公的年金制度改革案の発表
―保険料拠出期間の延長と公平性への配慮

カテゴリー:勤労者生活・意識

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  • 国別労働トピック:2013年11月

エロー首相は、8月27日、公的年金制度の改革案を発表した。満額受給に必要な保険料拠出期間を現行の41.5年から段階的に延長し2035年には43年とすることや、2017年までに保険料率を0.6ポイント引き上げることなどを主な柱としている。産休中の女性、研修期間中の若年者、重労働従事者への新たな仕組みの導入、保険料率引き上げの労使負担の一律性、年金受給者に対する負担などを盛り込み、公平性に配慮した改革案であることを政府は強調している。

公的年金の赤字、140億ユーロ(2011年)、赤字解消のための改革

フランスの公的年金制度は賦課方式で運営されており、赤字額は2011年時点でおよそ140億ユーロに達している。制度改正を行わない場合、赤字額は2020年に207億ユーロ、2040年には266億ユーロに達する見込みである。赤字削減を目的とした制度の改革のため、7月4日から政府は労使代表と本格的な協議を始めた。政府側から満額受給に必要な保険料拠出期間の延長の意向が示され労使代表と意見交換した結果、8月27日、公的年金制度の改正案が発表された。9月18日には、発表内容を盛り込んだ法案が閣議決定された。その主な内容は、以下のとおりである。

満額受給に必要な保険料拠出期間を1年半延長

現行制度では年金を満額受給するために必要な保険料拠出期間は、41.5年(1955年以降に生まれた者)である。公的年金支給開始年齢(62歳へ引き上げ中注1)に達した者は公的年金を受給することが可能であるが、満額受給するために必要な保険料拠出期間(「みなし期間」も含む、後述)を満たしていなければ、年金が減額される。今回の改正法案では、この満額受給するために必要な保険料拠出期間を、段階的に延長することになる。具体的には、2020年以降、3年毎に1四半期ずつ延長される。その結果、2035年には43年(1973年以降に生まれた者)となる。

保険料率の0.3ポイント引き上げ

公的年金制度の保険料率(民間企業で働く雇用労働者が加入する「一般制度」の場合)は、現在、「社会保険料賦課対象最高賃金基準額」注2までの賃金額(2013年で月額3086ユーロ)に対して、使用者負担分が8.4%、労働者負担分が6.75%、賃金総額(上限なし)に対して、使用者負担分が1.6%、労働者負担分が0.1%となっている。

今回の改正では、保険料率が労働者負担分、使用者負担分共に、2014年に0.15ポイントずつ、2015年から2017年にかけては0.05ポイントずつ引き上げられる。その結果、2017年の保険料率は、労使ともに、現行より0.3ポイント引き上げられることとなる。この引き上げは、民間企業で働く雇用労働者が加入する「一般制度」だけでなく、公務員を対象とした公的年金制度などを含む全ての制度で実施される。

「重労働予防個人勘定」の創設

重労働 (騒音や機械の振動を受ける職種、危険な化学薬品を扱う職種、粉塵や煤煙に晒される職種、夜勤など) 注3への過度の従事を防ぐことや、それに対する補償を年金制度を通じて行うため、「重労働予防個人勘定」注4を創設することとなる(2015年1月1日より施行予定)。

この「重労働予防個人勘定」は、重労働に従事する全ての民間部門の雇用労働者が対象となる(公的部門は対象外)。重労働の内容により、1四半期当たり1~2ポイント付与される。蓄積されたポイントは、重労働への過度の従事を防ぐことと重労働に従事したことに対する補償に使われる。具体的には、最初の20ポイントは、職業訓練に利用されることが義務付けられる(職業訓練費をポイントとして企業の拠出で支払うことと考えられる)。すなわち、職業訓練を受け重労働でない職種へ転換することを意図している。また、重労働に対する補償として、労働市場から引退する前にパートタイムでの就業に変更した場合でも収入はそれまでの額を維持するようにするか、最大で2年前倒しして年金生活に入ることができるようになる。後者の場合、10ポイントで1四半期、年金受給開始を前倒しすることができる。年金支給開始年齢が近づいている高年齢労働者に対しては、獲得ポイントを2倍にし、最初の20ポイントを職業訓練に費やす義務を免除するという経過措置がとられる。

