2004年の賃上げ及び労働協約改訂交渉の妥結状況

カテゴリー:労使関係労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2004年8月

2004年6月末現在、従業員100人以上の企業5909社のうち、1770社で賃上げ及び労働協約改訂交渉が妥結した。平均賃上げ率は5.4%で2003年同期より1.3%下がった。そのうち、賃金の凍結・削減に合意したのは327社(300人未満の中小企業が84.7%)に上った。

2004年の賃上げ及び労働協約改訂交渉で目立つのは、金属労組、保健医療労組(主に大学病院)、タクシー労組などが本格的に産別交渉に乗りだし、各事業所支部が団結力を誇示するために一斉にストライキ(民主労総との連帯闘争)に入るほか、産別交渉が妥結した後もその合意内容に不服する事業所支部はストライキを続けてしまうなど、産別交渉体制への移行に伴い試行錯誤が続いていることである。

その一方で、民主労総系労組のうち最大規模を誇る現代自動車労組は、民主労総主導の連帯闘争とは別途に、早期妥結の方針を打ち出し、ストライキに入って5日ぶりという異例の早さで労使合意に達するなど、闘争一辺倒からの脱却を模索する動きもみられる。また、起亜自動車労組では、賃上げ及び労働協約改訂交渉で見出された暫定合意案の賛否を問う組合員投票で賃上げ案は可決されたが、労働協約改訂案は否決されてしまい、再交渉に入るなど、組合員の意思をより正確に反映させるための民主的手続きの試みが異例の展開を見せている。

そして、韓国労総系の金融労組は5月21日から産別交渉に入ったが、傘下の韓美銀行支部でシティーグループへの吸収合併に伴う労働条件の調整をめぐる労使紛争が6月下旬から7月上旬まで続き、それが終結するまで産別交渉は一時中断を余儀なくされた。緊急事態に対処するための事業所支部別交渉が業界の共同要求案をめぐる産別交渉に影を落とす格好となった。

以下、労組の要求案に社会的関心が寄せられていた自動車業界や銀行業界を中心に、7月中旬現在の賃上げ及び労働協約改訂交渉の妥結状況を詳しくみてみよう。

自動車業界における賃上げ及び労働協約改訂交渉の妥結状況

まず、現代自動車労組は5月11日に賃上げ交渉を開始し、6月25日には交渉の決裂を理由にストライキに入ったが、その間も交渉を続け、7月1日に14回目の交渉で合意に達した。同社は毎年労使紛争の長期化で1兆ウォン以上の生産・売上ロスを繰り返していたが、今回異例の速さで労使合意が成立し、ストによる生産ロスは2000億ウォン台に急減した。その決め手になったのは、同社労組の交渉戦術の転換である。つまり、労組側は従来のような闘争一辺倒から脱却し、ストに入ってからも速戦即決の構えで交渉に臨み、早期妥結を図るという異例の展開をみせたのである。今回の労使合意の主な内容は次の通りである。

第1に、7万5000ウォン(基本給基準で6.18%)の賃上げに定期昇給分1万ウォン、制度改革費用1万ウォンが加えられ、事実上賃上げ額は9万5000ウォンとなる。そのほか、成果給2カ月分(年末支給)、下半期の生産目標達成激励金の名目で1カ月分、品質及び生産性向上一時金の名目で100万ウォンなどが支給される。

第2に、非正規労働者の処遇改善策として、7万6000ウォンの賃上げ(正規労働者の賃上げ額の80%水準)のほかに、成果給2カ月分、下半期の生産性向上激励金の名目で1カ月分、品質及び生産性向上一時金の名目で60万ウォンが支給される。

第3に、初の争点であった社会貢献基金をめぐっては、産業発展と社会貢献に分けて、前者の産業発展については韓国自動車工業協会と金属労組が労使の代表となって産別労使協議会を常設し、非正規労働者の処遇改善、雇用の安定、空洞化防止及び雇用創出、人的資源開発、政府に対する政策提言など自動車産業全般に関わる案件を話し合う。そして後者の社会貢献については各社別にそれぞれの実情に合わせて「地域社会発展責務基金」を設け、地域社会への貢献策を講じる。

その他に、労組側が要求した勤務体制の変更や、経営側が提案した週休2日制関連条項の再調整などについては今後話し合いを続けることとなった。今回は現状維持の線で落ち着いたが、これらは長期的な観点から生産性向上に直結する案件であるだけに、労使間の駆け引きは今後激しさを増すことも予想される。

