欧州委、労働時間指令改正に向けて労使から意見を聴取

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  • 国別労働トピック:2011年1月

欧州委員会は12月21日、労働時間指令の改正についてEUレベルの労使団体からの意見を聴取するコンサルテーションを開始した。2010年3月の初回に続き、今回が2回目となるコンサルテーションでは、就業形態の柔軟化への対応やワーク・ライフ・バランスへの配慮など、新たな視点を加味した指令の総合的な見直しを提案している。

現行の労働時間指令の改正をめぐっては、04年に欧州委が改正案を提示して以降、各国首脳からなる欧州理事会や欧州議会、労使団体の間で議論が行われていたが、オプトアウト(加盟各国に適用除外を認める例外規定で、労働者本人の合意により48時間を超えて就業させることが可能)の是非や、欧州司法裁判所の判決をうけて改正が必要となっていた呼び出し労働(on-call work-職務遂行まで待機を伴う労働)の労働時間としての扱いなどをめぐって合意が成立せず、09年4月に廃案となった。

新たな改正案の策定に先立って、欧州委が3月に実施した初回コンサルテーションに寄せられたEUレベルの労使団体からの意見は、現行の指令の改正を求める点では一致しているものの、内容は大きく異なっている。使用者側は、競争の激化や製造業からサービス業へのシフト、あるいは公共サービス維持の必要性などから、オプトアウトの維持のほか、規制緩和や制度の簡素化などを求めている。一方、労組側は労働強化や不安定雇用の増加といった変化、また長時間労働の健康への悪影響などを挙げ、オプトアウトの廃止や呼び出し労働に関する規制強化に加え、指令違反に対する罰則手続きの設置、また新たにワーク・ライフ・バランスに関する規定を盛り込むことなどを要求している。ただし、医療従事者団体や消防士の組織などからは、労働時間の上限の引き上げや呼び出し労働に関する緩やかな規制を求める意見も提出された。

欧州委は、2回目にあたる今回のコンサルテーションに際して、労使間の意見の大きな隔たりから、現状では改正案をまとめるのは難しいとして二段構えの提案を行っている。

一つは、欧州裁の判決を受けて必要となっている改正の実施だ。このうち、上述の呼び出し労働については、実際に就業している時間と職場で待機している時間の全体を労働時間として時間数の上限の対象とすべきであるとしつつ、一定割合を減じるなど業種によって通常の労働時間とは異なる算定方法を用いることを提案。各国あるいは業種によって運用実態が大きく異なることを考慮したものだ。なお、職場外で呼び出しに応じるべく待機している時間に関する扱いは、各国の判断に委ねるとしている。また、代償的休息(指令に定められた休息時間を与えることが困難な場合に、これに替えて保障すべき休息)を付与するタイミングについて、対象となった就業時間の直後とすることを盛り込む必要があるが、これについても一定の柔軟な運用を認める方向で検討するとしている。

欧州委のもう一つの提案は、これらの改正を含めたより広範な規制内容に関する、総合的な見直しの実施だ。近年進んでいる就業形態の柔軟化に対してより効果的な規制のあり方を検討することを主な目的に、コンサルテーションに寄せられた労使からの意見も踏まえ、以下のオプションを提示している。

  • 新たな就業形態に対応した柔軟化:労働協約や立法に基づいて、より柔軟な就業時間や、平均労働時間の算定基礎期間を現状の上限である12カ月を超えて設定することを認める、など。
  • ワーク・ライフ・バランス:仕事と家庭生活の調和の支援策を労使が合意することを奨励。就業パターンに関する変更について労働者に十分な期間の余裕をもって通知すること、また就業時間や就業パターンの変更に関する労働者からの申請を検討し、却下する場合は理由を提示することを雇用主に義務付ける。
  • 自主的労働者:自らの労働時間を管理する労働者やあらかじめ定められた労働時間のない労働者に対して、週48時間の上限や休息期間などの逸脱を認める。
  • 複数の雇用契約を有する労働者:雇用契約毎ではなく労働者当たりの労働時間に対して上限を適用するため、加盟国は対策を講じるべき。
  • 指令の適用範囲:ボランティアの消防士など特殊なグループへの適用の是非を検討する。また運輸業の運転手については休息期間や夜間労働に関する規定が現在適用されていないが、より包括的な規定が検討されて良い。
  • オプトアウト:16加盟国が利用しており、代替案なく廃止することは困難。むしろ規制の柔軟化(例えば算定基礎期間の延長など)によりオプトアウトを利用する必要性を減じる、またオプトアウト利用者の保護強化などで対応すべき。
  • 年次有給休暇:本人のコントロールできない理由(病気など)で休業中の労働者に有給休暇の権利を認めるとの欧州裁判決への異論がコンサルテーションで多く寄せられた。休暇期間が複数年にわたる場合、蓄積される有給休暇の期間に上限を設けてはどうか。

