二極化拡大へ対応する労働市場改革を強調
―『対日経済審査報告書2008年版』の発表
OECD(経済協力開発機構)は4月7日、『対日経済審査報告書2008年版』を公表した。経済審査報告は加盟国すべてに対し定期的に実施しているもので、対日報告は2006年7月以来である。今回の特徴の一つは、非正規労働者の増大によって、正規と非正規による労働市場の二極化の進展を重要視している点である。その対策として、特に非正規労働者に対する職業訓練の必要性を強調している。
前回2006年版の内容と比較(表1参照)すると、(1)デフレ懸念に対する政策金利引き上げを行うべきではない、(2)サービス部門の生産性を引き上げるべきだ、(3)女性の労働市場参画を促進すべきだ――などが共通する点である。一方で、財政再建に関しては消費税率の引き上げ、法人税率の引き下げという踏み込んだ指摘になっている点や、労働市場改革に一つの章を割いて重要視している点が異なる内容となっている。
消費税引き上げ、法人税引き下げを提唱
報告書によると、日本経済は戦後最長の景気拡大期にあるものの、根強いデフレ、膨大な公的債務のさらなる増加などの課題に直面している。デフレ再来の可能性が払拭されるまで、政策金利の引き上げには慎重であるべきとする。また、財政赤字については対GDP比率では低下したものの公的債務残高は増加の一途を辿っていることを問題視し、財政再建のための抜本的な税制の見直しが必要であることを指摘する。そのためには、歳出削減だけではなく、OECD諸国で最も低い消費税率の引き上げと最も高い法人税の引き下げを提案している。
サービス産業の労働生産性向上
さらに、潜在的な成長率は税制改革によっても押し上げられる可能性があるが、長期的成長にとって労働生産性を改善することが最も効果的な施策であると指摘。製造業部門の生産性の伸びが高水準で推移しているのに対し、サービス部門の生産性の伸びは低迷が続いていることに着目する。その上でサービス部門の生産性を向上させることが不可欠であると指摘する。そのためには、規制改革の推進、競争政策の改善、海外諸国に対する門戸開放の促進によって競争強化を図ることが重要であるとする。
非正規労働者への職業訓練の拡充を
日本の非正規労働者の比率は雇用労働者の3分の1を超え、労働市場において正規労働者と非正規労働者の二極化が拡大している。報告書はこのような状況に対応するために、2008年4月にパートタイム労働法が大幅改正されたことに着目している。改正内容は、正規、非正規間の差別的な処遇を禁止すること、非正規労働者が正規労働者にスムーズに移行できるような体制づくりを促すなどが盛り込まれている。
さらに、報告書では職業訓練プログラムの拡充を含めた幅広い対策が必要だと強調。すなわち、職業訓練に関しては、正規・非正規の間で格差があり、これを適切化することを求めている。というのは、従来、日本での職業訓練は、長期雇用を基調とする企業内職業訓練を中心としており、公共職業訓練の役割は限られたものであった。統計データからもOECD加盟の他の諸国に比べて、日本の極めて限定的であることが示されている。このように、非正規労働者は従来の企業内および公共の職業訓練の恩恵を十分には受けられない立場にある。その結果、職業経験を蓄積することなく転職を繰り返すことになっている。こうした状況を打開し非正規労働者が正規労働者に移行できる体制づくりが必要だとする。
さらに、急速に高齢化する人口構造に対する対応が急務だとして、女性の労働市場参画を促進が不可欠であるとする。具体的には、家計を補助する主婦などの労働に対する税制や社会保障制度の改革、子育て支援によって女性が就業できる環境づくり、仕事と家庭生活のバランスの確立が必要であるとする。
今回と2006年版との比較
なお、今回の報告書は以下のような内容となっている。ちなみに、前回の報告書との比較は表1のとおりである。
- 第1章持続的な景気拡大のための主要な挑戦
- 第2章デフレ打開のための新しい金融政策の枠組み
- 第3章政府支出の抑制による財政強化への道のり
- 第4章財政の安定と経済成長を促進するための税制改革
- 第5章サービス部門の生産性向上
- 第6章二極化の拡大と高齢化へ対応する労働市場改革
2006年 | 2008年 | ||
提案項目 | 具体策 | 提案項目 | 具体策 |
新たな金融政策の枠組み | 金利引き上げには慎重であるべき | 新たな金融政策の枠組み | 短期政策金利の維持(引き下げを行わないこと) |
財政再建 | 予算制度の透明性向上 | 財政再建 | 消費税引き上げ |
歳出削減、課税ベースの拡大による税収増加 | 法人税引き下げ | ||
不平等と貧困の拡大=労働市場の二極化への対応 | 教育改革=学力の階層分化への対処 | ||
イノベーションシステムの改善 | サービス部門の生産性向上 | 潜在的成長率の引き上げ | サービス部門の生産性向上 |
産学官の研究機関間の連携強化 | 規制改革、競争強化 | ||
世界経済への統合強化 | 外国人労働の範囲の拡大 | 労働市場改革=正規・非正規労働の二極化への対応 | 社会保険適用の拡大 教育訓練制度の改革 |
高齢化による生産年齢人口の減少への対処 | 女性の労働参加 | 急速に進む人口の高齢化への対応 | 女性の労働参加 ・労働基準法の厳正適用 ・仕事と家庭生活のバランス向上 |
出所:OECD報告書より作成
参考
- OECDによるプレスリリース
- 2008年版対日経済審査報告書本文
- 2008年版対日経済審査報告書日本語概要(PDF:226.73KB)
- 2006年版対日経済審査報告書本文
-
2006年版対日経済審査報告書日本語概要(PDF:297.4KB)
関連情報
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