スコットランドの製油所で労使紛争、労組側が全面的敗北
賃金凍結や年金制度変更などをめぐるスコットランドのグレンジマス製油所の労使紛争は、労働組合側の全面的な敗北で終結した。提案を労組側が受諾しない場合には製油所の閉鎖も辞さないとの強硬な姿勢を経営側が示し、国内最大の産業別労組も妥結に追い込まれた。向こう3年間のストライキ凍結も合意内容に含まれていると見られる。
経営側、年金制度の確定拠出型への変更や賃金凍結など提案
スコットランド唯一の石油化学コンプレックスであるグレンジマス製油所は、製油施設と石油化学プラントで従業員1370人及び契約社員2000人余りを雇用し、スコットランドの燃料需要の大半を担う(注1)。
今回の労使紛争は、製油所の労組幹部が就業時間中に政治活動を行ったとの理由で、経営側のイネオス社(注2)が同幹部を停職処分としたことが直接の原因だ。処分を受けた労組ユナイト(製造業、建設業、運輸業、公共部門などで労働者142万人を組織する国内最大の産別)の幹部は、製油所の25年来の従業員で、製油所の労組議長のほか、製油所が所在するフォルカーク選挙区の労働党議長も務めていた。同幹部は、2015年に実施予定の総選挙に向けた同地域の労働党候補者に労組関係者を擁立すべく、自派の党員の拡大を図って組合員を労働党に勧誘、製油所の従業員もこれに含まれていたとみられる(注3)。労働党本部は事態を重く見て(注4)、内部調査を実施のうえ、結果を現地の警察当局に提供して捜査を依頼、警察署は検証の結果として、不正に関する十分な証拠はなかったとの判断を7月に示していた。しかし、経営側は独自の調査を行う意向を示し、同幹部に対する追及を継続した。
並行して、経営側は9月29日に製油所の再生計画を公表した。新たな設備投資(ガスターミナルの建設)に向けた資金調達に政府からの助成を申請する一方で、製油所の将来のためには従業員にも負担を求めるとして、現行の労働協約による労働条件の引き下げを提案する内容だ。製油所は年間1億5000万ポンドの損失を出しており(注5)、また年金基金も2億ポンドの赤字状態にあるとして、経営側は経費削減の必要を主張、合意が得られなければ設備投資は行わず、製油所を閉鎖するとの方針を示した。
現地メディアによれば、労働条件引き下げ案の主な内容は、確定給付制度(最終給与基準年金)から確定拠出制度への年金制度の変更、2017年までの賃金凍結及び一時金の支給停止、シフト手当や時間外手当の削減、休暇や解雇などに関する条件の切り下げ、さらに規模は明確にされていないが、一定の人員削減が含んでいたとみられる。年金制度の変更をめぐっては、2008年4月にも同種の提案(新規採用者に対する最終給与基準年金の廃止、従業員に一定割合の拠出)をめぐって労使紛争が発生し、48時間にわたるストの結果、経営側が提案を撤回した経緯がある(注6)。
労組、プラント閉鎖の回避のため経営案に合意
労組は再生計画の発表に先立って、既に9月27日には組合幹部に対する処分への抗議を目的とするストライキの実施を決め、10月初めから時間外労働拒否などの争議を開始していた。これに対して経営側は、ストが実施されれば安全面に不安が生じるとの理由から製油所の操業停止を予告、少なくとも年内のスト実施はないとの保証がなければ、交渉に応じることはできないとの意向を示した。10月半ばに開始された公的な仲裁機関(ACAS)を挟んでの交渉も決裂、労組側は年内はストを実施しないとの譲歩を行ったものの、経営側は年明けの保証がなければ到底受け入れられないとして、10月16日に製油所の操業を停止した。加えて、従業員に対して労働条件切り下げに同意するよう直接呼びかけ、期限までに合意した従業員には最高で1万5000ポンドの一時金や、確定拠出年金における雇用主拠出の条件の優遇などを約束した。労組は、この提案を拒否するよう組合員に求めたが、経営側の発表によれば、従業員のおよそ半数(665名)が経営側の案を受け入れたという。しかし、期限内に労組が合意しなかったことを理由に、経営側は10月22日、石油化学プラントを即座に閉鎖・売却し、従業員800人を解雇するとの方針を発表した。さらに、プラントの閉鎖は将来的に製油施設の閉鎖につながる、との可能性が示唆されていた。
経営側の強硬な姿勢に対して、労組は一転してプランを受け入れることを決め、これに基づく対案を提出、経営側がこれに合意したことで、同25日、プラントの閉鎖は撤回された。合意内容の詳細は不明だが、経営側の発表として現地メディアが伝えるところでは、年金制度の変更、3年間の賃金凍結をはじめとする労働条件の切り下げのほか、同じく3年間(ガスターミナルの建設期間中)はストを行わないこと、またプラントにおけるフルタイムの専従の廃止などを含む(注7)。経営側は今後の整理解雇の可能性を否定していない。また前後して、新たな設備投資に関する政府助成の申請に対して、イギリス・スコットランド両政府から合計1億3400万ポンドの助成が実施されることが決まった。
