貧困や格差、雇用不安の拡大に警鐘
―雇用・社会情勢の年次報告書
欧州委員会は12月、雇用・社会情勢の変化に関する年次報告書を発表した。近年の不況によって貧困や格差、雇用不安が悪化していると分析、今後も緊縮財政や景気低迷が予測される中で、雇用を伴う回復の実現には雇用政策と社会政策の併用が不可欠であると述べている。また併せて、将来の高齢化に向けた方策や、域内の自由な労働移動を維持する必要性を指摘している。
報告書は、雇用と社会情勢に関して従来別個に作成されていた年次報告書を統合したものだ。労働市場の動向や貧困・格差などの社会情勢を総合的に分析し、雇用政策や社会政策の課題を検討することを目的としている。主な内容は以下の通り。
不況前後の労働市場の状況
金融危機に続く不況により、EU全体で600万人分の雇用が失われたのに対して、回復期に創出された雇用は150万人分と遠く及ばず、また多くはテンポラリー雇用の増加による。失業率は9.5%近辺で1年以上横ばいの状態にあり、失業者数は2350万人で、いずれも記録的に高い水準にある。とりわけ、500万人(20%)にのぼる若年失業者が懸念される。雇用回復の状況は加盟国間で大きく異なる(例えば失業率は、オーストリア3.9%からスペインの22.6%まで幅がある)が、今後数年間の成長率予測からは、総体として顕著な回復は期待しにくい。さらに、失業状況の悪化と並行して求人率が上昇していることから、不況を挟んでスキル・ミスマッチが拡大していることが懸念され、積極的労働市場政策を通じてこれを解消し、成長につながる雇用を創出することの重要性が増している。
また、長期失業者(失業期間が1年以上の者)が失業者全体の4割を占め、さらに増加するとみられている。併せて、所得の著しい減少や貧困や物的な欠乏のリスクに直面する者も増加している。しかし、各国が緊縮財政を求められる現状にあって社会的支出の増加の余地は小さい。
不況以前から、新たに創出される雇用が低賃金・高賃金の両極に集中する傾向にあったが、不況により製造業や建設業で中程度の賃金水準の仕事が多く失われ、二極化の傾向がさらに強まっている。また全般的に要求される教育・職業資格が高まっており、低賃金の仕事でも読み書き計算や他の基礎的なスキルが不足している者は仕事を得にくい状況にある。さらに、増加が見込まれる高度専門職についても、高等教育資格の保有者に仕事を保障するものではなく、スキル需要に対応した教育が行なわれる必要がある。
格差・貧困の状況
不況期には、多くの加盟国で社会システムが家計所得を安定化させる役割を果たしたが、長期的な傾向としては所得格差は拡大傾向にある。従来から相対的に格差が大きい加盟国(例えばギリシャやイタリア)では、社会システムの成熟とともに格差の縮小がみられる一方、伝統的に平等な状態にあった北欧などで、むしろ所得格差が拡大している。社会的支出が制限される中で、こうした問題に対応するための政策ツールとしては、就業率の増加、賃金格差の縮小、より良質な雇用への移行の支援、育児サービスなど金銭以外の支援策の活用、高額所得者や資産への課税強化のほか、社会的支出自体の質や効率を高めることなどが挙げられる。
また格差拡大にあわせて、貧困層も増加傾向にある。貧困・社会的排除のリスクのある(注1)層は、2010年時点でEU全体で1億1500万人(総人口の23%)で、前年から100万人増加している。65歳以上層(22%)や、一人親(6%)とその児童(26%)の比率が高い。また、就労年齢層(18-59歳)でこうしたリスクのある者のうち、非労働力人口(就労も求職もしていない者)は4割で、失業者が2割弱、就労層が4割近くを占める。
就労貧困(in-work poverty)の状況
就労貧困層(いわゆるワーキング・プア)は18歳以上の就労人口の8%強で推移しており、テンポラリーあるいはパートタイム労働者、また低学歴層で比率が高い(例えば、テンポラリー労働者では12.9%、パーマネント労働者では5.1%)。テンポラリー労働者は、年齢・資格が同等のパーマネント労働者より賃金水準が14%低く、また1年後により安定した仕事を得る層は3分の1に留まる。
