国務院、最低生活保障制度で意見書
―審査を厳格化、就労支援を強化へ―

カテゴリー: 労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2012年12月

国務院は9月、最低生活保障制度の見直しについて意見書を公表した。給付審査の厳格化と就労支援の強化の二点を強調。保障水準を最低賃金未満にとどめるよう規定に明記することも求めている。しかし、出稼ぎ農民労働者をカバーできないという現行制度の問題点は依然として解消されていない。

意見書の目的は「制度乱用の防止」

国務院の意見書の正式名は「最低生活保障制度の強化・改善のための意見」で、1990年代の開始から10年以上が経過した制度の改善点について見解を述べている。給付水準・受給状況の確認頻度・複数部門の連携などについて明記している。給付水準については、従来は当該地域の物価上昇率やエンゲル係数などを考慮したうえで総合的に調整するとしていたが、これに加えて、最低賃金を超えるべきではないとした。受給状況の確認頻度については、就労能力を有する者がいるが収入が不安定な世帯では都市部で毎月、農村部で3カ月に一度状況を確認するとした。無収入かつ就労能力がなく、扶養者・養育者もいない者については、年に一度確認を行う。これまでは、定期的に確認する必要があるとされていたので、それを具体的に指示したことになる。複数部門の連携については、受給世帯の財産の状況について確認するために、最低生活保障制度を所轄する民生部だけでなく、各部門が連携した体制を2015年までに整えるとした。具体的には、受給申請に際して申請者の財産状況を確認するために、人的資源社会保障部、建設部、金融機関、税務局等は戸籍、職業、自動車の保有の有無、保険、不動産、貯金、有価証券等の情報を民生部に提供しなければならないとしている。

また受給者の就労を促すために、公的就労支援機関との連携を強化する。具体的には、就労能力を有する失業者が最低生活保障制度に受給申請をする際、事前に当該地域の公的就労支援機関に失業届けを提出しなければならないとした。公的就労支援機関はその届けに基づき、最低生活保障を受給する失業者に最新の雇用情報を提供する。失業者が就職した場合、その就職活動に要した経費を家庭の収入から必要経費として控除できる。

民生部によると、今回の国務院の意見の目的は「受給認定の手続きを規範化することにより、制度の乱用を防ぐこと」である。

保障制度、都市と農村で分離

最低生活保障制度は1990年代に整備されたが、その背景には国有企業をリストラされた「下崗」の問題があった。彼らは失業者ではないため(注1)失業保険でカバーされず、その生活保障が問題視され、最低生活保障制度が設立された。1993年から上海など一部の地域が実験的に制度を開始し、1999年には「都市最低生活保障条例」が制定され、都市部でほぼ完備された。農村部でも2007年に「農村最低生活保障制度の設立についての通知」が公表され、制度整備が促されている。

最低生活保障制度の申請は申請者の戸籍地で行う。都市・農村で別個に管理されている戸籍制度に従い、最低生活保障制度も都市・農村で別個の制度として運営されている。都市最低生活保障制度の場合は、世帯の一人当たり収入が当該地域の規定の水準を下回る場合に支給すると定められている。世帯に収入がない場合は基準額の全額を、収入がある場合は基準額との差額を支給する。支給は現金の他に現物支給も行われており、主に食料品の購入チケットが発給されている。財源は中央政府と地方政府が共同で拠出している。

受給者数は横ばいの状態にあるが、総給付額は増加の傾向にある(表1)。これは、物価変動を考慮して毎年基準額を引き上げていることの他に、給付基準額と実際の給付額の差が年々狭まりつつあることが要因として挙げられる。つまり、受給者の中で収入が給付基準額に比して相対的に低い者、あるいは全く収入のない者が増加しつつあることを意味している。

