自動車産業における2004年の賃上げ及び労働協約改訂交渉の本格化
4月15日の総選挙の結果、少数与党が第1党への大躍進を遂げ、弾劾訴追案の可決で職務停止中の盧武鉉大統領も再び国民の信任を得る格好となった(5月14日弾劾訴追案は棄却され、職務に復帰)ほか、民主労総を指示基盤とする民主労働党も結党以来、初めて10議席を確保し、第3党に踊り出た。これで、盧武鉉政権の改革路線に勢いがつくのは間違いないが、労働部門でとりわけ社会統合に向けての階層別格差是正の取り組み(法制化)をめぐっては、早くも民主労働党(与党の若手進歩派も含めて)が進歩的政策に固執し、保守勢力の強い反発を招くという展開になれば、保革対立の狭間で盧武鉉政権の改革路線も足留めをくらう恐れがあると警戒する声が上がり、政局の行方に関心が高まっている。
その一方、民主労総系企業内労組の間では2004年の賃上げ及び労働協約改訂交渉の際に、民主労働党との連帯戦術を全面に出し、経営側への圧力を強めようとする動きが目立つ。とりわけ金属労連傘下の自動車メーカー労組の間でその動きが顕著である。これとは対照的に、同じ金属労連傘下の統一重工業労組は初めてストライキに入ることなく、「賃金凍結と整理解雇禁止」を柱とする労使合意にこぎ着け、慢性的な労使紛争の体質からの脱却を示唆している。
以下、5月下旬現在社会的な関心が高まっている自動車産業を中心に賃上げ及び労働協約改訂交渉をめぐる動きを詳しく追ってみよう。
企業の社会的責任を求める共同要求案
自動車業界における賃上げ及び労働協約改訂交渉でまず注目されるのは、企業内労組が各社別労使交渉とは別途に業界の共同要求案をまとめ、産別協議を求める動きである。現代・起亜・GM大宇・双竜自動車などの4社労組は3月22日に次のような共同要求案を提示し、まずは労使懇談会を開くよう求めていた。1.非正規労働者問題の解決や自動車産業の発展などのための社会貢献基金(純利益の5%寄付)の設立、2.社内下請け労働者の処遇改善(正規職賃金の80%保証)、3.自動車産業の発展及び雇用問題を話し合うための労使共同機構の設置など。労組側には、「自動車産業は雇用や産業連関効果の面で国民経済や社会に与える影響がかなり大きいだけに、それに見合った社会的責任を果すべきである点」を先んじて訴えることで、経営側に圧力をかけるのみでなく、社会世論にもアピールし、大企業労組の独占的利益志向への批判(盧武鉉政権はその先鋒)をかわす狙いも見え隠れする。これに対して、経営側は難色を示し、社会世論もあまり関心を寄せなかったため、しばらく小康状態が続いた。
5月19日に4社労組は再び当初の要求案に次のように一部修正を加え、金属労連と自動車工業協会との産別協議の場を新たに設けることを提案した。今回の要求案には「組合員も成果給の一部を寄付するほか、基金は金属労連と自動車工業協会が共同管理し、非正規労働者問題の解決、自動車産業の発展、請負労働者との賃金格差解消、社会的弱者向けの社会福祉活動などに使う案など」、社会世論を味方につけることができるよう、より現実的な案が盛り込まれた。その他に日韓自由貿易協定(FTA)の締結や国内需要不振などへの対応のように政府や業界団体との協議が必要な案件も新たに付け加えられた。
それに、今回は労使交渉を取り巻く環境もどちらかというと労組側に有利な様相を呈しており、経営側への圧力が強まるのは必至である。現に労働大臣は「労組側の新たな提案を前向きに受け止めるべきである」と公言しているうえ、与党や民主労働党の躍進で政治情勢も労働側にとって追い風になることが予想されている。労組側はこれらを後ろ盾に、賃上げ及び労協約改訂交渉が本格化する時期に合わせて、民主労総系金属労連との連帯闘争で一気に攻勢を強める構えをみせている。