以上のように今回の賃上げ交渉は、経営側が労組側の要求を概ね受け入れるという点で従来のパターンとあまり変わりはないが、速戦即決の構えで臨んだ労組側の新たな試みに経営側が呼応する形で労使合意が早期に成立したという点で、労使関係のターニングポイントを示唆しているのかもしれない。

では、同社労組はなぜここにきて路線の転換を試みるようになったのだろうか。まず同社労組は「独占大企業労組の典型として国民経済への影響や社会的責任には見向きもせず、労組の独占的利益の追求のみに走っている」という批判の声がここにきて急速に高まり、大統領や社会各界などからも独占大企業労組の行きすぎが指摘されるなど、同社労組の慢性的な労使紛争体質に対する風当たりは急速に厳しさを増した。同社労組はこのような批判の声に耳を傾けざるを得なくなったと判断したのか、賃上げ要求案に社会的責任に関わる案件を盛り込むだけでなく、無用な闘争を避けるという交渉戦術の転換にも踏み切ったのである。

第2に「会社あっての労組」という企業内労組の限界として、自動車産業におけるグローバル競争の圧力からもこれ以上目を背けることはできなくなっているということも大きい。特に経営側がトヨタ自動車の経営及び労使関係をモデルケースとして挙げながら、労組側に対して経営上の危機意識の共有を働きかけてきたのが功を奏したのか、労組側もそれに抵抗するための名分を失いつつある現実をいや応無しに気付かされているのである。

第3に、民主労総を支持母体とする民主労働党が第3党として議会進出を果たし、民主労総の政治的な発言力も強まったたこともあって、民主労総も責任ある労働団体としての運動、つまり従来のような「場外での対政府闘争」から「場内での政策提言や企業内労組に対する支援など」にその軸足を移すことが期待されている。これは、現代自動車労組にとって「従来のように政治的活動の一環として民主労総主導の連帯闘争に参加し、無用な闘争を繰り返す」よりは、「民主労総の共同要求案を同労組の要求案に取りこみ、企業内労使交渉で完結させる」ことがここにきてその重要性を増していることを意味する。

以上のような要因は企業内労組の速戦即決路線が今後定着するかどうか、さらには前述のような新設予定の産別労使協議会が産別交渉体制に移行するかどうかを大きく左右することになるとみていい。

その一方、起亜自動車では7月7日に賃上げ及び労働協約改訂交渉で暫定合意案が見出された。その主な内容は次の通りである。第1に、賃上げ案として、7万5000ウォン(基本給基準で6.2%)の賃上げのほか、制度改革費用2万ウォン、成果給2カ月分、生産・販売目標達成激励金名目で1カ月分、IQS(初期品質指数)目標達成特別激励金名目で1カ月分、品質及び生産性向上激励金名目で100万ウォンなどが加えられる。

第2に、非正規労働者の処遇改善策として、会社と直接雇用契約を結んだ生産部門契約職の正規職への切り替えのほか、7万6000ウォンの賃上げに成果給と目標達成激励金合わせて4カ月分、品質及び生産性向上激励金名目で60万ウォンなどが加えられる。

第3に、労使同数の懲戒委員会設置をめぐっては、懲戒の事由が組合活動によるものに限って懲戒委員会の開催前に設けられる事実調査委員会を労使同数にする。

その他に、海外工場への投資決定の際の労組との合意や、ヨーロッパ及び中国の現地工場における雇用保障なども盛り込まれた。

しかし、この暫定合意案の賛否を問う組合員投票で賃上げ案(73.2%)は可決されたが、労働協約改訂案(48.7%)は否決され、振り出しに戻ってしまった。2000年に組合員の意思をより正確に反映させるという趣旨で、賃上げ案と労働協約改訂案を別々に組合員投票にかけることが決まったが、今回初めて労働協約改訂案だけが否決され、再交渉を余儀なくされたのである。7月14日に再び労働協約改訂の暫定合意案が見出され、16日の組合員投票でようやく可決された(66.4%)。新たに成立した暫定合意案には次のような項目が追加された。

1.外来診療費の支援拡大、2.正月・盆休みの土産代引き上げ(20万から30万ウォンへ)、3.夏休みの休暇費や正月・盆休みの帰郷交通費など100万ウォンを平均賃金(退職金算定の基準)に算入する、4.早速労使協議会を開いて、懲戒関連の事実調査委員会の細分運営規定を定める。

