最高人民法院、「労災保険行政案件の審理に係る若干の問題に関する規定」を発表

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  • 国別労働トピック:2014年10月

中国最高人民法院(最高裁判所)は2014年6月18日、「労災保険行政案件の審理に係る若干の問題に関する規定」を発表し、9月1日から施行した。同規定は、これまで不明確となっていた労災認定基準について、(1)特殊な雇用関係における労災保険の責任主体、(2)業務上の事由、業務時間、業務場所、業務目的の外出、通勤途中の認定、(3)第三者が原因の労災の処理方法——などに関する規定を細分化し、労災保険をめぐる紛争の予防・解決促進をめざしている。

労災保険をめぐる行政訴訟の増加

中国政府は2003年、労働災害保険について規定した「労災保険条例」を制定し、2004年1月から施行した。それをきっかけに、労災保険の加入者数が年々増加している(図1)。政府は2010年10月、社会保険に関する法律を体系的に定めた「中華人民共和国社会保険法」を発表した。同法第4章は、労働災害保険制度について規定している。その後、2004年の「労災保険条例」を改正し、2011年1月から施行した。新しい条例は、労災保険の加入者範囲を拡大した。その後、加入者数は一層増加し、労災保険をめぐる行政訴訟の件数も増加傾向を示している。行政訴訟の審理においては、労働災害状況が多様化したことによる新たな問題が生じており、紛争の解決は困難さを増している。

最高人民法院は2007年、労災保険をめぐる行政訴訟の処理における法の適用問題に関する調査研究を開始した。今回発表された「労災保険行政案件の審理に係る若干の問題に関する規定」(以下「規定」という)は、様々な労災状況に対応するため、多方面から集めた意見を考慮して制定された。

図1:中国における労災保険加入者数の推移
中国における労災保険加入者数の推移

  • 出所:2013年「中国労働統計年鑑」

特殊な雇用関係における労災責任主体の認定

「労災保険条例」では、労働者派遣や請負などの複雑な雇用形態における労働災害の責任主体に関する規定が不明確となっている。

「規定」は、二重労働関係(レイオフ、労災・病気休暇中の労働者が新たに就職したが、社会保険の届出は移転されておらず、元の雇用企業が社会保険料を納付しているような場合)、労働者派遣、出向、再委託、名義貸しなど比較的特殊な雇用関係における労災事故の責任主体の認定に関する基準を明確化した。「規定」第3条は、社会保険行政部門が以下に例示する企業を労災事故の責任主体であると認定した場合、人民法院はこれを支持すると明記している。

  1. 従業員が2つあるいは2つ以上の企業と雇用関係を持ち、労災事故が発生した場合、 従業員が労働を提供している企業が、労災事故の責任を負う。
  2. 労働者派遣企業が派遣した従業員が派遣先企業における業務期間中に労災事故で死傷した場合、派遣元企業が労災事故の責任を負う。
  3. 企業が自社の従業員を他の企業に出向させて業務に当たらせ、その従業員が労災事故で死傷した場合、従業員を出向させた企業が労災事故の責任を負う。
  4. 従業員を雇用する企業が法律や法規の規定に違反して、雇用主体としての資格を持たない組織あるいは自然人に請負業務を再委託し、当該組織あるいは自然人が受け入れて雇用した従業員が業務中に労災で死傷した場合、もともと従業員を雇用していた企業が労災事故の責任を負う。
  5. 個人が他の企業の名義を借用して経営を行い、雇用した従業員が労災で死傷した場合、名義を貸した企業が労災事故の責任を負う。

業務上の事由、勤務時間、勤務場所の認定基準の細分化

労災保険条例は、従業員が勤務時間中および勤務場所内において、業務上の事由により事故に遭い負傷したときには、労災認定しなければならないと定めている。

「規定」は、「労災保険条例」で定められた労災認定基準に基づき、業務上の事由、勤務時間、勤務場所の認定に関する規定をさらに細分化し、基本的に合理的な範囲内で労災認定することとした。業務上の事由については、業務上の職責を履行していたか、雇用企業から指示されていたか、業務上の職責と関係があるか、雇用企業の正当な利益に基づいているかなどの要素を考慮する。業務時間の認定については、業務のために必要な時間であるかを考慮する。業務場所については、業務が関係する区域および自然に合理的と判断される場所に当たるかを考慮する。