欧州委はこのほか、各国における法整備の実施促進等を目的とした専門家委員会の設置などを提案している。現在のところ、コンサルテーションの結果を踏まえ、2011年第3四半期には改正案の提出を予定しているが、EUレベルの労使団体が労使間で改正内容を協議することを決定する場合は、これに委ねるとしている。

労働時間指令に基づく加盟各国の法整備状況
  労働時間指令に
おける規定
法整備状況
労働時間の上限  ・週平均労働時間を48時間に制限。 概ね良好。多くの加盟国はより保護的な基準を設けている。ただし、オーストリアでは業種別の法律により、医師が本人の同意なしに週平均60時間の労働を求められる。フランスでは、医師の労働時間に関する規則が曖昧なため、公的な病院の医師が実際上48時間を超えて労働するようシフトを組むことができる。ハンガリーでは、「スタンバイ・ジョブ」に関する当事者間の合意により、平均60~72時間労働することができる(オプトアウトに相当するか明確ではない)。このほか、複数の加盟国では呼び出し労働、研修医、公共部門労働者に対する労働時間の上限の遵守状況に関する問題あり。
・週当たり平均労働時間の算定に用いる算定基礎期間は原則4カ月、ただし特定の活動については6カ月、労使協約に基づく場合は12カ月に延長可。 概ね良好。ただし、ブルガリアとドイツでは、活動内容を問わず算定基礎期間を6カ月とすることを認めている。またドイツ、ハンガリー、ポーランド、スペインでは労使協約なしに12カ月に延長することが可能。
呼び出し労働 ・現在明確な規定はないが、欧州裁は2000年及び2003年の判決で、就労場所における待機時間(不活動時間)は労働時間とみなすべきであると判断、これを反映する必要あり。 チェコ、フランス、ドイツ、ハンガリー、オランダ、ポーランド(一部業種)、スロヴァキア、イギリスなどでは、裁判所の判断に法整備や実行上で対応(オプトアウトの整備を含む)。結果として、業種を問わず不活動時間を労働時間とみなす法制度を有するのは、キプロス、チェコ、エストニア、イタリア、ラトヴィア、リトアニア、マルタ、オランダ、イギリス。オーストリアとハンガリーでは、一部の業種を除いて労働時間とみなしているほか、スペイン、スロヴァキアでも、民間部門については労働時間と労働法典で規定。またフランス、ポーランド、スロヴァキア、スペインでは、公共医療サービスの不活動時間を労働時間とみなしている。
一方、アイルランドでは全般的に(general rule)、またギリシャでは公的医療サービスの医師について、呼び出し労働で実際に就業している時間を労働時間とする法規定がない。またデンマーク、ギリシャ、アイルランド、ポーランドでは、不活動時間の全てを労働時間とみなさない旨、法律または労使協約で規定されており、またギリシャ、スロヴェニア、スペインでも業種・職種(医師、軍隊など)により同様の規定がある。ベルギー、フィンランド、スウェーデンでは、しばしば欧州裁の判断に沿わない形で、労使協約により例外的規定を認めている。フランスでも業種毎の労働協約で、不活動時間の一部のみを労働時間とみなすことを認めており、政府は労使に見直しを求めているが、効果は定かではない。ブルガリア、ルーマニア、スロヴェニア、スペイン(公共サービスなど)での遵守状況も不明。
代償的休息時間 ・1日当たり11時間、週当たり1回の35時間(11+24時間)の休息を基本として、例外的にこれが不可能な場合に、代替的な休息を別途補償すべきことを規定。また、欧州裁は03年の判決で、代償的休息は遅延が生じた期間の直後に提供されるべきと判断。 いくつかの加盟国で、指令による規定の範囲を超えて逸脱を認めている場合がみられる。
・特定の労働者を除外している:ベルギー(寄宿学校、防衛軍)、ギリシャ(公共部門の医師)、ハンガリー(臨時雇い労働者、公的学校、防衛軍)、オーストリア(居住看護労働者)
・代償的休息を必要としない例外規定を認めている:ベルギー、ブルガリア、エストニア、ハンガリー、ラトヴィア(広範な職種・業種)、ドイツ、ルーマニア(呼び出し労働、医療サービス。ただしドイツでは労働協約を通じてのみ可能)、ポルトガル(公共部門)
