「工資条例」の導入、延期が濃厚に

カテゴリー:労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2011年10月

賃金を規定する「工資条例」の導入延期が濃厚となった。政府は今夏にも導入を目指していたが、国有企業など各界からの反対が根強く、暗礁に乗り上げた格好だ。また、派遣労働についての規則を定める「労務派遣条例」も、「労務派遣規則」に格下げしての公布を目指すことになるなど、労働者の平等・保護を目指す法案が立て続けに頓挫している。

導入延期までの経緯

工資条例については、人的資源社会保障部の前身である労働社会保障部が2003年から8年の歳月をかけて制定に取り組んできた。2003年から2007年にかけては研究や実地調査を行い、2007年からは全国総工会、国家税総務局、そして国有企業を監督する国有資産監督管理委員会を交えて研究会を開催するなど、議論を深めた。2008年1月には人的資源社会保障部が国務院法制局に草案を提出、さらに2010年7月にも修正した草案が国務院法制局に提出された。この間、近く法案が成立するのではという憶測報道が度々行われたが(参照:当機構HP2008年2月の記事)、草案の段階のまま2011年に至った。

今年に入り、再び法案成立の予測が立ち、夏にも成立するのではとの見込みもあったが、人的資源社会保障部の報道官は7月25日、「工資条例には未だいくつかの問題点があり、それを短期間で解決する事は困難だろう」との見方を示した。今年8月には、主要現地数紙が条例の導入が無期限に延期されたことを伝えている。

工資条例の論点

工資条例の論点は次の5つに集約される。1点目は最低賃金の定義統一について。中国では市・省ごとに最低賃金の定義が異なっており、社会保険料や住宅積立金を最低賃金に含めるかどうかが地域ごとに異なる。このため定義の統一が検討されていた。2点目は物価上昇率(CPI)を考慮した昇給率の決定について。中国ではインフレ状態が慢性的に続いており、労働者の生活を苦しめている。そこで昇給に際してCPIを考慮した決定方法を導入し、物価水準に沿った賃上げ制度の構築を検討する。3点目は団体協議に関する規定である。団体交渉制度に違反した企業に対し、罰金を徴収する案が検討されている。4点目は同工同酬(同一労働同一賃金)について。中国ではかつての国有企業改革の際に人員整理が行われ,その結果国有企業で働く派遣労働者が急増した。現在国有企業で働く労働者の半数以上は派遣労働者であると言われる。また中国全土でも、約6000万人の派遣労働者が存在していると言われており、派遣労働者と正規職員の賃金格差が問題視され処遇の改善が求められている。5点目が、一部産業分野の企業への賃金制度に対する介入である。金融業やエネルギー関連の分野では、規制が強いため新規参入が難しく、労働者の賃金が高水準である。政府として対象産業分野の企業の賃金制度に介入して、賃金が高くなり過ぎないようにする案が検討されている。

延期の要因は国有企業などの強い反対

このうち、特に賃金上昇と均等処遇の問題については反対が大きかった。賃金上昇については、低所得層の賃金引き上げが課題となっている。国家発展改革委員会は、低所得者層には一定の規制が必要との見解を示し、最低賃金の整備を促した。しかし、ここ最近の急激なピッチでの賃金の上昇が企業経営を圧迫しているとして、特に経営の厳しい中小企業経営者からの反対が大きい。

一方、均等処遇については、国有企業からの反対意見が強かった。同一労働同一賃金が実現すれば、労働者の半数以上が派遣労働者である国有企業にとっては、人件費の上昇は不可避だからだ。

「労務派遣条例」も「労務派遣規則」に格下げへ

工資条例の他に、派遣労働について規定する「労務派遣条例」も、2年半をかけて草案の作成が行われていた。しかしこれも国有企業の強い反対により実現困難になった。そのため、人的資源社会保障部は今後、「労務派遣規則」に格下げした上で公布を目指す。

「労務派遣条例」は、派遣労働者の権益が侵害された場合に、派遣会社と使用会社の双方に連帯責任を負わせ罰金を課すなど、派遣労働者の保護を優先する内容で検討されていた。

「条例」は国務院行政法規に該当し、公布までに長い時間を要するのに対し、「規則」は人的資源社会保障部・外交部などが各所轄領域において制定するため、「条例」よりも効力が低くなるものの、比較的短時間での制定が可能である。

「条例」から「規則」への変更は、派遣労働者の保護が喫緊の課題であることを踏まえての人的資源社会保障部の判断であったものと思われる。

参考資料

  • 海外調査員、『中国労働保障報』(8月24日付)、人的資源社会保障部、網易財経、北青網、中国社会科学院社会学研究所

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