最低生活保障制度は運営だけでなく財政拠出についても地方政府が責任を持つことが原則とされている。しかし各地方政府の財政状況の悪化を受け、中央政府の負担率は年々高まりつつある。2010年の中央政府の負担比率は60.4%だったが、2011年には76.1%まで増加している。こうした状況の中で、財源不足が問題視されるようになりつつあったため、今回の「意見」公表による審査の厳格化及び就労支援の強化となった。

なお、最低生活保障制度の一段階前のセーフティーネットとしては失業給付が挙げられるが、こちらも十分に機能しているとは言いがたい。都市部失業率はここ数年の経済動向の急変にもかかわらず、ほとんど上下動していない(表2)。この背景には、失業給付の受給要件の厳しさがあると言われている。1年以上雇用されており、かつその間に失業保険を納付していたこと、本人の意志によらない非自発的な失業であること、など比較的に厳しい要件となっている。そのため失業登録を行わない失業者も多い。また多くの都市で戸籍の種類、当該都市の出身の有無に基づいて失業給付の額を区別しており、農村戸籍の者や別の都市の出身者は当該都市の戸籍を有するものより失業給付を少額しか受給できない、あるいは全く受給できない状況にある。そのため、失業保険の次のセーフティーネットとしての最低生活保障制度に対する期待は大きい。

表1:都市最低生活保障制度概況
  2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年
受給者数(万人) 2240.1 2272.1 2334.8 2345.6 2310.5 2276.8
給付基準額 (各都市平均、元/月) 169.6 182.4 205.3 227.8 251.2 287.6
平均受給額 (各都市平均、元/月) 83.6 102.7 143.7 172.0 189.0 240.3
総給付額(億元/年) 222.1 274.8 385.2 461.4 445.0 659.9
  • 注:平均受給額は、一時金も含んだ平均額
  • 出所:民生部
表2:都市部登録失業率の推移
2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年
4.1% 4.0% 4.2% 4.3% 4.1% 4.1%
  • 出所:人的資源社会保障部

北京市は先行、資産も審査材料に

今回の「意見」に含まれるものと類似の内容は、既に北京市が「実験都市」として実施している。北京市は昨年12月に「社会的支援家族の経済状況の確認方法についての通知」を、今年6月には「社会的支援家族の経済状況の確認方法についての指導意見」を公表している。この中で、これまでは受給認定の判断を世帯の収入のみによって行っていたが、これに加えて不動産、自動車、株式等の保有資産も考慮するとした。具体的には、世帯が緊急のために有する現金資産は支給基準額の24カ月分を超えるべきではない、自動車を保有する場合や2カ所の住居を保有する場合は受給条件に合致しない、などとしている。

昨年時点で北京市(都市部)の受給世帯は6.4万世帯、11.8万人である。現在、都市部で毎月500元が支給されている(なお、北京市の最低賃金は1260元)。

出稼ぎ先では利用権利を有せず

今回の「意見」により、支給額は最低賃金を超えるべきではないと明確化されたが、そもそも多くの都市で支給額の水準は最低賃金の半分にも満たない額であるため、現時点での影響はほとんどない。しかし将来的には給付基準額の引き上げ、最低賃金上昇の鈍化により双方の額が接近する恐れもあり、その際には給付基準額引き上げの足枷になる事態が想定される。

また、上述のように最低生活保障制度は都市と農村で別個の制度となっている。そのため、都市戸籍を持たない出稼ぎ農民労働者は制度の対象外の状態にある。出稼ぎ農民労働者は、戸籍を有する出稼ぎ元では制度を利用する権利を有しているが、出稼ぎ先では有していない。そのため、出稼ぎ農民労働者はひとたび失業すると失業保険の十分な受給が難しいだけでなく、最低生活保障制度も受給できず、経済的に極めて困難な状況に陥ってしまう。都市・農村を分離する戸籍制度の改変は徐々に進んではいるものの、未だ道半ばである。

参考資料

  • 海外委託調査員、国務院、民生部、人的資源社会保障部、北京市、民生の声

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