外国人の滞在許可に関する法案を閣議決定
―滞在許可手続き簡素化、高度人材外国人の優遇と不法入国者対策を強化
カズヌーヴ内相は、7月23日、外国人の滞在許可に関する規定を改正する法案を閣議に提出した。複数年有効の滞在許可証の発給を大幅に増加させることや、フランスの国際競争力を高めるため、投資家や研究者、芸術家、熟練労働者を対象に、新たな滞在許可証を創設することが改正案の主な内容である。その一方で、EU加盟国出身者の犯罪者及びその家族を国外退去させることを可能とする不法移民の対策も盛り込むことによって、治安悪化の懸念を払拭することも目的としている。国民的な議論を巻き起こす内容が含まれている法案であり、年内は国民からの意見を受けつけ、2015年に入ってから国会での審議が行われる予定である。
世界的に認められる高度な才能を引き寄せる
ベルナール・カズヌーヴ内相(警察や移民関連問題を管轄)は、7月23日の閣議に、フランスにおける外国人の権利に関する法案(注1)を提出した。2012年5月のオランド政権発足時から内相を務めたヴァルス首相は、内相時代に外国人の滞在許可に関する規定を改正する法案作成作業に着手。カズヌーヴ内相はそれを引き継ぐかたちで、今回の法案を提出した。この法案は、移民政策の中でもとりわけ次の3項目の実現を目指している。
- 外国人の受け入れ及びフランス社会への統合(intégration)を支援すると共に、滞在許可の定期的申請の頻度を少なくし、外国人の行政手続きを簡素化すること
- 世界的に認められる高度な才能を持った人材の滞在を容易にすることにより、フランス経済の魅力を高めること
- 基本的人権を守りつつも、不法滞在者対策をより効率的に行うこと
滞在許可証の更新頻度を減らす
現行制度において、原則として、フランス国内に居住する外国人は、毎年、滞在許可証の更新が必要となっている。また、学生や高い才能を持つ者の一部などに限って、複数年有効の滞在許可証が発行されているが、その数は限られている。滞在許可証を少なくとも数回更新した後、10年間有効の居住者カード(carte de résident)が交付される。今回の法案には、複数年(2年~4年)有効の滞在許可証をフランスに1年滞在後の外国人全体に拡大することが盛り込まれた。つまり、フランス入国後、最初に発給される滞在許可証の有効期間は1年間であるが、それを更新すると複数年有効の滞在許可証が交付されるようになるというものである。また、複数年有効の滞在許可証の期限後すぐに、10年間有効の滞在許可証の申請ができるようになる。
この措置によって滞在許可証の更新頻度が少なくなり、外国人の手間・労力の軽減とともに、行政の事務処理負担の軽減にもつながると考えられている。ちなみに、毎年、250万人、延べ人数で500万人が滞在許可証に関する手続き(申請や更新)をするために、県庁や警視庁を訪れている。外国人が平均で年に2回、県庁や警視庁を訪れていることになり、その大半は滞在許可証の更新手続きである。
高度人材優遇の新たな許可証
現行制度では、高度な才能がありフランスに貢献し得る外国人を対象とした6種類の滞在許可証があるが、中にはあまり活用されていないものもある。例えば、滞在許可証・競争力と才能(carte compétence et talents)は、学術・科学・文化・人道またはスポーツ分野の発展という点で、有意義且つ持続的に関与すると判断される才能を持つ者に対して発給されるが、年間の発給数は300件以下である。また、例外的経済貢献滞在許可証(carte contribution économique exceptionnelle)は、フランスの領土に少なくとも1000万ユーロの投資を行い、50人以上の雇用創出などに貢献する投資家を対象とするものであるが、2008年以来、7件の発行にとどまっている。発給数が少ないのは、それぞれの滞在許可証の条件、すなわち滞在可能期間や家族帯同条件などが異なる上に、手続きが煩雑なことが一因と考えられている。
今回の法案では、世界レベルの有能な人材を惹きつけ、フランスの国際的地位を引き上げるため、才能のある外国人を対象に、既存の滞在許可証を統合した人材パスポート制度(passeport « talents »)を創設する内容が盛り込まれている。投資家や研究者、芸術家、熟練賃金労働者とその家族が対象であり、最長で4年有効の滞在許可証である。その手続きも、現在より、簡素化されことになる。
