G20雇用労働についての最新情勢
―ILOが2冊の報告書発表
国際労働機関(ILO)は7月17日、経済協力開発機構(OECD)と共同で、モスクワで7月18~19日に開催された主要20カ国・地域(G20)雇用労働大臣会合および労働大臣・財務大臣合同会合に向けて作成した2冊の報告書を発表した。『G20諸国における労働市場の短期見通しと主要課題』は、G20諸国の最新の雇用情勢について統計情報を中心にまとめている。『G20諸国の雇用、労働市場、社会保護における課題への取り組み:2010年以降の主要措置』は、2010~2013年初めまでの期間にG20諸国で実施された政策および措置について記している。報告書の概要は以下のとおり。
ギャップ解消に向け強力な雇用創出を
2011年後半にいくつかの主要国・地域で起こった大幅な景気後退は、G20諸国の労働市場に暗い影を落とした。それまでの労働市場の改善の一部を消し去り、高い失業率と不完全雇用が市場に定着するリスクを高めた。長引く雇用危機は、若年失業者や長期失業者の増大といった構造的課題を悪化させている。
2010年以降、G20諸国全体で雇用は平均1.5%増加した。これは、経済活動人口と同じ増加率である。労働力参加率は平均0.1%増加した。G20諸国のうち11カ国では、過去12カ月間の労働力参加率が横ばいないしは減少を示した。労働市場の実績は、国によって大きなばらつきがある。四半期データが入手可能な17カ国中5カ国では過去1年間に雇用が2%以上増加したのに対し、他の5カ国の雇用増加は0.6%未満であった。同じ期間中、失業率はG20諸国の大部分で低下したが、G20の欧州諸国の大半では上昇した(表)。
2011年第4四半期に、1年以上の失業者が全失業者の3分の1以上を占めた国は、南アフリカ(67.9%)、イタリア(51.2%)、ドイツ(47.2%)、日本(44.2%)、スペイン(43.2%)、フランス(41.3%)、であった。G20諸国の中で、長期失業率の増加が最も大きかったのは、日本、南アフリカ、スペイン、イギリスおよびアメリカであった。長期失業の大幅な増加は、多くの労働者が構造的な失業者となるリスクを増大させる。長期失業は、貧困、健康問題や子どもの学業失敗などの社会的影響を及ぼす。
G20諸国の多くは、今後数年間に、労働力の増加に対応するとともに、経済危機の結果生じた持続的な雇用ギャップ(雇用の対人口比率を経済危機前の水準に回復させるために必要な追加的な雇用量)を埋め合わせるために十分な雇用を創出しなければならない。雇用ギャップは、南アフリカ、スペイン、アメリカで特に大きい。アメリカだけで、雇用率が経済危機以前の水準に戻っていない11カ国合計で2130万人と推計される全雇用ギャップの半分以上を占める。
国名 | 最新値(注1) | 失業率 | 労働力 参加率 |
就業者数 | 失業者数 | 経済活動 人口 |
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最新値 | 変化率 (%P) |
最新値 | 変化率 (%P) |
最新値 (千人) |
変化率 (%) |
最新値 (千人) |
変化率 (%) |
最新値 (千人) |
変化率 (%) |
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アルゼンチン(注2) | 2011年Q4 | 6.7 | -0.5 | 46.1 | 0.3 | 10,822 | 2.2 | 783 | -6.0 | 11,605 | 1.6 |
オーストラリア | 2012年3月 | 5.2 | 0.2 | 65.4 | -0.4 | 11,491 | 0.3 | 629 | 5.6 | 12,120 | 0.6 |
ブラジル(注2) | 2012年3月 | 6.2 | -0.3 | 57.2 | 0.2 | 22,646 | 1.6 | 1,500 | -2.5 | 24,147 | 1.4 |
カナダ | 2012年3月 | 7.2 | -0.4 | 66.6 | -0.3 | 17,437 | 1.1 | 1,356 | -4.8 | 18,793 | 0.7 |
EU | 2012年3月 /2011年Q4 |
10.2 | 0.8 | 57.6 | 0.2 | 217,190 | 0.1 | 24,772 | 9.4 | 240,992 | 0.6 |
フランス | 2012年3月 /2011年Q4 |
10.0 | 0.4 | 56.5 | 0.0 | 25,703 | 0.3 | 2,940 | 5.5 | 28,449 | 0.5 |
ドイツ | 2012年3月 /2011年Q4 |
