派遣の低賃金協約無効判決
―追加賃金の支払いで社会保険料も変更に

カテゴリー:非正規雇用労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2011年4月

連邦雇用エージェンシーは3月18日、キリスト教派遣人材労働組合(CGZP)が締結した低賃金の労働協約を無効とした連邦労働裁判所の判決を踏まえて、派遣労働者が2005年に遡って正当な賃金の差額を受け取る場合、それに応じて失業保険等の支払い額も遡及して変更するとの見解を示した。

連邦労働裁判所の判決と経緯

CGZPは、三つの労働組合(CGM, DHV, GÖD)で構成する連合体で、2002年に結成された。
 ドイツの派遣労働者は通常、労働者派遣法(AÜG)に基づいて、同一労働同一賃金の原則に則った賃金を受け取ることができる(均等待遇原則)。しかし、派遣元の人材派遣会社と労働組合の間で特定の労働協約がある場合、この均等待遇原則からの逸脱が許容される。
 派遣労働者の労働協約は複数存在するが、CGZPの協約相手は中小人材派遣業使用者団体(AMP)、ドイツサービス企業連盟(BVD)、メルツェダリウス(Mercedarius e.V.)など中小の業界団体である。他方、ドイツ最大のナショナルセンターであるドイツ労働総同盟(DGB)の派遣労働協約担当部門(Tarifgemeinschaft Zeitarbei)は、ドイツ人材ビジネス協会(BZA)やドイツ労働者派遣事業協会(iGZ)など大手業界団体と協約を締結している。このような協約当事者の規模がどの程度影響しているかは不明だが、CGZPは設立以来、一貫してドイツ労働総同盟(DGB)など他の労働組合よりも低い条件で労働協約を締結し、問題となっていた。
 こうした事態に対して連邦労働裁判所(BAG)は昨年12月14日、CGZPの労働協約締結能力(資格)を認めず、当該協約を無効とする判決を下した。その結果、無効となった労働協約に基づいて不当に低い賃金を受け取っていた派遣労働者は、2005年まで遡って差額分を請求できることになった。推定で約28万人の派遣労働者が適用対象となり、2005年まで遡った追加分の支払いは何十億ユーロにも達するとみられている。もし各々の人材派遣会社(派遣元)でこの巨額の支払いができない場合、最終的には派遣先の企業が負担することになる。

連邦雇用エージェンシーでは、この判決を受けて追加賃金の支払いが発生する派遣労働者はそれに伴って雇用保険や失業保険の支払い額も変更になるため、派遣元の人材派遣会社に確認をするよう求めている。なお、人材派遣会社が、追加の賃金支払いに伴って支払わなければならない社会保険料の事業主負担の総額は、推定で約24億ユーロに上るとみられている。

派遣労働者をめぐる現状

ドイツでは近年、企業間の国際的な競争が強まる中で、2002年から労働市場の規制緩和がすすみ、それに伴って派遣労働者の数が増加した。 2008年の金融危機の影響で一時は減少したものの、景気の回復とともに再び増加し、2010年時点で約90万人に達した(図1)。

図1.派遣労働者数の推移 (1991~2010年)

図1

出所:連邦雇用エージェンシー

注:各年の数値はいずれも6月末時点

派遣労働者が就業者総数に占める割合は、2008年は2.3%、2009年は1.8%と非常に少ない。しかし、2002年以降の派遣労働者数の推移をみるとその存在感は着実に増している。報道(Deutsche Welle)によると、デュイスブルグ・エッセン大学のゲルハルト・ボッシュ教授は「国際的な競争が増す中でコスト節減や生産需給の波に対応するため、企業は派遣労働者に大きく依存し続ける。そのため今後数年間で派遣労働者は現在の倍以上の200万人に達するだろう」と予測している。

連邦雇用エージェンシーによると、昨年の約200万件の求職のうち約3分の1が人材派遣会社によるものだった。派遣労働者はフルタイム労働者よりも採用や解雇が簡単で賃金も安い。実際にドイツ労働総同盟(DGB)の推計では、西ドイツ地域のフルタイム労働者の平均賃金が月2,800ユーロであるのに対して、派遣労働者は月1,500ユーロだった。派遣労働者の中には十分な生活ができるほどの賃金を受け取れずに政府からの補助金に頼るケースもあり、その額は昨年だけで約5億ユーロに上った。

労働者派遣法改正の動き

ドイツでは、正規従業員などの基幹労働者が派遣労働者で代替されたり、派遣労働者が不当に低い労働条件で働くような事態を防ぐため、労働者派遣法の改正をすすめている。また、2011年5月から中東欧8カ国の労働者に対してドイツの労働市場が完全に開放されるため、賃金ダンピングが生じるとの懸念から、現在のように個別の労働協約に委ねるのではなく、全ての派遣労働者に対して一律に最低賃金を導入することも議会で検討されている。

参考資料

  • Bundesagentur für Arbeitプレスリリース(3月18日付)、Staffing Industry Analysts(3月1日付)、Deutsche Welle(2月28日付)、Bundesarbeitsgericht(Beschluss vom 14.12.2010, 1 ABR 19/10)(2010年12月14日付)

参考レート

  • 1ユーロ(EUR)=116.31円(※みずほ銀行リンク先を新しいウィンドウでひらくホームページ2011年3月30日現在)

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