「変革の時」:アロヨ大統領が示す10の課題と5つの改革案

カテゴリー:雇用・失業問題労使関係

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  • 国別労働トピック:2004年9月

5月10日の大統領選挙で続投が決まったアヨロ氏。6月30日の就任演説で、6年間の任期中の公約として、雇用創出、国庫の安定、インフラ整備などを掲げ、さらに議会の上下両院合同開会式の施策方針演説では、この「変革の時」を一致団結して乗り越えようと述べた。

アロヨ大統領が特に強調したのは、人口に見合った雇用の創出。「600万人以上、できれば1000万人以上の雇用を創出する」としている。過去5年間の失業率は10%前後で揺れ動き、厳しい雇用情勢が続くなか、「雇用の創出」は最も大きな課題である。

アロヨ大統領が、就任演説で掲げた課題は10項目。その内容と、各界の反応は以下のとおり。

10項目の課題

  • 6年で600万~1000万人の雇用創出
  • 全ての学齢期の子供が、学習に適した人数の教室で授業を受けられるよう学校設備の充実と、貧困家族を対象とした奨学金制度の導入
  • 適正な歳入の確保と支出による均衡財政の達成
  • 交通網の充実による地方分権
  • 全国のバランガイ(最小行政単位)への電力と水の供給
  • マニラ首都圏から、ルソン、ビザヤ、ミンダナオ各地域への人口分散
  • スービック、クラーク地域(米軍基地跡地)の、東南アジア地域における最も競争力のある国際輸送拠点としての開発
  • 選挙方法の完全な電算化
  • 和平交渉の解決
  • 政治勢力分裂の終結

各界の反応

  • フィリピン労働組合会議(TUCP)

    大統領の公約を支持することを表明。新政権の課題達成に向けて協力することを誓った。また、今後の更なる課題として、人口問題と汚職問題の2点を 強調。さらに、10項目の課題を達成するにあたり、TUCP主導の職業部隊が果たす役割及び雇用創出・雇用促進・社会的保護が実現可能な地域づくりを強調した。

  • 急進派労働団体「5月1日運動(KMU)」

    エルマー・ラボッグ会長は、「新政権の課題は、貧困労働者が長い間要求してきた賃金問題を放置し、労働者や貧困者にマイナスの影響を与える増税を掲げている」とし、「空約束が盛りこまれた古くて聞き飽きた嘘」と酷評した。

  • フィリピン使用者連盟(ECOP)

    選挙の無事終了を受け喜びの意とともに、「議会宣言により、不安材料が払拭され市場が肯定的に反応した」と表明。

  • フィリピン商工会議所(PCCI)

    大統領の公約を支持。アロヨ政権が示した10項目の課題の進捗状況を厳密に監視し、検査するために、各課題の達成方法をPCCIに示すよう求めた。また、議会による大統領と副大統領の選出発表を受けて、セルジオ・オーツ・ルイス会長は、「選挙戦が引き起こした分裂問題を忘れ、通常の生活に戻ること」を一般大衆に求めた。

  • フィリピン産業連盟(FPI)

    ヘスス・アランザ会長が、「10項目の課題は、実現可能と思われる」と表明。

  • 左翼

    共産党の創設者であるホセ・シソン氏は、「10項目の課題は、実に酷い嘘の羅列である」とし、この政策を指示しない旨を表明。

その後、政府は10項目の課題の推進方法の見直しを図り、アロヨ大統領は、7月26日の第13次議会の上下両院開会式で、「新たな方向性:国家刷新と変化の時代における国民最優先政策」と題する施策方針演説を行い、以下の5つの改革案を提示。先に掲げた10の課題を実現させるための改革要綱とした。

5つの改革案

  • 経済成長と雇用創出
  • 汚職撲滅
  • 社会主義と基本的物資の確立
  • 教育向上と若者への機会提供
  • エネルギーの自給

新政権が抱える問題のなかでも、雇用と財政赤字は、最重要問題とされる。過去3年間(2001年~2004年)において、雇用創出は年間78万7000人とかなりの規模であった(全調査は毎年4月に行われる労働力調査に基づく)。しかし、「雇用の質」では、偏りがみられる。2001年から2004年にかけての新規雇用は、卸売り・小売業及び修理業(24万3000人増)、ホテル・レストラン(4万5000人増)、運輸・倉庫・通信(8万4000人増)、不動産・ビジネスサービス(5万5000人増)、行政・防衛(7万4000人増)、家事従事者(10万1000人増)に集中している。質が低く、低賃金で、満足度が低く、インフォーマルな仕事とされるものが大半である。また、年間78万7000人の雇用創出に対して、新規求職者は年間96万3000人にものぼる。新政権が目標としている「年間100万人の新規雇用の創出」では、失業者数への影響はほとんどないとされる。

  労働人口 就業者 失業者 不完全就業者
2004年4月 3650万人 3150万人 499万人 583万人
2003年4月 3460万人 3040万人 422万人 473万人
2002年4月 3510万人 3020万人 487万人 592万人
2001年4月 3360万人 2920万人 446万人 409万人

こうした厳しい雇用情勢のなか、急速に成長しているコールセンター市場へ大きな期待が寄せられている。フィリピンは、優秀な人材、低コスト、改良が進む電気通信インフラ等、コールセンターとしての立地条件を充分に備えている。コールセンターの市場規模は、現在インドに次いで第2位。5~7年後にはロシア・アイルランド・イスラエル・中国と同様、アジア太平洋内における最大の市場となり、コールセンターサービスの世界的需要の50%を占めるとされる。現在、大都市マニラおよび他の主要都市内に60のコールセンターが設置され、3万5000人が従事しており、年間増加率は100%である。政府は2005年までに8万人の雇用を見込んでいる。

一方、財政赤字は深刻である。政府は、財政赤字削減のため、付加価値税(VAT)の2段階増税や石油製品への課税額引き上げ等、新税導入を目指しているが、議会が強く反発しており、簡単には実現しそうにない。また、社会経済企画長官のロムロ・ネリ氏によれば、経済成長率を年間5%以上確保するためには、公共投資ならびに民間投資を80億ドル増加する必要がある。そのためには、公共部門だけでなく、ナショナルパワー社をはじめとする国有企業の赤字問題に取り組み、経済的・政治的環境を改善しなければならない。しかし、「失業」という観点からすれば、4~5%の経済成長率では不十分であり、失業率を減少させるには、経済成長率の目標設定を7%にすべきという意見もある。

アロヨ大統領が示した10の課題と5つの改革案は、1年ごとの所信表明とは異なり、6年かけて実現を目指すものとなっている。6年という期間をかけて新政権は、失業、貧困、財政赤字、テロ対策等、山積する問題をいかにして解決し、アロヨ大統領が主張する「変革の時」を実現させるのか注目される。

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