欧州理事会、移民協定に合意
―合法的移民の受け入れ条件設定せず

カテゴリー:外国人労働者

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  • 国別労働トピック:2008年11月

欧州理事会が10月に開催され、移民政策に関する協定に合意した。7月から議長国を務めるフランスの原案に基づき、協定づくりが進められたが、「選択的移民受け入れ」を強調するなどのフランス色が薄められ、合法的移民については加盟各国のニーズなどを尊重し、EUレベルの受け入れ条件を設定しないことにした。その一方、不法移民については取り締まりや国境管理の強化をうたっている。

理事会は喫緊の金融危機対策が主要課題となり、フランスが意気込んだ割には、この協定は各方面で大きな話題となっていない。

合法的移民の受け入れは各国が判断

域内の人の移動の自由化を進めているEUにとって、近年急速な増加をみせる域外からの移民流入の影響は一国レベルにとどまらないことから、加盟国共通の移民制度を通じてこれをコントロールすることは、長年にわたる課題となっている。欧州委員会はすでにここ数年、高度専門技術者を対象とするブルーカード制度を通じた選択的な移民受け入れの奨励や、不法移民の取り締まりなどについて、加盟国共通の制度の構築に向けた提案を行っている。今回合意された「移民・難民に関する欧州協定」(European Migration and Asylum Pact)も、基本的にはこういった共通認識をベースに、今後のあるべき移民政策の方向性に関する加盟国間の合意形成を目指している。また、EUの移民政策に関する5カ年計画である「ハーグ・プログラム」が2010年に終了することから、これに代わる新たな中期的計画の枠組みを規定している。

フランスは、議長国期間中の主要課題として、早くから協定成立に意欲を見せていた。1月に加盟各国に対して示した原案は、公式には発表されていないが、選択的移民受け入れと不法移民の退去を強く打ち出すなど、フランスの問題意識を色濃く反映した内容だったといわれる。例えば、すでにフランス国内で実施されている「統合契約」(移民に対して、受け入れ国の経済発展に寄与することなどの誓約を求めるもの)の加盟各国での制度化や、不法移民の大規模な合法化の禁止などの提案が盛り込まれていたという。当初案が示した協定の柱となる項目自体はほぼ原案通り残ったものの、これらの提案は、自国の移民政策の自由度を損なうなどの理由から加盟各国の合意を得ることができず、7月の修正案では削除されている。理事会が最終的に合意した協定の主な内容は、以下のようなものだ。

Ⅰ加盟各国の優先課題、ニーズや受け入れのキャパシティに応じた合法的移民制度の実施と、社会統合の促進

合法的移民の受け入れは、加盟各国の労働市場のニーズやキャパシティに合わせて行われるべきであり、必要に応じて人数を制限することを含め、受け入れに関する条件の設定は各国の判断にゆだねる。高度な資格を有する労働者に対するEUの魅力を高めるとともに、学生や研究者の受け入れや域内での自由な移動を保障する手段を講じる。ただし、送り出し国の頭脳流出を招かないために、一時的・循環的移民を奨励する。

また、移民による家族の呼び寄せについては、資産や居住場所、あるいは言語習得の度合いなどを受け入れの際の評価基準とすることを法律に盛り込むことにより、これを効果的に規制する。受け入れ後は、語学学習や雇用機会の提供とともに、加盟国およびEUの固有性(identity)や基本的な価値の尊重を求めることなどを通じて、調和ある社会統合のための施策を実施し、同時に差別の撤廃のための適切な手段を講じる。また、加盟国間の情報の相互提供体制を強化するとともに、合法的移民受け入れの可能性や条件について広く情報を提供する手段を講じる。

Ⅱ送り出し国もしくは経由国への確実な送還による不法移民の管理

効果的な不法移民の管理のため、以下の原則を重視する:(1)加盟各国や欧州委員会、送り出し国、経由国との協力を強化する(2)不法移民は退去しなければならない。加盟国は当事者の尊厳に配慮しつつ、自発的な退去を含めて必要な措置を行う。他の加盟国は、送還・退去に関する加盟国の判断を認める(3)自国民が他国に不法に滞在している場合、当該国は自国民の再入国を認めなければならない。