これに対して、経営側は「利益の配分方法は経営陣や株主の判断(経営権)に委ねられるべき事項であり、労使交渉の対象ではない」、「事業所別に経営事情が違うので、基金への画一的な寄付は現実的にかなり難しい」と、強い拒否反応を示している。ただし、労組側の共同要求案は各社別の賃上げ及び労働協約改訂要求案にも盛り込まれているため、経営側は産別協議には応じなくても、各社別交渉では何らかの答えを出さざるを得ないなど、厳しい選択を迫れている。
経営参加要求案
もう一つ、各社別の賃上げ及び労働協約改訂交渉で主な争点として急浮上しているのは経営参加である。経営参加をめぐっては現代自動車労使が2003年の交渉で「新技術の導入・車種の開発及び投入・工場の移転・事業部の分離譲渡など」を決定する際に労使協議を義務付けることで合意したため、財界に衝撃が走ったのは記憶に新しい。
2004年に入っては、現代自動車グループの一員である起亜自動車労組に続いて、ワークアウト中(債権銀行団の管理下で経営再建中)の双竜自動車労組も経営参加関連案件を「2004年の賃上げ及び労働協約改訂要求案」に盛り込むなど、経営参加を勝ち取るための労組側の攻勢が広がりを見せている。これは、金属労連がまとめた「海外工場の設立等資本移動に対する労使共同決定」のガイドラインに添った試みである。
まず、起亜自動車労組の経営参加案には現代自動車で合意された経営参加案より一歩進んだ項目が盛り込まれている。第1に、労使同数の懲戒委員会を設置する(5人以上ずつの労使同数で構成、出席委員過半数の賛成<解雇及び退職勧告の場合、3分の2の賛成>で可決とし、可否同数の場合は否決とする)。これは、1997年の経営危機の際に経営再建の主な障害要因と指摘され、廃止されていたものであるだけに、労組の復権を象徴する意味合いが大きい。第2に、経営の透明性向上のために労組代表の取締役会への出席と労組による社外取締役1人の選任を保証する。第3に、国内外の他法人への投資や自社株の消却などの資本移動が発生した場合と海外での工場設立の際には計画の段階から労組との合意を義務付けることなど。
次に、双竜自動車労組は賃上げ及び労働協約改訂要求案とは別途に「海外工場の設立及び合弁に伴う資本移動に対する特別要求案」の形でさらに広い範囲にわたっての経営参加を要求している。第1に、海外工場の設立及び合弁・アウトソーシング・新車種の投入などの経営戦略関連案件を取り扱う会議及び取締役会を開催する際に労組に事前通知し、労組代表及び労組推薦の専門家の意見を収斂する手続きを義務付ける。これを無視し、決定した投資で経済的損失が発生した場合、取締役全員は退任するという「責任経営制」を導入する。
第2に、労組に「経営戦略関情報を共有し、提案する」権限のほかに労組役員6人及び労組推薦の専門家1人の取締役会への出席を保証する。
第3に、海外経営戦略委員会(労使5人ずつで構成)を設置し、海外投資の経済的妥当性調査・投資金額の決定・海外工場の経営管理などの経営関連事項を議論し、決定する。
第4に、毎年工場の稼働率を80%以上維持できるよう国内総生産台数を確保し、もしそれを下回る場合は労組に90日前に通知し、合意を得る。また工場を新設する際にその立地・規模を12ヶ月前に労組に通知し、合意を得る。新設工場では正規職を採用し、投入車種・生産台数は労使合意を経て決定する。
第5に、海外工場の設立及び合弁関連事項について労組が資料を要請した場合、10日以内に閲覧を保証する。海外工場の生産車種は労使の合意を経て決定する。労組推薦の専門家による海外工場実態調査(年2回)を保証する。海外工場で労組が結成される場合、国内工場労組との交流に協力する。
労組側は今回の要求案の狙いについて「外国企業への売却に反対しているののではない。資金の回収を優先するあまり拙速な売却に走るのを防ぎ、雇用の安定と会社の長期ビジョンを確保するためである」と述べており、売却に伴う雇用不安に備えて先手を打つという思いが大きいようである。つまり、同社は債権銀行団の管理下で経営再建に取り組んでおり、今のところ外国企業への売却が最も有力な選択肢である。それだけに、労組側としては「売却が避けられないとすれば、それに伴う工場のリストラや雇用調整への対応策を備えておく必要がある」。それに、「売却交渉の際に雇用保証及び国内生産台数の維持などが約束されても、それが最後まで完全に守られるという保証はない」という不信感が根強いこともあって、より確実な道として「経営戦略決定の場への参加」を選んだということである。