また、現行法では報酬が発生する就労に従事する場合、短期間の就労でも労働許可を取得しなくてはならないが、その点を改正し3カ月以内の滞在における労働許可取得義務を廃止する。この改正で恩恵を受けるのは、とりわけ芸術家などが挙げられているが、改正が実現すれば行政手続きに要する時間と労力が軽減され、一つのプロジェクトのために短期間、フランスに滞在することができるようになる。
さらに、高学歴留学生の雇用を促進させるために、滞在許可証の身分変更の手続きも簡素化される。修士以上の学業修了証を持つ全ての学生は、今後、1年間、フランスでの学業で身に付けた知識・能力に関連する職を探すことができるようになる。ちなみに、現行制度では、学業終了後6カ月以内に、最低賃金SMICの1.5倍以上の賃金が支払われる職に就かなければ、原則として、賃金労働者としての就労できる滞在許可証の発行がなされない。また、高学歴留学生の起業を促進させる策も盛り込まれた。
サルコジ政権時の2011年5月31日、ゲアン内相(当時)は、外国人の労働許可に慎重を期す旨の通達(ゲアン通達:Circulaire Guéant)を出し、新たな移民労働者を制限するため、外国人の労働許可の審査を厳格に行い、留学生の賃金労働者への身分変更に関しても、審査を慎重に行うように求めた(注2、注3)。今回の外国人の滞在許可に関する規定を改正する法案の発表に関するプレス資料では、このゲアン通達に言及し、「研究者や大学教員の扉を閉め、才能ある外国人の滞在許可証の交付を制限したが、それは終了」とし、政権交代後の移民政策の転換を強調している。
フランス語レベル向上策
同法案には、外国人のフランス社会への定着を促進させることを目的とする内容も盛り込まれている。外国人が入国後、教育や医療といった日常生活に深く関係する公共サービスだけでなく、フランス語能力の低い外国人に対して、無料でフランス語の授業を提供するなど、様々な支援を実施している。現在、外国人や移民に対する支援は、原則として1年間となっているが、それを5年間に延長する内容が含まれている(社会統合に関する政策の詳細については当機構労働政策研究報告書№.59(PDF:4.48MB)の第2部第2章、97ページ以降を参照されたい)。とりわけ、外国人のフランス語能力を高める方針がこの法案で明らかになった。現在は、A1レベル(日常生活に必要な簡単な表現を理解し、自分の意思を簡単に伝えることができるレベル)のフランス語力の習得を目的にしている。それを入国後5年以内にA2レベル(日常生活において必要な情報を得られ、過去形や現在形などを使い分けて説明できるレベル)まで達することを目標としている。ちなみに、フランス語のレベルは、初級A1及びA2、中級B1及びB2、上級からC1及びC2の6つのレベルに分類されている。
また、語学だけでなくフランスの価値観や制度・規則、フランスで生活していく上での権利や義務などを理解させること、すなわち、フランス社会そのものを適切に認識するためのプログラムも強化される。特に、政教分離の原則や男女平等など、日常生活の基礎となる概念は、同化研修(formation civique obligatoire、これはフランスに到着した外国人にその受講が義務付けられており、それを受けない場合は、原則として、滞在許可証が交付されない)で確認することになるとしている。
病気治療のためのビザ発給条件の緩和
この法案では、人道的な観点から病気の外国人が必要な治療を受けるためのビザ発給の条件を緩和することも盛り込まれている。現在、深刻な病気の外国人がフランスで治療を受けるためにビザを申請する場合、必要な治療がその国に存在しないことを証明しなくてはならない。今回の法案では、フランスでの治療を受けることを希望する外国人患者にとって、必要とする治療が出身国で提供されていても、極めて高額であったり、健康保険制度が整備されていないなどの理由で実質的に受けられないことが証明できれば、ビザの発給対象となるというものである。
不法入国対策の強化
2013年にフランスからEU圏外へ強制退去された外国人の数は、前年より13%増加した。また、摘発された密入国組織の数は14%増加した。2013年の摘発数は過去最高であったが、その増加は今年に入ってからも続いている。このような状況の中で、この法案には不法滞在外国人対策も盛り込まれた。
