算定されるもので、現在はロンドンおよびロンドン以外の2種類の生活賃金(注10)が、主催団体であるLiving Wage Foundationにより設定されている。法的な順守義務はないが、雇用主は自主的にこれを順守することを表明する形を取る。これまでに、ロンドンやバーミンガムなどの自治体のほか、公共サービスの雇用主、また民間企業の間でも次第に広がりつつあり、Living Wage Foundationか認証を受けた組織は11月時点で1000組織強(昨年改定時には432組織)となった。認証を受けるためには、18歳以上の被用者のほか、導入組織の事業所において週2時間以上、連続8週以上就業する者に生活賃金が支払われている必要があり、これには例えば、清掃等の請負事業者から派遣される労働者(contracted staff)を含む(インターンやアプレンティス等は対象外)。

後援団体の一つでもあるKPMGの試算によれば、生活賃金を下回る賃金水準の労働者は前年から14万7000人増の527万7000人、被用者に占める比率は22%(対前年1ポイント増)となった。とりわけ、パートタイム労働者、女性、若者で生活賃金未満の労働者の比率が高いという(注11)。11月はじめに公表された今年の改定額は、ロンドンが9.15ポンド(35ペンス、4%増)、ロンドン以外が7.85ポンド(20ペンス、2.6%増)で、改定によりおよそ3万5000人が賃金増加の恩恵を被ると推計されている(注12)

生活賃金の普及促進は、貧困問題に関する政府の諮問機関も推奨するところだ。階層移動・児童貧困委員会(Social Mobility and Child Poverty Commission)が10月に公表した年次報告書(注13)は、国内の貧困状況や階層移動の現状や関連施策の進捗について分析、賃金水準の低迷と雇用の不安定化の進行に懸念を示しており、多様な対応策の提案の一環として、賃金水準の引き上げの必要性に触れている。ただし、現在想定される最賃の引き上げでは、2020年までの目標とされている児童貧困の削減(注14)には不十分であるとして、生活賃金の普及促進策の実施を提言、2025年までに「生活賃金普及国」(Living Wage nation)を目指すことを政府に求めている。

  1. (1)相対的低所得世帯(所得中央値の60%未満)の児童を対象世帯の児童の10%未満に削減(2012年度時点で17.4%)
  2. (2)低所得(所得中央値の70%未満)・物的欠乏(別途規則で規定)世帯の児童を全体の5%未満に削減(同13%)
  3. (3)絶対的低所得世帯(基準年=2010年度の所得中央値の60%未満)の児童を対象世帯の児童の5%未満に削減(同19.5%)
  4. (4)持続的貧困世帯(3年間連続して当該年の所得中央値の60%未満)の児童を所定の比率未満に削減(2014年10月のコンサルテーション回答文書で7%未満とする方針を決定、直近の水準は不明)

参考資料

参考レート

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