高度人材の育成と社会保障の拡充を重点に
―第12次5カ年計画
人的資源労働保障部は6月、労働・社会保障分野の第12次(2011~2015)5カ年計画を発表した。第12次計画では、雇用の「創出」から「安定」へ政策の重点をシフトチェンジし、その一つとして社会保障を拡充する。また、高い技能を持つ人材の育成に取り組む。
第11次計画を総括
第12次5カ年計画の発表と同時に第11次5カ年計画(2006~2010)の総括も行われた。それによると第11次5カ年計画で掲げられた主要な数値目標は、途中リーマンショックの発生などにより世界の経済情勢は激しく変化したものの、全て達成された(表1)。中国経済は5年間継続して高い経済成長を維持し、「世界の工場」として世界経済を牽引した。そのため労働需要は一貫して高い状態にあり、そのことが目標達成に貢献したと分析している。
項目 | 2005年時点 | 2010年目標値 | 2010年達成値 |
---|---|---|---|
新規就業者数(万人) | [4200] | [4500] | [5771] |
失業率(%) | 4.2 | 5 | 4.1 |
養老保険加入者数(億人) (1) | 1.74 | 2.23 | 2.57 |
高度技能者数(万人) | 4196 | ― | 4686 (2) |
[ ]内は5カ年累計値 (1)中国の年金制度 (2)2008年時点のデータ
資料出所:人的資源労働保障部
第12次計画の数値目標
第12次5カ年計画で掲げられた主な目標は、以下の表の通り(表2)。新規就業者数や失業率などは、第11次と同程度、あるいはそれより低い水準の目標となっている。その一方で、各種社会保障制度の加入者数、高度人材の人数、労働契約の締結率等は高い目標を掲げている。このことから、第12次計画においては経済成長一辺倒ではなく労働環境への配慮も意識されたことが伺える。また、中国は2011年に「ルイスの転換点」(注1)を迎えると言われており、これ以上の労働者人口の大きな増加が見込めない中で、安価で低賃金の労働者を大量に雇用するのではなく、高度な技能を持つ生産性の高い人材の育成に取り組む必要性が高まっている。
項目 | 2010年時点 | 2015年目標 |
---|---|---|
新規就業者数(万人) | [5771] | [4500] |
失業率(%) | 4.1 | 5以下 |
養老保険加入者数(億人) | 2.57 | 3.57 |
医療保険加入者数(億人) | 12.6 | 13.2 |
失業保険加入者数(億人) | 1.34 | 1.6 |
高度技能者数(万人) | 4686(1) | 6800 |
最低賃金の年平均上昇率(%) | 12.5 | 13以上 |
労働契約率(%) | 65 | 90 |
労働争議仲裁率(%) | 80 | 90 |
[ ]内は5カ年累計値 (1)2008年時点のデータ
資料出所:人的資源労働保障部
各分野での具体的政策
こうした状況を背景に、人的資源労働保障部は8分野にわたる取り組み項目を掲げた。主な分野の政策内容は、以下の通り。
完全雇用を達成―雇用政策
使用者に対しては、企業による雇用を促進するために、労働者を雇用するに際しての減税、訓練や社会保険加入に対しての補助金の給付を行う。また、起業を行う者に対しては、資金獲得や人材確保のためのアドバイスを行う。
労働者に対しては、若年雇用に重点を置く。中国では若年者の就職先の確保が重要な課題の一つとなっている。ここ数年で大学が急激に増加したことで、大卒者が増加したが、それに見合うだけの就職先は確保されていない。毎年数百万人が就職先の決まらないまま卒業している。こうしたことから人的資源労働保障部は「三支一扶」(注2)活動を継続して行い、新規学卒者の雇用を確保に努めるとしている。また、中・高校の卒業者に対しても、スムーズに労働市場に参加できるように、職業訓練を施す。
労働市場に対しては、労働市場へのモニタリングを強化する事で、摩擦的失業を解消し、失業期間の短縮を目指す。また、現在は実質的に分割されている農村部と都市部という労働市場の統合を行い、地域間格差の縮小を目指すとしている。
農村部と都市部の格差を解消―社会保障政策
中国の社会保障制度は、年金・医療・失業・労災・出産の5つで構成される。現状の社会保障制度では、出稼ぎ労働者と都市労働者で享受できる内容に格差があり、社会問題化している。そこで人的資源社会保障部は今年7月より社会保険法を施行した。これにより出稼ぎ労働者にも社会保障が享受されることとなった。格差の是正にも期待が持たれている。例えば上海市では、出稼ぎ労働者向けの保険と都市労働者向けの保険を2~4年かけて段階的に統合して、格差を是正する。
