OECDフォーラム2004「国々の健康」
―経済社会の持続的発展のために

カテゴリー:労働法・働くルール

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  • 国別労働トピック:2005年1月

OECD(経済協力開発機構)は、2004年初に「グローバル化への取り組みー変容する世界とOECD」を発表し、近代化と改革を通じたOECDの現在の役割を明確に位置付けている。この報告書によると、OECDでは、自由経済の推進を前提とした競争の強化・維持のための政策と民営化、規制改革を推進すること、開発途上国の社会経済発展を効率的政策のもとで支援すること、教育・保険医療・環境保護システムの改善、グローバル化のための枠組みの公正化――などをプロジェクトの主要な柱として活動している。

グローバル化の進展により生じるさまざまな問題について各国、各ステークホルダーの経験を共有し、議論するため、OECDでは41に及ぶ複数のフォーラムが開催されているが、2004年5月12日、13日の2日間、パリでOECDフォーラム2004「国々の健康」(Health of Nations)が開催され、そのハイライトが11月29日に公開された。

このフォーラムは、マルチステイクフォルダーサミットとして、政府、企業、労働組合、市民代表、各国大臣、国際機関のリーダーたちにより構成される100名以上におよぶ参加メンバーが21世紀の重要課題を議論する場である。

このフォーラムのユニークな点は、個々のセッションでの議論の成果が、フォーラムと連続して行われるOECD大臣会合および2004年が第一回目の開催となるOECD保健大臣会合に反映されることである。

2004年は、「国々の健康」のタイトルの下に、健康の問題、肥満、保険財政、技術・財政の持続可能性にいたる保健医療政策の課題などをテーマに、グローバル化経済の進展によるさまざまな問題にも言及し、幅広く、多様な視点から議論が展開されている。

今回のフォーラムでは、貧困と疾病を削減しない限り、いかなる持続的発展も有り得ないというOECDの基本スタンスを確認するとともに、健康な人々が充実した生産的生活を送るため、保険医療制度が経済や市民の厚生に重要であるという議論を中心に、具体的には、「社会的責任と多国籍企業のためのOECDガイドライン」「健康、人権と発展」「肥満と健康」「財政教育」「高齢化と健康」「持続的発展―言葉から行動へ」「コーポレートガバナンスのための諸基準の改善」「公平性と医療ケアの享受」「癌と環境」「中国―発展のための統治」「グローバリゼーションへの防衛」「2004年世界経済」「保険制度のパフォーマンスの改善にむけた調査とイノベーションシステムの貢献」(健康保健大臣円卓会議)、「パートナーシップの研究:政府、企業と市民社会」「貿易、仕事と調整」「貿易大臣会合―ドーハ発展アジェンダの創造について」「国際貿易と投資」など多岐にわたるテーマについて、経済社会分野の持続的発展への影響も視野にいれ、各国のステークホルダーからの対応報告と討論が行われた。

経済社会の持続可能な発展のために

「社会的責任と多国籍企業のためのOECDガイドライン」、「持続的発展―言葉から行動へ」、「コーポレートガバナンスのための諸基準の改善」、「2004年の世界経済」、「貿易、仕事と調整」等を論じた各セッション報告では、近年、日本でも関心の高い「企業の社会的責任」に関して労働分野における切り口からの多くの示唆を得ることができる。以下に概略を紹介したい。

1.「社会的責任と多国籍企業のためのOECDガイドライン」

経済成長のために重要な役割を占める外国投資や多国籍企業の活動について、企業はその活動の中で良い実践を示すためのマネジメントシステムを構築し実現することが公的に期待されている。OECDは、人権、情報公開、汚職の廃止、税制、労使関係、環境、消費者の保護等に関して多国籍企業のためのガイドラインを設け、加盟各国のコンタクトポイントを通じて企業のガイドライン遵守を実現することを多国籍企業に要求している。

2000年には、経済社会環境の変化に対応した改正が行われたが、ここでは経済発展を阻害する要因として悪影響をおよぼす児童労働の廃止、強制労働の撲滅に関する条項、企業の社会・環境への取り組み条項、消費者の利益、汚職・贈賄防止などの項目が追加され、企業の社会的責任に関する役割が強化されている。この趣旨のもとで、今回は、企業の社会的責任が具体的にどのように実現されるのか、ステークホルダー間でのそれぞれの役割は何か、ガイドラインは実際の企業活動の現場でどのように運用されているのかなどが議論された。