・代償的休息の提供の遅延:オーストリア(週当たりの休息のみ)、キプロス、デンマーク、フランス、ギリシャ、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、マルタ。ベルギー、ドイツ、ラトヴィアには具体的な業種や状況に関して遵守を要する法的規定なし。
研修医 ・週48時間の上限を適用(2000年の指令改正により、2009年までにかけて段階的に適用) 研修医に対する最低限の休息の付与が制度化されていない複数の加盟国で、安全衛生上の保護が大幅に進展。ただし、ギリシャは法整備を中断、アイルランドは法整備を回避、ベルギーでは法制化の途上にある。フランスでは具体的な規制が発効していない。
公共部門の労働者 ・軍隊、警察など例外を除き、全ての公共部門労働者に適用。 キプロス、アイルランド、イタリアでは、軍隊・警察に関する法整備が行われていない。スペインでは、軍隊をはじめほとんどの公共部門労働者に関して未整備。イタリアでは救急サービスについても範疇外のほか、公共部門の医師、裁判所・刑務所のスタッフに関しては例外規定による規制内容の緩和など。ギリシャでは公共部門の医師には適用されない。
複数の雇用契約を
有する労働者
・規定なし。なお欧州委は、可能な限り労働者単位の労働時間に適用すべきとの立場を示している。 14の加盟国では労働者単位(複数の仕事における労働時間の合算)、11の加盟国(チェコ、デンマーク、ハンガリー、ラトヴィア、マルタ、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロヴァキア、スペイン、スウェーデン)では雇用契約単位の労働時間に対して、指令による労働時間の上限を適用。ベルギーおよびフィンランドは中間的手法を採用している。
オプトアウト ・労働者が合意する場合、指令の規定する週48時間の上限を超えて就業させることができる(労働者が合意しない場合にも不利益を被らないこと、また雇用主は労働時間を記録し、当局が求める場合は提示することなどが条件) 2000年にはイギリスのみがオプトアウトを利用していたが、現在は16加盟国に拡大。内容は国によって異なる。
・業種の限定なし:ブルガリア、キプロス、エストニア、マルタ、イギリス
・特定業種もしくは呼び出し労働が広範に利用されている仕事に限定:ベルギー、チェコ、フランス、ドイツ、ハンガリー、ラトヴィア、オランダ、ポーランド、スロヴァキア、スロヴェニア、スペイン
また、オプトアウトに合意した従業員に対する保護的条件として、労働時間に上限を設ける場合、労働協約の締結を要件とする場合などがある。
なお、オプトアウトに合意した従業員の労働時間に関する記録を雇用主に明確に義務付けているのはドイツ、ラトヴィア、マルタのみ。またオプトアウトの利用について当局に報告を義務付けているのは、チェコとスロヴァキアのみ。
年間有給休暇 ・年間で14日間の有給休暇の付与を規定。 概ね良好。ただし複数の加盟国では、有給休暇の付与までに1年を要するほか、病気など本人のコントロールできない要因により取得が不可能な場合も、一定期間の後は取得の権利が消失する。
夜間労働 ・8時間を上限とする。ただし法律または労働協約により逸脱可能(代償的休息の付与が前提)。 概ね良好。ただしハンガリーでは法律が未整備。危険業務等に関する規制がイタリアでは未整備、エストニアでは不完全、スペインでは超過が可能。さらに、エストニア、ラトヴィア、ルーマニア、アイルランド、イタリアでは、危険業務に関する定義がなく、実質的に規制の効力を損ねている。

参考:REPORT FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE COUNCIL, THE EUROPEAN ECONOMIC AND SOCIAL COMMITTEE AND THE COMMITTEE OF THE REGIONS on implementation by Member States of Directive 2003/88/EC (‘The Working Time Directive’) (PDF:52.95KB)リンク先を新しいウィンドウでひらく

参考資料

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