この他、学生への医療保険(都市基本医療保険)の加入促進、省を跨いで移動をした場合の社会保険記録の継続的な管理、都市・農村という別個ではない統一したデータ管理、これまで企業が管理していた年金記録管理の国への移行による企業負担削減などに取り組む。
帰国留学生を活用―高度人材の育成
現在中国では、技能の高い人材の育成に取り組んでいる。その一環の一つが、帰国した留学生に対する支援策だ。中国では、海外の大学に留学した学生が中国に戻らず、そのまま留学先の国に留まり就労する事が問題となっている。留学生の帰国率は80,90年代には4割程度で推移していたものの、ここ数年は25%前後で、4人に3人が中国に帰国しない。中国政府はその対策として、留学生が帰国して起業する際に税制優遇や、海外の大学で博士を取得し、かつ著名な業績を上げた者に対して研究費用を援助するなどの措置を図っている。また、高度な能力を持つポスドクの活用にも取り組んでいる。経営工学や材料学などの、研究成果を実際のビジネスに繋げるための研究を行うポスドク科学研究工作ステーションを2158カ所、数学や歴史などのアカデミックな内容を研究するポスドク科学研究流動ステーションは2146カ所設置している。2010年において両機関に招致したポスドク研究員は約1万人に上る。その研究員に対する環境改善の一環として、快適な生活環境を提供するために、アパートを建設する。
公務員の人事制度改革―人事制度
公平公正な人事制度を実施する。そのために公務員の採用段階においては、公開選抜・競争選抜を推し進め、優秀な人材の確保に努める。幹部クラスの人員においても、広く全国から人材を募集し、昇進の透明化・人材の流動化に努める。また、中央政府や東部の発達地域で勤務する職員を開発の遅れている西部地区へ積極的に派遣し、職員の能力向上・西部地域の発展を目指す。給与面においては、職務と等級のバランスを全国レベルで公平なものにして、仕事の内容・責任と給与の関係に合理性を持たせる。
ガイドラインを策定―賃金・労使関係
中国では平均賃金、最低賃金の両方が継続的に上昇している。しかしそれでも物価のインフレには追い付いておらず、労働者には慢性的な不満がある。こうした状況を背景に、日系企業を中心にストライキが多数発生している。
人的資源労働保障部は、国有企業の賃金制度の改定、産業間の賃金格差の縮小、最低賃金の上昇、企業と労働者の団体交渉を行う上でのガイドラインの策定、企業の給与調査とそれを公開する統一的なシステムの構築を行う。また、賃金の制度を適切に実行させるべくガイドラインの策定等に取り組む。賃金に関しては、各地方部局が値上げ幅の基準・上限・下限を定める。ストライキに関しては、労働契約率の上昇、団体交渉の適用範囲の拡大、団体交渉の代表者への研修・訓練による交渉力の強化、勤務時間・休息・女性・未成年等の項目に関しての労働基準法の改定、政労使3者の協調による調和のとれた労使関係の構築等に取り組むとしている。
公共サービスの改善
ワンストップの公共サービスを推進。職業技能訓練・人材サービス・社会保険・労働争議の調停・仲裁を一カ所で行える体制を構築する。その他、ITによるデータ管理の推進、社会保障カードの登録促進(目標値は人口の6割にあたる8億人)、人的資源労働保障部職員への教育実施による窓口サービスの向上、社会保険と職業訓練の専門家をそれぞれ1000名ずつ育成したいとしている。
注
- 英国の経済学者、アーサー・ルイスが提唱した概念。ルイスの転換点を超えると農業部門から工業部門への労働力移行が終了し、各産業が労働者を奪い合う状態となる。その結果、賃金が上昇し、高い経済成長も終焉へと向かう。中国は今年中にもルイスの転換点を超えると指摘されている。
- 社会の安定と雇用確保を目的に、2006年より開始された制度。大学卒業者等を農村に派遣し、三支(教育支援・農業支援・医療支援)と一扶(貧困援助)の業務に従事させる。任期中は手当が支給され、任期を満了すると公務員試験や大学院入試において一定の得点が加算される。期間は2~3年。
参考資料
- 人的資源労働保障部
関連情報
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