高度専門技術者の受け入れに関する「ブルーカード」指令成立
EU域外からの高度専門技術者の受け入れ促進に向けて、加盟国共通のルールを構築するための指令案が、加盟国政府の合意により5月末に成立した。高等教育修了資格もしくはそれと同等の高度な専門職における就業経験と、就業予定先での賃金水準などの条件を満たす申請者に対して、「ブルーカード」を発行、滞在・就業許可に関する手続きを簡素化するほか、加盟国における一定期間の合法的な滞在を経た後は他の加盟国での就業を認めることにしている。
アメリカの「グリーンカード」を模して導入される「ブルーカード」制度は、域内の長期的な人口減少に伴って不足が懸念される専門技術者を、域外からの積極的な受け入れにより補うことを目的とするもの。高度な専門性を要する仕事に就くことを目的に3カ月を超えて滞在するEU域外からの入国申請者に対して発行され、滞在手続きの迅速化や域内の移動の自由、就業に関する制約の緩和などの便益を申請者およびその家族に与えて、EUの就業先としての魅力を高めることが企図されている。
欧州委員会が07年に示した「ブルーカード」指令案は、欧州議会および欧州理事会における協議を経て、09年5月末に成立した(注1)。域内の人の移動の自由に関する加盟国間の合意であるシェンゲン協定に参加していないイギリス、アイルランド、並びにデンマークの三カ国を除く全ての加盟国に適用され、2011年6月までに法整備を行うことが求められている。
ブルーカードの申請には、高度な専門性を要する仕事に関する加盟国での雇用契約もしくは1年以上の雇用のオファーが前提となる。新規に域内での就労を予定している者に加えて、既に許可を得て域内に滞在している者にも適用される。ただし、一時的な保護のために滞在許可を得ているか申請中の者、難民申請中の者、研究者として滞在許可を得て研究活動に従事している者、企業内転勤者などは除外される。有効期間は、加盟国が1~4年の範囲で自由に定めることができるが、申請者の雇用契約期間がこれを下回る場合は、当該の雇用契約期間に3カ月を加えた期間を有効期間とすることが定められている。
高度専門技術者として認める基準は、高度専門資格と就業予定先における賃金水準だ。高度専門資格は、取得に3年以上の期間を要する公式な高等教育資格を指すが、例外規定として、加盟国が法律で定める場合は、就業予定分野の高度な(高等教育資格と同等の)仕事での5年以上の就業経験をもってこれに替えることができる。また、就業予定先で支払われる賃金水準については、各国の平均年間給与総額(average gross annual salary)の1.5倍以上で、当該の職種で通常支払われる賃金水準を下回らないことが要件とされる。ただし、特定の職種で人材不足が顕著と認められる場合、例外的に平均賃金の1.2倍に変更することを認めている。
加盟国は受け入れに関する数量制限を設けることができ、また最初の2年間の滞在に関する申請・更新については、労働市場の需給状況により受け入れの可否を判断するなど、域外からの求人に関する各国の規定を適用できる。なお、域内の他の国からの労働者に就業制限を設けている加盟国については、ブルーカードの申請に対してもこれを適用しなければならない。この規定は、特に2004年以降の東欧などの新規加盟国に対して、ドイツなど旧加盟国の一部が受け入れ制限を設けていることを念頭に置いたものだ(2011年には完全自由化を予定)。加えて、申請者の出身国において専門技術者が不足している分野については、「倫理的採用」(ethical recruitment)の観点から申請を却下することが求められる。
申請に対しては90日以内に可否を通達しなければならない。またブルーカードの発行が認められた申請者に対しては、加盟国は滞在許可に必要な他の手続き(ビザの発行など)に関する便宜を与えることが求められる。
ブルーカード保有者の最初の2年間の就業には、申請時の基準(雇用契約の有無、賃金水準等)が維持され、労働市場へのアクセスが制限される。この間に雇用主を変更する場合、事前に当局の許可を得なければならない。3年目以降については、各国の法制度に基づく判断に委ねられる。一方、当該加盟国の国民と同等の権利が与えられるべき領域として、指令は(1)労働条件(賃金、解雇に関するものを含む)、(2)結社の自由、(3)教育、訓練、資格認定、(4)社会保障と年金に関する当該国国内法の多くの規定、(5)住居取得・情報入手・カウンセリングサービス利用に関する手続きを含む、物およびサービスへのアクセス、(6)国内法が定める範囲内で、当該加盟国の全地域への自由なアクセス――などを定めている。