なお、紛争の直接の原因となった組合幹部に関して、経営側は独自の調査結果に基づき、懲戒委員会の開催を予定していたが、同幹部はこれに先立って製油所を退職した。経営側による調査結果に、不利な内容が含まれていたことが一因とみられる(注8)。
経営側によるプラント閉鎖の発表以降、メディアなどでは労組に対する批判的な意見が多くみられた(注9)。国内最大の産別労組が、伝統的に労組が強く、組織率も高い職場における争議で敗北したこと、また背後で誘引となった政治活動の内容が明るみに出たことで、一般からの労働組合への関心や支持が一層低下するのではないかとの危惧の声も出ている。
注
- スターリング大学のベル教授によれば、プラントはスコットランドの製造業全体の生産高の8%を占める。
- スイスに本部を置く多国籍企業で、2006年にBPから売却を受けた事業の一環として、グレンジマス製油所を取得。2010年には税対策のため、本部をイギリス国内からスイスに移転した。なお製油施設は、2011年に中国石油との合弁となっている。
- 現地メディアによれば、組合員に対する党への加入の強制や、本人に知らせずに加入手続きを行ったなどの疑いが持たれていた。事態の発覚後、党本部に対して組合員2名が労組による不正(党会費は労組負担で党に加入、労組推薦の候補者を支持)を証言していた(後に証言を撤回)。
- 労働党は、最大のスポンサーである労組の影響力に振り回されていると見られることを嫌って、厳しい対応をとったとみられる。なおこの件により、同幹部並びに労組が支持する候補者は、一旦は党員資格を停止され(警察当局による判断を経て9月に解除)、この間の労働党加入者は候補者選定への関与を禁止された。また、労組ユナイトの委員長ならびに労組推薦の候補者と親交が深かったとされる労働党の選挙対策担当議員が、労働党による対応をうけて担当を辞任している。
- 背景として、国内ではここ5年余りで2カ所の製油所が閉鎖あるいは操業を停止しており、燃料需要のシフト(ガソリンからディーゼル燃料や天然ガスへ)に対する対応の遅れなどが要因として指摘されている。ただし、グレンジマス製油所の財務状況に関する経営側の主張には疑いの声も多く、実際にはむしろ年数億ポンドの利益が出ているとも推測されている。
- 2009年1月まで続いた協議の結果、最終給与基準年金を引き続き新規採用者にも適用する一方、新たに従業員側も一定の拠出を行うこと(従来は従業員負担なし)が合意された。
- 労働運動関連のウェブサイト「Workers' Liberty」がより具体的な内容として伝えるところによれば、年金制度については確定拠出型に変更のうえ労働者側の拠出率引き上げ、シフト手当は年間1万ポンドから7500ポンドへの削減、解雇手当は法定下限額への削減--など。また、製油所のフルタイムの労組議長をパートタイムに変更し、団体交渉で扱うべき内容も縮小するなど、向こう3年間の無スト合意と併せて労組の交渉力を大幅に削ぐ内容とみられる。なお、先の経営側の提案に期限までに合意した従業員には、一時金の支給や年金積立に関する有利な条件が適用される一方、合意しなかった労働者は一旦雇用関係を解除され、より条件の悪い新たな確定拠出年金が適用されるという。
- 経営側は、警察当局や一部メディアに対して、労組幹部の製油所における電子メールの記録を提供、この中に、先の選挙候補者選定に関する調査妨害の証拠が含まれていた(労組に不利な証言を行った組合員に対して、証言を撤回するよう働きかけていた)、と報じられている。報道を受けて、労働党に対して再調査を要請する声が党内外から強まっているが、党本部はその可能性を否定している。なお同幹部は、地域の労働党議長の職も辞する意向を示している。
- キャメロン首相も議会において、「ならず者」の労組活動家があやうくスコットランドの石油業を屈服させ、プラント閉鎖を招いて800人の従業員の雇用を犠牲にしかけたとして、労組を強く非難した。
参考資料
-
Unite
、Ineos、BBC
、The Guardian
、The Telegraph
、Herald Scotland
、Daily Record
、Engineering and Technology Magazine
、Workers' Liberty
ほか各ウェブサイト
参考レート
- 1英ポンド(GBP)=157.49円(※みずほ銀行ウェブサイト
2013年11月5日現在)
- 1ユーロ(EUR)=133.24円(※みずほ銀行ウェブサイト
2013年11月5日現在)
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