不法移民の合法化については、汎用的な合法化ではなく、個別のケースに即して実施する。退去に関しては、EUレベルもしくは加盟国レベルで、送り出し国・経由国との間で移民の再入国(readmission)に関する協定を締結し、EUレベルの協定については、加盟国と欧州委員会が効果の検証や将来的な協定の内容について見直しを行う。不法移民流入の防止は、EU域外からの移民の入国・居住や、域内の自由な移動などに関するEU共通の政策枠組みに基づいて行う。また、不法移民の排除について、必要に応じて共通の制度の導入などにより、他の加盟国との協力を強化する。送り出し国や経由国との協力を強化し、警備や法的協力などで犯罪組織の不法な人の密輸に対抗するとともに、送り出し国でそうした犯罪の被害を受けやすい地域への情報提供を行う。不法移民の送還に関する加盟国の決定は他の加盟国にも適用され、加盟国は共同でその不法移民の再入国・居住を防止する。不法移民の雇い主に対しては罰則を設定し、その抑制を図る。

Ⅲより効果的な国境管理

域外との境界線に関する加盟各国の共同責任を強調。警備組織であるFrontexの機能、権限の強化や、生体認証ビザや出入国記録の電子的記録方式の共通化など技術面での向上、加盟国の国境警備体制の共通化などを図る。また、送り出し国や経由国で国境管理にあたる要員の育成や装備にかかる経費などについてEUが補助する。

Ⅳ欧州レベルの難民受け入れ制度の構築

加盟国共通の難民制度の構築に向けて、難民受け入れ・審査に関する各国からの情報やその分析などを集約する機関を2009年までに設立するとともに、遅くとも2012年までに、難民の身分の保証や保護に関する加盟国共通の制度について、欧州委員会に提案を求める。また、大量の難民受け入れが必要となった場合の、加盟国間の人的・財政的な協調に関する手続きを設定する。さらに、UNHCR(国連高等難民弁務官事務所)の保護下にある難民のEU域内での再定住(resettlement)策など、UNHCRとの協力で難民の保護に関する内外の制度の改善を検討する。

Ⅴ送り出し国・経由国とのパートナーシップの構築による、人の移動と経済発展のシナジー効果の促進

移民問題を域外諸国等との関係の重点領域として、受け入れ・送り出し国や経由国、移民本人のそれぞれに利益となるよう協力関係を構築するため、EUレベルもしくは二国間の協定を締結する。特に、加盟各国のキャパシティの許容する範囲で、境界線で接する近隣諸国からの積極的な受け入れや、当該国の経済や生活水準の向上を支援することなどを通じて、不法移民としての流入を防止する。同時に、送り出し国の頭脳流出の悪化を防ぐため、循環的移民(一定期間後の帰国を前提)を奨励する。

協定はこのほか、移民・難民政策に関して年1回の討論の場を設置することを決め、欧州委員会に対して、移民協定及び「ハーグ・プログラム」に次ぐ移民政策の複数年計画の実施状況の報告並びに促進策の提案に関する年次レポートの提出を求めるとしている。

フランスの意気込みにもかかわらず、協定の成立は欧州内外でさほど大きな話題にはなっておらず、これには、金融危機という緊急課題が重なった影響が大きい。専門家の間では、「統合契約」や移民の大量な合法化の禁止といった具体的な手段や課題達成のスケジュールなど、当初案が大幅に削除・修正された結果、協定が具体的な中身を欠いたものとなってしまったとの指摘もある(注1)。また、協定が例えば合法的移民について加盟各国の独自ニーズに沿った制度運営を認めていることなどから、欧州委員会が現在、指令案などを通じて進めようとしている移民制度の共通化に対しては、加盟国には「原則」の共通化以上の合意は難しいのではないか、といった見方も生んでいる(注2)。

さらに、欧州議会の左派や人権団体などからは、協定の内容は不法移民の排除に偏重しており、移民の人権などに関する記述が薄いとの批判が強い。

金融政策の協調と経済・雇用問題への対応

このほか、欧州理事会の議題は金融危機下の経済状況への対応が大半をしめ、金融機関の公的支援など金融システムの維持に関する協調的な政策の実施や、迅速かつ効果的な対応を可能とする協力体制、金融部門に対する監督体制などについて、加盟国首脳は合意した。一方、金融以外の産業部門の成長や雇用を重視し、欧州の産業の競争力を維持すべきであるという点についても、加盟各国の意見は一致したものの、具体的な景気・雇用対策に関する加盟国共通の政策的枠組みなどは示されず、各国が個別に取り組むべきことが確認されたにとどまった。理事会はこれに関して、年末までに指針を提言するよう欧州委員会に要請している。

現在のところ、景気や雇用には金融危機や原油・食料価格の高騰による悪影響はほとんど表れていないが、欧州委員会が10月末に公表した2010年までの経済予測によれば、EU圏は2009年にはGDP成長率が大幅に下落し、限りなくゼロ成長(0.2%)に近い状況の下で、雇用の大幅な減少が避けられないという。ただし報告書は、翌2010年には景気・雇用状況ともに好転するとの楽観的な見方を示している。

参考資料

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