合法的な滞在期間が18カ月を超えるブルーカード保有者およびその家族には、上記基準に基づく高度な専門性を要する仕事に従事することを目的に、他の加盟国に移動することが認められる。ただし、申請を受けた加盟国は、基準に照らして受け入れの可否を検討し、根拠があればこれを却下の上、ブルーカード保有者の退去を求めることができる。
不法移民の雇用に対する罰則の設置にも協調を要請
さらに6月、不法移民の雇用主への罰則に関する指令(注2)が成立した。既に08年6月に成立している不法移民の送還に関する指令とならんで、不法就労に関する雇用主の側からの規制について、加盟国共通のルール設定を企図するもので、ブルーカード指令と同様、2011年までの法制化を加盟国に求めている。
現在、域内で就業する不法移民は450万人から800万人と欧州委員会は推定しており、その多くは建設業、農業、宿泊業などの業種で短期・季節労働に従事しているとみている。ほとんどの加盟国は、既に不法移民の雇用に関する何らかの罰則規定を設けているが、加盟国ごとの不法移民の多寡には、そうした罰則の有無よりも、地理的条件や、これらの産業で就業先が得られるかが大きく影響しているという。
指令は加盟各国に対して、有効な滞在許可証の有無のチェックと、移民の雇用に関する届け出を雇用主に義務付け、また抑止効果を有する制裁の設定を求めている。具体的には、雇用主に対して法定の最低基準に基づく未払い分の賃金とこれに係る税・社会保険料の支払い、送還を伴う場合はその費用の負担(実費もしくは平均的な費用)のほか、公的補助の受給権の剥奪・返金、公的調達への参加の5年間の禁止、違反事業所の事業活動の一時的もしくは恒久的な停止などの措置を取るよう求めている。また、繰り返しの違反や、大量の不法移民の雇用、搾取的な労働条件の設定、人の密輸の被害者であることを知っていて雇用している場合あるいは児童を雇用している場合については、刑法上の罰則を適用することを併せて求めている。なお、下請け企業が不法移民を雇用している場合、元請け企業の責任も問うとしている。
さらに、違反雇用主に対する不法移民による未払い賃金の請求手続きの設定と、その権利を不法移民に対して通告すること、送還後でも支払を受け取れる手段の確保を加盟国に求めている。
なお、7月から半年間、EUの議長国を務めているスウェーデンは、域外からの移民を制限する傾向を強めるEUの移民政策に批判的だ。特に、加盟国が難民保護に関して責任を共有するための「人道的な難民政策」に関する共通ルールの策定に向けて、加盟各国の複数年にわたる協力を規定した「ストックホルム・プログラム」の成立を目指す意向を明らかにしている。同国が難民政策に力点を置く背景には、難民受け入れに関して他国が門戸を閉ざすことで、加盟国の中でも開放的な移民政策をとるスウェーデンに難民が集中しかねないとの危機感もあるという。しかし現地メディアによれば、難民受け入れの積極化につながるこの提案は、加盟国の賛同を得られないと専門家はみている。
注
- Council Directive 2009/50/EC of 25 May 2009 on the conditions of entry and residence of third-country nationals for the purposes of highly qualified employment (PDF:796.8KB)
- Directive 2009/52/EC of the European Parliament and of the Council of 18 June 2009 providing for minimum standards on sanctions and measures against employers of illegally staying third-country nationals (PDF:760.5 KB)
参考資料
- European Commission、European Parliament、Council of the European Union、EurActive、Euobserver ほか各ウェブサイト
参考レート
- 1ユーロ(EUR)=136.87円(※みずほ銀行ホームページ2009年8月7日現在)
2009年8月 EUの記事一覧
- 欧州委員会、加盟国の雇用対策に190億ユーロの支援など提案
- 高度専門技術者の受け入れに関する「ブルーカード」指令成立
関連情報
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