5.6 | -0.6 | 60.4 | 0.8 | 40,242 | 2.9 | 2,382 | -7.9 | 42,532 | 1.7 |
インドネシア | 2011年Q3 | 6.6 | -0.6 | 68.3 | 0.6 | 109,670 | 1.4 | 7,700 | -7.4 | 117,370 | 0.7 |
イタリア | 2012年3月 /2011年Q4 |
9.8 | 1.7 | 47.9 | 0.1 | 22,948 | 0.7 | 2,506 | 23.4 | 24,848 | 0.8 |
日本(注3) | 2012年3月 | 4.5 | -0.2 | 59.2 | -0.2 | 62,710 | 0.3 | 2,970 | -3.9 | 65,670 | 0.1 |
韓国 | 2012年3月 | 3.4 | -0.5 | 61.5 | 0.0 | 24,585 | 1.8 | 878 | -12.0 | 25,463 | 1.3 |
メキシコ | 2012年3月 /2011年Q4 |
5.1 | 0.0 | 59.5 | 1.8 | 47,836 | 5.5 | 2,437 | -4.0 | 50,273 | 5.0 |
ロシア連邦 | 2012年3月 /2011年Q4 |
5.9 | -0.6 | 69.1 | 0.6 | 70,885 | 1.1 | 4,877 | -8.5 | 75,784 | 0.5 |
南アフリカ | 2011年Q4 | 23.9 | 0.0 | 54.3 | 0.7 | 13,497 | 2.8 | 4,244 | 2.6 | 17,741 | 2.7 |
スペイン | 2012年3月 /2011年Q4 |
24.1 | 3.3 | 59.3 | 0.0 | 17,808 | -3.3 | 5,540 | 15.6 | 23,081 | -0.1 |
トルコ | 2011年12月 /2011年Q4 |
8.3 | -1.4 | 48.9 | 1.0 | 24,267 | 6.2 | 2,191 | -12.1 | 26,406 | 4.3 |
イギリス | 2012年1月 /2011年Q4 |
8.2 | 0.4 | 62.5 | 0.0 | 29,113 | 0.0 | 2,588 | 5.9 | 31,709 | 0.6 |
アメリカ | 2012年3月 | 8.2 | -0.7 | 63.8 | -0.4 | 142,034 | 1.6 | 12,673 | -7.0 | 154,707 | 0.9 |
中国(注4) | 2010年 | 4.1 | -0.2 | 70.1 | -1.2 | 761,050 | 0.4 | 9,080 | -1.4 | 783,880 | 1.1 |
インド(注5) | 2009 ~2010年 | 3.6 | -0.6 | 38.4 | -0.6 | 434,200 | 1.8 | 16,100 | -13.9 | 450,400 | 1.1 |
サウジアラビア | 2009年 | 5.4 | 0.2 | 49.9 | -0.3 | 8,148 | 1.6 | 463 | 5.8 | 8,611 | 1.8 |
- フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、トルコ、イギリスについて、失業率は欧州統計局が発表する毎月の短期指標による調整失業率(欧州統計局の労働力調査及び登録失業者数に基づく推計)、その他は欧州連合の四半期の労働力調査(EULFS)に基づく指標。インドネシアについて、労働力参加率のみ、2010年第3四半期の数値。メキシコについて、失業率はENOE(Encuesta National de Ocupacion y Empleo)の毎月の結果、その他の指標はENOEの四半期の結果に基づく数値。ロシア連邦について、失業率(季節調整済)を除き、四半期の数値。
- 選択された都市部
- 岩手、宮城、福島の3県を含む日本全体の結果は、2011年9月の数値から有効。東日本大震災の被害のため調査が実施できなかった沿岸部のいくつかの地域がある。2011年3月から8月までの日本全体の数値はなく、同期間は被災3県を除く数値を記載。
- 失業の数値は、都市部の登録失業者のみ。労働力参加率は、 2011年統計年鑑(経済活動人口及び15歳以上人口)に基づく推計。
- 全人口の週間活動状況に基づく推計人数/人日(100万人)。増加率は、2004~05年及び2009~10年の年平均変化。
出所:ILO Short-term Indicators of the Labour Market Database; OECD Main Economic Indicators Database and national labour force surveys.