以下では、企業と労働組合からの代表者の報告の概要を紹介する。

マイクロソフトEMEA代表のJ・P・クトワ氏は、「シェルが数年前に出したトリプルボトムラインレポートは、現在、象徴となっている。個人と社会とのパートナーシップあり方をビジネスの場では常に意識することが重要である。複雑で挑戦にみちたIT業界において、マイクロソフト社は、1)コーポレートガバナンスとビジネスの持続的成長を強化すること、2)従業員のため24時間体制でのコンプライアンスホットラインを設けること、3)海外、国内ともに共通の基準を設け、方針を共有すること、4)教育援助や生涯学習支援など地元との交流を密にすることなど、4分野にフォーカスして「人、環境、利益の持続的発展」ため努力している。さらに、IBM,シェル、ユニリバー、J&J、などからなるビジネス欧州アカデミーと協力して、CSRに関する知識の普及と良き指導者の育成に努力していきたい。」と具体的事例を紹介しつつ報告している。また、欧州労組協議会(ETUC)のモンクス書記長は、「EU投票回答者の61%が大企業に対して懐疑心をいだいているといわれる。シェアホルダーや企業評価機関の無慈悲な追及が懸念される。コーポレートガバナンスの強化やステークホルダーの範囲の拡大、アウトソーシングやオフショアによる経費削減、株主利益の実現などは、すべて見せかけの企業責任の綱領なのではないだろうか。企業の広報マンにとってCSRはもうひとつの選択肢として戦略的に防衛していかなければならない新たな規制といえる。過去の実績と努力からOECDガイドラインは評価されるべきである。しかし、その効力が現段階で完全に発揮されているとは言い難く、グローバルコンパクトが発揮する強制力より弱い。労働組合のコンタクトポイントであるTUACは、18ヶ国語に翻訳したこのガイドラインのユーザーズガイドを作成中である。また、労働組合はガイドラインの遵守に力を注ぎ、過去3年間で40事例を摘発してきたが、十分とはいえず、取り残している事例はまだいくつかある。その意味で今後ナショナルコンタクトポイントを有効に機能させていくことが重要である。民主的に政府は労使協調にさらに協力し、ソーシャルパートナーとしての共同作業を支援すべきである。」と労働組合の立場から主張している。

2.「持続的発展―言葉から行動へ」

OECDは、本文の冒頭でも紹介している「持続可能な発展に向けての共同の取り組みーOECDの経験」の中で、92年のリオデジャネイロ会議以降の取り組み、具体的には、持続可能な発展の社会的、経済的、環境面での取り組みの推進、貧困撲滅のための貢献、投資と貿易の自由化の促進やグローバル化から取り残された国々の市場アクセス拡大への貢献、世界的なパートナーシップの構築、OECD非加盟国とのパートナーシップの構築や民間資金フローの枠組み整備を含む開発途上国支援等の推進を報告している。また、政策改革の具体的アクションを起こすためには、以下の5項目が重要であると指摘している。 (「持続可能な発展に向けての共同の取り組みーOECDの経験」日本語版抜粋)

  1. 政府の意思決定プロセスを改革し、市民社会との交流のためのメカニズムの改善等、持続可能な発展へのより統合的なアプローチを可能にする。
  2. 規制と効果的に組み合わせながら、市場ベースの手段をより積極的に活用し、生産者と消費者に環境圧力ないし社会圧力の全コストを考慮に入れるよう促す。
  3. 環境圧力を経済成長から切り離すのに役立つ技術政策の活用等、科学技術を最大限利用し持続可能な発展への科学技術の貢献を高める。
  4. 貿易、投資、環境、社会政策の一環性と相互補強性を確保するとともに、グローバル化と技術進歩の恩恵が幅広く共有されるように世界市場を開放する。
  5. 社会的なマイナス効果に適切に対応できる速度と方法で政策変更を行う。

3.「コーポレートガバナンスのための諸基準の改善」

コーポレートガバナンスが良好に行われるためには、市場における信用、統合、効率性と企業活動における透明性、情報公開が要求される。また、株主、取締役、企業経営者の責任を明確にすることも必要である。OECDは、コーポレートガバナンスの質の向上に貢献するため、政策担当者、法律家、投資家など私営部門の担当者のために指導的役割を1999年以来担ってきた。現在、経済社会の変化を背景に、各国の実態に応じてさらに調整する必要が確認されている。取締役会の役割の明確化や株主への説明責任の強化を目的に改訂が進められた。いまや経営者と株主の関係だけでなく、機関投資家、監査人、アナリストなどを含めて利害闘争を調整する必要がある。OECDは、政策対話をアジア、南米、ユーラシア、南東ヨーロッパ、ロシアで行ってきた。2003年のエビアンサミットでは、OECD原則の見直しが確認され、引き続き世界的に普及していくことが要求されている。

