派遣労働者法案、公労使の委員会で検討へ
―フルタイム労働者と同等の権利を付与

カテゴリー:非正規雇用労使関係

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  • 国別労働トピック:2008年3月

派遣労働者に対して、フルタイム労働者と同等の権利を付与する法案が議会に提出されている。労働組合側はこの法案を歓迎しているが、経営側は強く反対している。労使の動向を反映して議会での審議は硬直状態に陥る可能性が強い。政府は、公労使で構成する検討委員会を設置し、労使の合意形成を図る意向だ。

背景に総選挙での労組との合意

政府は労働市場の柔軟性と多様性を自国経済の強みの一つと位置づけてきた。その一方で、低賃金で雇用の保障もなく、搾取などの被害を受けやすい「弱い立場の労働者」(vulnerable worker)の増加が懸念されている。政府は、現状の把握と法律の遵守状況の改善に向けた方策について一昨年から検討を行い、監督官の増員などの規制体制強化を進める方針を昨年末に固めたところだ(注1)。

こうした政府の取り組みと並行して、2006年末には「派遣労働者(不利益取扱い防止)法案」(注2)が労働党議員によって庶民院に上程された。同法案は、派遣労働者に対してフルタイム労働者と同等の賃金、時間外手当、休暇等に関する権利を保障する内容で、EU派遣労働者指令案がベースとなっている。政府は指令案に反対の姿勢を貫いており、この法案にも難色を示した。そのため議会での検討は2007年3月に中断し、会期末の10月に廃案となった。派遣労働者に対する権利の資格付与の時期が最大の焦点となった。EU指令案は就業後6週間に資格を付与している。政府はかねてより指令案のこの内容に異議をとなえ、就業後6カ月での付与を主張している。法案は、資格付与の時期を規定しないことによって、実質的には指令案よりも早い就業初日の付与を前提としており、政府は当然、これに反対した。政府の姿勢には経営者団体の主張が反映しているとみられる。

一方で、2005年の総選挙に際して、労働党と主要労組との間で、指令案の成立に向けてEU側に協力する旨を文書合意している。これを盾に、労組側と党内の議員から政府に実行を求める声が強まっていた。このため、政府は昨年中ごろから、指令案の協議に応じる態度を見せ始め、9月にはEUレベルの公式協議が4年ぶりに再開された。EU側は、12月の雇用・社会政策相理事会での合意を目指していたが、資格付与の時期をめぐってイギリス政府が従来の意見を変えず、実現はしなかった(注3)。しかし、政府がEUでの交渉テーブルについたことが、国内の法整備に向けた動きを活性化する材料になったと考えられている。

経営側と野党、法案に強い反発

11月に始まった議会に、新たに「派遣労働者(均等待遇)法案」(注4)が、労働党議員によって上程された。基本的な内容は先の法案と同じだが、昨年12月に法律審議の予備プロセスである「第一読会」、また2月下旬には「第二読会」を通過した。

法案を提出した労働党のミラー議員は、第二読会の協議の中で、派遣法案提出の目的を次のように説明した。(1)同等の仕事をこなす労働者について、雇用形態の違いによって差別的取り扱いが是認されることは道義的に許されない、(2)今後、低技能労働者への労働需要の急速な減少が見込まれており、訓練等を通じてより多くの労働者の技能・モチベーションの向上を図っていく必要があり、派遣労働者もその例外ではない、(3)本来は短期の労働需要を柔軟に満たすために用いられるべき派遣労働者を、正規雇用の代替要員として長期にわたって使用することは許されることではなく、また長期的には企業自らの利益にもならない、(4)労働者による申し立てプロセスを簡易にして、企業におけるコンプライアンスの向上をはかるべきだ――など。今後も企業が派遣労働を利用していくことの利点や、職種などによっては勤続年数や経験などで正規労働者と派遣労働者の処遇に差が生じることの合理性を認めつつも、妥当な範囲で均等処遇を図っていくべきだと強調している。

これに対して、法案に反対する保守党の議員は、政府がこれまでのEUに対する強硬な態度を一変させ、法制度の整備に向けて取り組み出した点について、労組と労組が影響力を持つ労働党議員の圧力に屈するもので一貫性に欠けると強く非難している。そもそも、1年未満の短期勤続が多数を占める派遣労働者と、長期の勤続を通じて仕事の熟練度や企業への忠誠度がより高いと考えられる正規労働者との間で均等処遇を実現することに疑問を示したうえで、派遣労働者等の8割近くが現状の労働条件等に不満を感じていないとの調査結果(注5)や、長期にわたって就業から離れている人々に雇用機会を提供できる利点を挙げ、事業主と雇用者の間の自由な契約に基づく現行の柔軟な制度を擁護している。また、法案が成立すれば、派遣労働者を多く利用している製造業や公共部門などへの悪影響が避けられず、派遣労働者の雇用にも打撃を与えるとの理由もあげている。

労使、委員会に参加の方向

一方、政府は現段階で同法案に反対していないものの、やはり現在の法案の内容には問題があると考えている。このため、第二読会の開催に前後して、具体的な規定内容を検討するための委員会の設置を決めた。メンバーには労使のほか公益委員を予定し、この場で労使間の合意形成を図る意向だ。1999年の最低賃金制度の導入に際しても、今回と同じ手法を使っている。

第二読会の議論の中で、マクファデン雇用関係担当大臣は委員会の主な検討課題を示している。一つは、前述の資格付与の時期に関する問題で、これまでの経緯からも、労使間の合意が最も難しいと考えられる論点といえる。また、フルタイム労働者との均等を担保する方法の問題がある。法案は、派遣労働者の職場に、職務などが同等で比較可能なフルタイム労働者がいない場合、雇用審判所などが当該地域・職種の標準的なフルタイム労働者の労働条件を想定して、これとの対比で派遣労働者の労働条件の是非を判定すべきだとしている。担当大臣は、この手法が複雑かつ費用のかかる訴訟を増加させかねないとして、危惧の念を示している(注6)。

英国労組会議(TUC)は、委員会の設置を含む一連の手続きを「時間稼ぎ」と批判しつつも、成立に向けた動きは歓迎しており、委員会への協力にも前向きだ(注7)。一方、経営者団体の英国産業連盟(CBI)は、委員会への参加は表明しているものの、法律が施行されれば職を失う派遣労働者は25万人にものぼる可能性がある(注8)として、法制化には反対の姿勢を崩していない。権利付与の時期についても、就業後12カ月以降を主張しており、就業初日を主張する労組側と真っ向から対立している。

法案はこのあと、委員会による検討結果を反映するかたちで修正が行われ、第三読会に諮られることになるが、その時期はいまのところ公表されていない。

参考

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