現行では、公共の秩序を大きく乱した罪を犯したEU加盟国出身者が釈放された(又は、刑務所から出所した)場合、フランス国外へ追放することは出来ない。これは、EU圏内の移動の自由があるためである。そのため、フランス国内で犯罪を犯したEU加盟国出身者が釈放された場合、フランス国内に留まったり、再び入国することが可能である。ちなみに現行制度でも、フランス入国後3カ月以内に犯罪を犯したEU加盟国出身者に対してのみ、国外退去命令を出すことは可能である。
今回の法案には、フランス国内で犯罪を犯したEU加盟国出身者及びその家族の国外退去とフランスへの再入国を1年から3年間、禁止することを可能とする内容が盛り込まれた。また、EU圏外出身の外国人が重大な犯罪を犯し、国外追放された場合、再入国を禁止するのを知事(警視総監)に義務付けることもこの法案に盛り込まれた。
不法入国者対策として、シェンゲン協定が適用される国以外から路線を持つ交通機関(航空、鉄道、バス、旅客船運行会社)には、チェックイン時にパスポートなどで到着国への入国可能な客しか搭乗させないことが求められている。しかしながら、それを遵守しない会社の運営する交通機関を利用し、入国を試みようとする外国人もいる。そのような者の数を減少させるため、そのような会社に対する罰金を倍増させることとなった。
他のEU諸国に比べて少ない外国人受け入れ
今回の外国人の滞在許可に関する規定を改正する法案の発表に関するプレス資料によると、フランスは、毎年、20万人の外国人(合法正規滞在者)をEU圏外から新たに受け入れているが、それは、フランスの総人口の0.3%に過ぎない。この比率は、イギリスの半分、スウェーデンの6分の1で、他のヨーロッパ諸国と比べて低い水準にある。EU圏外からの移民者の数は、2003年以降、同水準で推移しており、2013年は、若干増加し20.3万人であった。ただ、20万人が定住するわけではない。というのは、6.5万人は学生で、その大部分が5年以内に、出国するためであるとしている。
このような状況の下、政府が外国人の滞在許可手続きを簡素化することによって、高度な才能を持つ外国人を積極的に受け入れ、国際競争力の向上をはかりたいという政策意図が、この法案から読み取れる。それと同時に、不法移民の対策も盛り込むことで治安悪化懸念を払拭しようとしている。政府は「移民や外国人の入国及び滞在を管理し、才能を持った者の受け入れを促進し、フランス社会への定着を促進させれば、フランスにとって好機となる」(首相府)としている。
国民的な議論を巻き起こす内容も含んでいる法案のため、政府は、まず国民からの意見を受けつけ、2015年に入ってから国会での審議が行われる予定である。
注
- Projet de loi relatif au droit des étrangers en France
- 当機構・資料シリーズ No.114『諸外国における高度人材を中心とした外国人労働者受入れ政策―デンマーク、フランス、ドイツ、イギリス、EU、アメリカ、韓国、シンガポール比較調査―』第2部第2章、80ページ以降参照(PDF:4.86MB)。
- ゲアン通達後の動向に関しては、当機構・国別労働トピック「フランス」2012年1月を参照。
参考資料
- « Le projet de loi relatif au droit des étrangers », DOSSIER DE PRESSE, Ministère de l'Intérieur, Direction générale des étrangers en France, juillet 2014
- 『欧州における外国人労働者受入れ制度と社会統合―独・仏・英・伊・蘭五ヵ国比較調査―』(労働政策研究報告書・№.59)第2章、フランスにおける外国人労働者受入れ制度と社会統合(PDF:1.27MB)
(ホームページ最終閲覧:2014年11月5日)
参考レート
- 1ユーロ(EUR)=144.76円(※みずほ銀行ウェブサイト2014年11月14日現在)
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