今回のセッションでは、失敗事例を検討することでいかに改善して行くべきであるのか、政府、法律家、ビジネスマン、市民社会グループ、国際機関はどのような役割が期待されているのかが議論された。その中でも、AFL-CIO(米国労働総同盟産別会議)会長でOECD・TUAC(労働組合諮問委員会)会長でもあるJ・スウィニー氏の報告の一部を以下に紹介したい。同氏は、「米国企業が法的にも統治において信用を喪失する事件を起こしたことは非常に遺憾である。社会のための富の創造にむけ資本市場が健全に機能するよう企業改革をすすめることが私たち勤めであると認識している。労働者は犠牲者としかいいようがない。エンロンやワールドコムの不正事件で、労働組合員の賃金から支払われ、退職後の大切な生活資金源であったはずの積み立て年金資金のうち35億ドルが失われた。この経験から労働者は率先して企業改革を唱えなければならない。

AFL-CIOは、コーポレートガバナンス改革において、次の3レベルの対応をしている。1)シェアホルダー行動主義を通じて企業改革を実現する。2)要求と補償に関するリストを作成し法制改革を行う。3)米国内と海外で通用する共同のための規則と法律を新しく高い基準で作成する。米国では、2003年、労働組合が資金提供を行う基金では、コーポレートガバナンス提案の半数を労働組合が提起しているが、この割合は以前との比較で27%も増加している。米国労働組合は、交渉において企業に対して年金基金への発言を強めていく。規制改革の分野においても、NYSEやNASDACにおいて新たな基準を導入するためキャンペーンを展開している。米国労組もOECD原則を唯一のすぐれた国際基準として評価している。」とストックオプションなど従業員参加が進む米国で相次いでおきた不祥事に遺憾の意を表しつつ、米国におけるコーポレートガバナンスの現状と公正な運営の為の取り組みへの努力を報告した。

4.「貿易、仕事と調整」

製造業の開発途上国への海外移転は何年も前から議論されてきた。ところが近年では、サービス産業でも国際貿易の急速な進展から開発途上国への海外移転が進んでおり、ホワイトカラーの職の喪失が懸念されるようになっている。OECD先進諸国における空洞化の問題が浮上している。具体的には、情報通信産業の進展が、OECD英語圏からインド、中国、マレーシア、フィリピン、スリランカ、南アフリカへとホワイトカラーの職の移動を促し、フランスやドイツから北アフリカや中央ヨーロッパへと職の移動を促しているというものである。

そこで今回のフォーラムでは、OECDにとって、サービス産業のオフショアの拡大とはどのようなものか、調整すべき問題であるのか、OECDはどのように対応すべきなのかを主題に議論が展開された。

これに対して、オリベッティ会長でOECD・BIAC(経済産業諮問委員会)議長でもあるランボルギーニ氏の見解を一部紹介したい。

同氏によると、「米国は、20年後には、中国やインドにホワイトカラーの仕事もアウトソーシングされ、第三世界のようになっているだろう」と揶揄した上で、グローバル自由貿易、投資の利益やコストに関して、世界経済についての誤った理解が世界的にひろがることに懸念を表明している。さらに、「政府や企業は、パブリックオピニオンや一部の政治家の意見に惑わされること無く、世界的規模での資源や国際投資を監察し自力で解決の方法を見つけなければならない。ビジネスパターンが変化していることは周知のことであり、アウトソーシングとオフショアの傾向はこの10年間、公に議論されてきた。しかし、低廉な労働力を求めた伝統的製造業ばかりでなく、付加価値の高いサービス産業においても国際的に人材調達が行われるようになったことは新しい現象である。各国政府は、グローバル経済の中で企業と従業員が変化の中でうけるプレシャーを軽減するよう支援し、構造調整をタスクとしなければいけない。OECDは新たに「貿易と構造調整」プロジェクトを開始した。このプロジェクトでは、アウトソーシングはゼロサムではない、むしろ世界的規模でのアウトソーシングによって、多くの職は維持されることになり、同時に新規ビジネスの機会も創出され、低価格商品が消費者に提供されるようになるだろうという認識を原点においている。

BIACはOECDに対して、1)世界規模での自由貿易が経済成長を促進するものであること、2)教育、訓練、再訓練に投資すること、3)幅広い構造改革に取り組み、適正な政策を打ち出すことを期待している。

ビジネス界は、アウトソーシングの議論を単純に国内から海外への仕事の移転という批判的意見に摩り替えてはいけない。政策討論は、内外の外国投資の限界という視点から考え直さなければならない。別の視点からいうと、今はまさに、経済成長を促進し、貿易を通じて企業に雇用創出の機会を与える政策を実施する時である。

アウトソーシングとオフショアが与える影響でまだ認識されていない部分が数多く残っていることを認識しなければならない。OECDの議論を通じて、BIACもさらに分析を進めていきたい。」と現状を冷静に分析し、対応を提言している。

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