「規定」第4条は、社会保険行政部門が以下に例示する状況を労災認定する場合、人民法院はこれを支持すると明記している。

  1. 従業員が業務時間内および業務場所内で負傷し、雇用されている企業または社会保険行政部門が業務上の事由以外の事由によるものであることを証明する証拠がない場合
  2. 従業員が雇用されている企業が組織した活動に参加し、あるいは雇用されている企業から指示されて参加した他の企業が組織した活動で負傷した場合
  3. 業務時間内に、従業員が業務上の責任に関係する複数の業務場所の間を往来する合理的な区域において業務に起因して負傷した場合
  4. その他の関連する業務上の責任を履行する際に、業務時間内および合理的な区域で負傷した場合

また、業務目的の外出時間について、「規定」第5条は、社会保険行政部門が以下の状況を業務目的の外出時間と認定する場合、人民法院はこれを支持すると明記している。

  1. 従業員が雇用されている企業の命令で派遣され、あるいは、業務上の必要により業務場所以外で業務上の職責と関係のある活動に従事する時間
  2. 従業員が雇用されている企業の命令を受けて外出し、学習あるいは会議に出席している時間
  3. 従業員が業務上必要なその他の外出活動に従事している時間

通勤途中災害の認定は「合理的」がキーワード

「労災保険条例」は、通勤途中の労災の認定範囲について、「通勤途中に、本人が主要責任を負わない交通事故または都市軌道交通、フェリー、電車の事故に遭い負傷したとき」と規定している。しかし、通勤途中の認定に関する詳しい基準が示されていないため、従来は直接往復のみが通勤途中と解釈されてきた。

「規定」第6条は、通勤途中の災害に関し、社会保険行政部門が以下に例示する状況を通勤途中として労災認定する場合、人民法院はこれを支持すると明記している。

  1. 合理的な時間内に、職場と住所地(戸籍の登録地)、通常の居住地、会社宿舎の間の合理的な経路を往復して通勤している途中
  2. 合理的な時間内に、職場と配偶者、両親、子女の居住地の間の合理的な経路を往復して通勤している途中
  3. 日常勤務、生活に必要な活動に従事し、かつ合理的な時間内に合理的な経路で通勤している途中
  4. 合理的な時間内にその他の合理的な経路で通勤している途中

第三者が原因の災害も労災認定が可能

従業員が第三者が原因で労災事故に遭った場合、第三者からの損害賠償と労災保険の補償金の両方を請求することができるかどうかが争点となってきた。「中国社会保険法」(2011年)第42条は、「第三者が原因で労働災害が発生し、第三者が労働災害による医療費を支払わないか、または第三者を確定できない場合、労働災害保険基金から先に支給する。労働災害保険基金から先に支給した後、第三者に求償する権利を有する」と規定している。

しかし、民事訴訟においては、判断が3つに分かれてきた。第1は、負傷した従業員は民事賠償と労災保険請求のうちの1つを選ばなければならないとするものである。第2は、労災保険基金がまず補償金を支払い、民事賠償額が労災保険の補償金を超えた場合、従業員はその超過部分の賠償金を受け取ることができるとする。第3は、第三者の損害賠償と労災保険金の両方を受け取ることができるとしている。

「規定」第8条は、これら民事訴訟の判断を整理し、次の3つの処理方法を明記している。

  1. 従業員が第三者が原因で負傷し、社会保険行政部門が従業員やその近親者が既に第三者に対して民事訴訟を提起した、あるいは民事賠償を受け取ったことを理由に、労災認定申請を受理しない、あるいは労災認定を行わない決定を下した場合、人民法院はこれを支持しない。
  2. 従業員が第三者によって負傷し、社会保険行政部門が既に労災の認定を下し、従業員あるいは近親者がまだ第三者に対して民事訴訟を提起していない、あるいはまだ民事賠償を受け取っていない状態で、社会保険取扱機構に労災保険金の支払を求めて提訴した場合、人民法院はこれを支持しなければならない。
  3. 従業員が第三者に原因があって負傷し、社会保険取扱機構が従業員や近親者が既に第三者に対して民事訴訟を提起したことを理由に、労災保険の補償金の支払を拒絶した場合、人民法院はこれを支持しない。ただし、第三者が既に支払った医療費用は除く。

参考文献

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