また、就労年齢層の半数のみが就労している世帯に属する場合、貧困リスクが4倍(全員が働いている場合は5%、半数の場合は20%)となる。さらに、就労年齢層の就労割合が非常に低い世帯のうち、子供が居る世帯に属する場合は子供が居ない世帯の場合よりも貧困リスクが2倍高まる。こうしたケースについては、仕事と家庭の調和を可能とする柔軟な働き方の推進や、育児サービスの提供を通じた就労促進が有効と考えられる。
ただし、就労貧困層の状況は加盟国によって大きく異なり、就労年齢層の就労割合よりも低賃金が貧困リスクを高めている場合もある。
高齢化への対応の必要性
EUの高齢化率は、2010年の0.26から、2020年には0.3、2050年には0.5へと急速に上昇すると予測されている。労働力人口の高齢化は、出生率のさらなる低下とあいまって重大な財政的リスクとなりうるため、高齢者の就業促進を図る必要がある。EU全体では、高齢者の就業率はここ10年の間に37%から46%超に増加しており、平均引退年齢も60歳弱から61歳に上昇したが、やはり加盟国毎に状況が異なり、例えば引退年齢はスウェーデンの64歳超に対して、スロヴァキアでは59歳を下回っている。
高齢者の就業促進に向けた方策としては、就労による金銭的なデメリットの除去や早期退職をしにくくするだけでなく、例えば教育訓練を通じた技能の陳腐化の防止や、失業期間の長期化の防止、高齢者に適した労働条件の奨励(パートタイム労働など)、健康の維持や介護の提供などの支援策が考慮されるべきである。
新規加盟国からの労働移動の影響
新規加盟12カ国(注2)からの2004年以降の労働者の移動は約360万人に達した。不況期にはこうした移動が急速に減少し、また例えばスペインではその後も国内の雇用状況の悪化から受け入れが困難な状況にあるが、他の多くの受入国では、失業の増加や賃金低下などの目立った影響はなく、むしろ長期的にはGDP成長率に1%寄与したとの分析もある。また、送出国側での頭脳流出に関する懸念も見られるが、こうした移民に占める高学歴者の割合は限定的で、送出国の進学率も高まっている。さらに、受入国からの送金は、送出国の経済成長を促進しうる。受け入れ国に対するコスト増の側面は否めないが、域内の労働者の自由な移動を制限すれば、想定外の悪影響を招く可能性もある。
図:雇用形態別就業者の推移
注
- at-risk of poverty or social exclusion-貧困または社会的排除の状態にある可能性のある状態。すなわち、(1)所得水準が中央値の6割未満(貧困リスクがある)、(2)深刻な物質的困窮の状態にある、(3)60歳未満層で、所属する世帯の就労年齢の構成員の就労(稼動)割合が非常に低い(就労年齢の構成員が過去1年に就労可能であった月のうち、実際に就労した月数が2割を下回る)。
- 2004年加盟の10カ国(チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトヴィア、リトアニア、ポーランド、スロヴァキア、スロヴェニア、マルタ、キプロス)及び2007年加盟のルーマニアとブルガリア。
参考資料
- "Employment and Social Developments in Europe 2011", European Commission
欧州委員会ウェブサイト
関連情報
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:掲載年月からさがす > 2012年 > 1月
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:国別にさがす > EUの記事一覧
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:カテゴリー別にさがす > 雇用・失業問題、外国人労働者
- 海外労働情報 > 国別基礎情報 > EU
- 海外労働情報 > 諸外国に関する報告書:国別にさがす > EU・欧州
- 海外労働情報 > 海外リンク:国別にさがす > EU