なお、この「重労働予防個人勘定」に必要な財源は、報道によると(重労働に従事する従業員を持つ)企業が拠出することになるとされているが、具体的な内容は不明である。

年金保険料拠出期間の扱いの変更

今回の改正で、満額受給するために必要な保険料拠出期間が延長されるため、満たすことができない者が増加することも考えられる。それに対する方策として、実際には保険料を納付しないものの、保険料拠出と見なす期間を拡大することとなった。出産休暇中、短時間・低賃金労働者、研修を受けた求職者、見習制度利用者が該当する。

出産休暇期間の全てが拠出期間に

フランスでは出産休暇中は原則として賃金が支払われない。そのため、年金保険料を拠出せず本来なら保険料期間とはならない。しかしながら、現在、出産休暇のうち、2四半期のみが保険料拠出期間として見なされている。これが2014年1月1日以降は、出産休暇の全ての期間が保険料拠出期間と見なされる。これにより複数の子供を持つ女性が恩恵を受けることとなる上に、男性に比べて低い女性の年金額の改善にもつながる。

なお、フランスでは、出産休暇中は医療保険制度から出産休暇手当注5が支給される(従前賃金に比例、上下限額あり)。また、出産休暇期間は生まれてくる予定の子供の数や既に養育中の子供の数により異なり16週間から48週間である。

週11時間就労でも拠出期間に

現在、1四半期に最低賃金(SMIC)で200時間就業した場合の賃金相当額の支払があった時のみ、1四半期の保険料拠出期間と見なされている。すなわち、賃金額がSMICの者が、1四半期に就業時間が200時間未満であれば、その1四半期は保険料を拠出した期間とは見なされていない。今回の改正案では1四半期に最低賃金SMICで150時間就業した場合の賃金相当額の支払があった時に、1四半期の保険料拠出期間と見なすことに変更される。したがって、例えば1四半期のうち、繁忙月の1カ月間の150時間のみ就業した場合でも、1四半期の保険料拠出期間と見なされることとなる。同様に、短時間のパートタイム労働者、例えば、週に1日半(11時間半)しか就業しない者でも、保険料拠出期間として見なされることになる。これにより短時間・低賃金労働者が必要な保険料拠出期間の確保が可能になる。

研修期間を拠出期間に

失業保険制度による失業手当の受給権のない求職者(主に長期失業者)は、職業訓練の一環として研修を受けた場合、現行制度では研修期間は保険料拠出期間として見なされない。今回の改正では、50日の研修期間で、1四半期の保険料拠出期間とみなされることになる。この改正は、50日間完全に失業している場合に、1四半期の保険料拠出期間と見なされるという現行制度に対して、再就職に向けて努力している者が、完全に失業している者より年金保険料拠出期間に関して不利な扱いを受けている現状が解消されることになる。

見習期間の全てが拠出期間に

就労活動への定着を目指した見習制度注6があり、現在およそ40万人が利用している。現行では、例えば見習期間が2年の場合、1年で1四半期の保険料拠出期間、2年で3四半期(1年目の1四半期+2年目は2四半期)と見なされているが、それが改正案では見習の期間全てが保険料拠出期間と見なされようになる。すなわち、先の例の場合、8四半期の保険料拠出期間とされることとなる。

課税強化と年金増額改定日の先延ばし

年金受給者のうち、子供を3人以上養育した親に支給されている割増年金部分(10%割増される)に対して、所得税が課税されるようになる(現在は、非課税)。また、年金額の改定を、現在の毎年4月1日から10月1日に遅らせる。これにより、毎年の年金額の増額が6カ月遅れることとなり、歳出増が先延ばしされることになる。しかしながら、高齢者最低所得保証給付制度注7は先延ばし対象から除かれる(後述)。

公平性や景気回復への配慮

政府によると、この年金制度の改正は、賦課方式での公的年金制度の財政を2020年に均衡させ、その後、20年に渡って安定させることを目的にしている。

年金の満額受給に必要な保険料拠出期間の延長という方策をとったのは、(前政権が実施し) 若くして職業活動を開始した者とってペナルティーとなる公的年金の支給開始年齢を引き上げるのを避けたためである。

また、負担の増加についても公平性を確保していると政府は強調する。保険料率は引き上げられるが、労働者及び使用者の負担分の引き上げ幅は同一であり、加えてこの引き上げは全ての制度が対象となっている。その上、年金への課税強化や改定日の変更等が盛り込まれており、公的年金制度の改正・改革では初めて、年金受給者にも負担を求める内容となっている。