最初の労働協約改訂暫定案が否決された背景には、労組側が当初要求していた経営参加関連の案件が抜けたのが大きいといわれたが、実際に再投票で可決された新たな暫定合意案の中身をみると、経営参加関連の案件は全く触れられず、福利厚生費の引き上げだけが目立った。要するに、賃上げ案と労働協約改訂案を別々に組合員投票にかける方式は、組合員の意思をより正確に反映させるという点では民主的手続きとしての意義は大きいが、経営側にとっては交渉権をもつ労組執行部と最終決定権を有する一般組合員を相手に二段構えで交渉に臨むことを強いられるという点で、労使交渉における不確実性のコストが一段と高くなるということである。

銀行業界における賃上げ及び労働協約改訂交渉の妥結状況

韓国労総系の金融労組は4月29日に2004年の賃上げ及び労働協約改訂交渉要求案を経営側に提示し、5月21日から産別交渉に入った。同要求案には10.7%の賃上げ案のほかに、次のような利益配分や経営参加、定年延長関連案件などが盛り込まれている。1.引当金積立後の利益の10%配分、そのうち5%は株式で従業員に配当し、残りの5%は当該年度の成果給として支給する。2.従業員持ち株制度の導入を義務付ける。3.労使同数の役員評価委員会を設置する。4.労組に社外取締役及び監事を1人ずつ推薦する権限を与える。5.定年を現行の58歳から61歳に延長する。

その一方で、6月下旬に入って金融労組傘下の韓美銀行支部(資産規模で都市銀行8行のうち7位)でシティーグループへの吸収合併をめぐって労使紛争が発生した。同銀行支部は1.雇用保障(非正規職も含めて)、2.シティーグループ側の韓美銀行上場廃止案の撤回と同銀行名の維持、3.合併に伴う特別補償及び慰労金の名目で賃金3年間分の保証、4.「事務職群制度(正規職なのに単純業務に従事することを理由に賃金及び人事の面で差別される職種)」の全面廃止などを要求し、6月25日にストに突入したのである。そのため、金融労組は同銀行支部に対する支援に回り、6月29日には産別交渉の決裂を理由に中労委に争議調停申請を出すなど、連帯闘争の構えをみせた。

これに対して、同銀行の経営側は「賃上げ案以外の案件は株主利益や経営権に関するもので交渉の対象ではない」という方針を堅持したため、労使交渉は平行線を辿るままであった。労使紛争が予想以上に長引く兆しをみせるなか、経営側が6月30日に本店を不法占拠した金融労組執行部に対して業務妨害の疑いで告訴し、攻勢の口火を切った。これを受けて、労組側はストの場所を韓国労総の研修センターに移し、長期戦の構えをみせるとともに、金融監督院長と同銀行頭取を不当労働行為の疑いで告訴するなど、労使の攻防は悪化の一途を辿った。これに対して、政府は公権力の投入に踏み切る可能性が高いと警告し、労使にプレッシャーをかける場面もみられた。

最終的には7月12日に同銀行頭取と韓国労総委員長(前金融労組委員長)の談判で妥結の糸口が見出され、ストは18日ぶりに終結を迎えた。次のような暫定合意案は組合員投票で74.8%の賛成で可決された。第1に、賃上げ案と非正規労働者の雇用保障については産別交渉の結果を踏まえて再び話し合う。第2に、銀行の上場廃止案は予定通り実施するが、営業利益の過度な海外送金は行わないことを約束する。また合併後の銀行名変更については労組と誠実に協議する。第3に、「事務職群制度」を3年かけて段階的に廃止し、現行の「差等昇給制度」を「定期昇給制度」に変える。第4に、合併に伴う特別補償及び慰労金の名目で基本給の4カ月分を支給する。

今回は世界最大金融グループであるシティーグループが韓国の都市銀行を吸収合併するにあたって、労組の抵抗に遭い、労使紛争が予想以上に長引いたため、その行方に国内外から高い関心が寄せられていた。前述のように一部の争点については産別交渉を踏まえて再交渉に入ることになっており、不確実性が完全に解消されたとはいえない。ただ、次のように案件別に労使間の妥協が成立し、概ね経営側の方針通りに合併作業が進められる傾向にあると評価する向きが多い。例えば株主利益や経営権をめぐっては経営側が当初の方針を貫き、雇用や労働条件をめぐっては労組側が当初の要求案をおおよそ勝ち取るという具合である。このように同銀行における労使紛争が一段落したのを受けて、金融労組は早速産別交渉を再開することを明らかにしている。

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