これに対して、経営側は「売却に関しては経営側に権限がないうえ、経営参加案も債権銀行団との協議を経ずに独断で受け入れることはできない」との立ちをとっている。そして実質的な権限をもつ債権銀行団は「売却交渉の過程で必要があれば、労組との話し合いには応じるが、売却に関連して労組との合意や経営参加の要求を受け入れるのは難しい」ことを明言している。
外国企業への売却をめぐっては、2003年末から進められていた中国企業への売却交渉が3月に打ち切られ、振り出しに戻ったところである。労組側の経営参加案は経営再建策の目玉である外国企業への売却計画と深く関わっているだけに、狙い通り雇用保証を勝ち取る道になるか、それとも経営再建そのものをさらにこじらせてしまうかは、売却交渉の行方に大きくかかっている。
勤務体制の変更要求案
最後に、現代自動車では2004年は賃上げ交渉のみが行われることになっているが、新たな争点として勤務体制の変更が急浮上している。まず労組側は「賃金12万7171ウオン(基本給基準で10.48%)の引き上げと成果給(当期純利益の30%)などの賃上げ案」とは別途に、特別要求案の形で業界の共同要求案にも盛り込まれる「社会貢献基金づくり、非正規労働者の処遇改善」のほかに「深夜勤務制の廃止」を要求している。反面、経営側は「2003年9月から実施されている“週休2日制”を改正労基法の趣旨に合わせて再調整するために協議する」ことを提案している。
労組側の要求案のうち、深夜勤務制の廃止案は労働時間を短縮する方向で勤務制度の変更を目指すものである。つまり、労組側は「高齢化や長時間労働に伴い、労災事故などが増える実態を改善し、雇用創出効果を上げるために、現行の昼夜2交代制を昼間連続2交代制に組替え、深夜0時から4時までの勤務を廃止する」ことを求めているのである。これに対して、経営側は「勤務時間の短縮につながるため、現在の生産性を維持するためには設備の追加や要員の補充による交代組の再編成などが必要になる」と、難色を示している。
反面、経営側が要求する週休2日制の再調整案には有給休暇の調整と生産性維持のための勤務体制の変更案が盛り込まれている。1.現行12日の月次有給休暇を廃止し、年次休暇を現行の「10日―44日(勤続1年当たり1日)」から「15日―25日(勤続2年当たり1日)」へと調整する。2.生理有給休暇を無給とする、3.土曜日の昼間特別勤務に対する時間外手当の割増率を現行の150%から50%へと引き下げる。4.労働時間の短縮に伴う生産性低下への対応策として工場別ライン編成効率を20%引き上げるほか、休日にも昼夜2交代制の特別勤務を実施するなど、時間当たり生産台数の調整に取り組む。今回の経営側の提案は労働協約の週休2日制関連条項に基づいたものである。つまり、2003年の労使交渉で労働条件の削減のない週休2日制の導入に合意した際に、「生産性向上に労使共に努力する」という条件のほかに、関連法の改正の際には別途の補充交渉を経ない限り、労働協約の関連条項を改正することはできない」という条件もつけられていたのである。これに対して、労組側は「すでに合意した勤務体制を改悪し、労働環境を悪化させる措置である」と反発し、撤回を求めている。
このように、週休2日制のための改正労基法が7月から施行されることを前に、早くも労使交渉における主な争点は労働時間の短縮に伴う労働条件の調整にとどまらず、勤務体制の変更にまで及んでいる。
2004年6月 韓国の記事一覧
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