労働市場の二元性拡大を懸念
労働市場の成果は、性別や年齢によって著しい差異がある。壮年期男性(25~54歳)の労働力参加率は、南アフリカを除くすべてのG20諸国で90%以上となっており、ほとんど差がない。他方、女性、若年者および高齢労働者の労働力参加率は、壮年男性よりはるかに低く、G20諸国間で顕著な差異がある。
G20諸国の大半にとって、若年者、女性および移住者を労働市場に統合していくことが重要な課題となっている。急速な技術の変化とグローバル化に伴い、高度人材の採用に目を向けがちである。しかし、先進国を中心に、低技能労働者の労働市場の見通しを改善することがもう1つの優先課題となっている。また、多くの国では、高齢労働者の労働市場からの引退年齢に低下傾向が見られる。この傾向を逆転させることが、急速な高齢化に対応するための重要な政策目標となっている。
低技能労働者や高齢労働者にとってより包括的な労働市場を創出するためには、労働需要を増加させ、労働市場への参入障壁を除去する必要がある。同時に、雇用の質の改善も重要な課題となっている。雇用の質の問題は、賃金格差の拡大、実質賃金上昇率の低下、臨時雇用の増加、不十分な労働時間およびインフォーマル雇用の持続性に対する懸念から生じている。
ディーセントワークに就ける労働者とそうでない労働者との間で、労働市場における二元性が拡大している。すべてのG20諸国で労働市場の分断が問題となっている。いくつかの新興国においては、力強い経済実績にもかかわらず、インフォーマル雇用がかなりの規模にとどまっている。このため、新興国の政策アジェンダにおいて、フォーマル雇用の成長率を総雇用の成長率よりも大幅に引き上げる政策を上位に位置づける必要がある。また、インフォーマルな企業の生産性と労働条件を引き上げるための政策を実施すべきである。多くのG20先進国では、労働力のかなりの割合(10~25%)が臨時契約で雇用されており、そのうち女性と若年者の占める割合が大きい。
多くのG20諸国では、過去20年間に所得格差が拡大した。上位10%の高所得労働者の収入は、下位10%の低所得労働者の収入と比べて増加し、賃金格差は、賃金分布の下半分より上半分のほうが拡大している。その理由は、技術変化による高技能労働者の報酬の高騰、製品市場における競争激化、労働組合および団体交渉の力の低下、金融市場の歪み、「勝者独り占め」の文化の普及――などである。
こうしたトレンドを逆転させるためには、必要な部分に基礎的社会保護を拡大し、裕福な者が公平な割合の税金を支払うよう保証する財政・租税政策、良質な雇用をより多く創出するための政策や規制が必要とされている。
若者のニート問題、失業よりも重大
すべてのG20諸国で、若年者(15または16~24歳)の失業率は、成年(25歳以上)の失業率を上回っている。若年者が失業する確率は、成年に比べて2~3倍も高い。若年者の失業率が高い理由は、(1)初めて労働市場に参入する若年者は、労働市場での経験がないため、迅速に職を見つける能力が乏しいこと、(2)若年者は、自分の能力と希望のベストマッチを見つける過程で成年者より頻繁に転職する傾向があり、転職は失業期間を間に挟むことが多いこと、(3)若年者は、短期の不安定な職(臨時雇用やインフォーマル雇用)に就くことが多く、景気後退期に真っ先に失業し、景気拡大期に最後に採用されること――などである。
就業、就学、職業訓練のいずれもしていない若年者(いわゆるニート)の不活動は失業よりも大きな問題であり、ニートは社会的・経済的排除のリスクに瀕している。G20諸国のいくつかでは、ニートの若年者のかなりの割合が失業者となっている。
若年者は、壮年者に比べて失業しやすいだけでなく、労働市場の安定性、社会的保護、職業訓練やキャリア向上の機会に恵まれない仕事に就く可能性が高い。労働市場への新規参入者であるため、臨時雇用やインフォーマル経済に組み入れられる可能性も高い。
一部の諸国では、児童労働が依然として大きな問題となっており、児童の健康と教育投資に悪影響を与え、勤労生活を通じて雇用の質を損なうおそれがある。
技能開発・若年雇用・雇用創出に政策集中
G20諸国は、2010年から2013年初めまでの期間、技能開発、若年者雇用および雇用創出の3つの分野に政策を集中させている。共通の目的は、徒弟制度やデュアル・システムを通じて、労働市場により関連する技術を修得させることである。雇用創出対策は、中小企業支援、雇用クレジット、起業家育成やインフラ投資に焦点を当てている。
インフラ投資の拡大は、中長期的な経済成長を誘発させるとともに、短期的な雇用を創出する。オーストラリア、ブラジル、カナダ、インドネシア、日本、南アフリカは顕著な財源をインフラ投資に振り向けた。
最低賃金の水準と適用範囲の拡大は、国内需要を喚起する。中国、ブラジル、インドネシアを含むいくつかのG20諸国は、働く貧困層のために最低賃金を引き上げた。団体交渉の強化を含む賃金決定方式の改善は、賃金と生産性の向上をより良く調整し、不平等を是正する。
家計の回復力を改善する社会保護制度の適用拡大は、貧困を減らし、社会的包摂を促進する。アルゼンチンは、子ども手当および出産医療給付の適用を拡大した。ブラジルは、現金移転、雇用機会と貧困層向け公共サービスを組み合わせた政策を実施した。インドは、追加的な出産サービスを導入するとともに、栄養・医療ケアを870万人の女性に拡大した。ロシアは、高齢者向け支援を拡大した。南アフリカは、高齢者、障害者、子ども向け給付を拡大した。
公的雇用プログラムは、多くの国々において、家計収入の増大と貧困の削減に大きく貢献した。インドは、雇用保証計画に基づき、田舎に住む4000万の家計に雇用を提供した。
アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、フランス、アメリカは、女性、長期失業者など、特定のグループに対象を絞った雇用助成金を提供した。アメリカは障害を持つ退役軍人を雇った事業主に対する税額控除を導入した。
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