さらに、女性(出産休暇)や重労働に従事した労働者、若年者(研修や見習)に配慮しており、様々な不公平を解消することも今回の改正で実現されると強調している。

それらに加えて、満額受給するために必要な保険料拠出期間の延長は、2020年以降に年金受給を開始する世代にのみ適用することによって、年金受給が近づいている者にも、その計画が狂わないように配慮したとしている。また、企業の実質的な負担増は2015年以降としており、雇用創出や回復途上の景気への悪影響を防ぐため、2014年に、企業の労務費負担の増加を求めないこととなった。

労使の反応とその後の政府の対応

この年金制度改正案に対して、経営者団体のフランス企業運動(MEDEF)は、「構造的な改革ではない」(MEDEF発表の声明)とし、批判的である。MEDEFのピエール・ガタズ会長は、「政府(案)は、課税強化のみであり、0.1ポイントの保険料率引き上げで、5年で5000人の失業者が増加する」(注8)との懸念を表明した。

そこで、ピエール・モスコヴィッチ経済・財政相は、公的年金制度の保険料率の引き上げは維持するものの、家族手当制度の保険料率を引き下げることで、使用者負担が増加しない対策を表明した(注9)。これは、2014年から、現政権の任期満了(2017年)までの予定で、社会保障財源法案に盛り込む予定にしている。

この措置に対して、改正案に反対している労働組合からは、労働者の負担は重くなるのに対して、使用者の負担が変わらないと批判している。公的年金制度の改正案に賛意を示しているフランス民主労働総同盟(CFDT)も、「保険料率引き上げに対する企業へ補償があるのであれば、労働者への補償もあるべきである」(ベルジェLaurent Berger総書記)としており、今後、社会保障財源を協議する場で、主張していく意向である。

労働組合の賛否は、大きく分かれた。労働総同盟(CGT)、労働者の力(FO)、統一労働組合連盟(FSU)、連帯(Solidaires)は、政府の改正案に反対の意向を表明した。CGTによると、この改正は「若年者に不利な改革」であるとしている。これに対して、他の労働組合、CFDT、フランスキリスト教労働者同盟(CFTC)、管理職総同盟(CGC)、独立組合全国連合(UNSA)は、この改正案は使用者にも負担を強いていることなどから、「受け入れられる」(CFTCの声明)内容としている。

ただ、毎年の年金額の改定を遅らせることは、年金額の増額の先延ばしを意味するが、これについては、CFDTなどから批判が上がった。そのため、低年金者に配慮するため、高齢者最低所得保証給付制度の支給額改定は、従来通り4月1日に実施されることを、トゥーレーヌ厚生相が発表した(注10)

反対の声が多いものの低調

各種世論調査によると、政府の年金制度改正案に対する支持は低い。世論調査会社CSA の調査結果によると、69%の国民が改正案を「どちらかというと悪い方向」と考えており、55%が年金を満額受給するために必要な保険料拠出期間の延長に反対している(注11)。しかしながら、公的年金支給開始年齢が60歳から62歳へ引き上げられた2010年の年金改革のような強い反発があるわけではない。9月10日に、労働組合のCGT、FO、FSU、Solidairesが呼びかけて全国で行われた抗議活動に参加したのは、CGT発表で37万人、警察発表で15万人に過ぎなかった。他の労働組合、CFDT、CFTC、CGC、UNSAが抗議行動に参加しなかったためである。ちなみに、2010年の改革時には、動員数が警察発表で100万人を超える抗議活動に発展していた。労働組合の対応が大きく割れたため、国民の大きな抗議活動に発展することはなく、政府は改正案の骨格を守ることができたと言える。

この公的年金制度の改正法案注12は、9月18日の閣議で決定され、10月7日から下院で審議され15日に可決、28日から上院で審議されている。

参考資料

  1. 厚生省ホームページ(18 septembre 2013 : Marisol Touraine presente le projet de loi sur la reforme des retraites en Conseil des Ministresリンク先を新しいウィンドウでひらく) 、 政府ポータルサイトリンク先を新しいウィンドウでひらく
  2. Retraites : une non-reforme inacceptableリンク先を新しいウィンドウでひらく(MEDEFによる声明)
  3. Une reforme qui penalize les salaries et la jeunesseリンク先を新しいウィンドウでひらくPDF資料:70.3 KBリンク先を新しいウィンドウでひらく)(CGTによる声明)

(ホームページ最終閲覧:2013年10月17日)

参考レート

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