EU加盟と漁業への影響
今年5月、中東欧を中心とする10か国(キプロス、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、マルタ、ポーランド、スロバキア及びスロベニア)がEUに加盟した。これによりEUの人口・領域は約2割増しになったが、拡大したのは陸地だけではない。新規加盟国のうちチェコ、ハンガリー及びスロバキアを除く7か国は海に面している。このためEU加盟国のうち沿岸の国は13から20に増え、EU水域はバルト海ほぼ全域をカバーし、地中海にまで及ぶこととなった。
資料出所:NNA POWER EU より転載
EUは漁業を雇用及び食料の重要な供給源と位置づけ、加盟国の漁業・養殖業について共通漁業政策(CFP:Common Fishing Policy)という基本的ルールを定めている。その目的は将来にわたる漁業の長期的存続を確保するため、水産資源の保護を柱とする漁業管理を行うことにある。またCFPの枠組みでは、漁業指導基金(FIFG)による加盟国への財政支援も行われる。これは漁業・養殖業のみならず、それらの製品の加工・販売も支援対象となっている。
今回のEU新規加盟国は今後このCFPの規制を受けると同時に、財政支援としてFIFGに計上されている総額約272百万ユーロ(2006年まで)の配分を受けることになる。漁業製品のEU市場はまもなく450百万規模に達するという。東欧諸国の漁業、関連産業及びその雇用動向は、今回のEU加盟で大きく影響を受けることになる。
共通漁業政策(CFP)の枠組み
CFPの基礎となっているのは、以下のような項目である(EU資料より)。
- 魚群の保護
EU水域では科学者のアドバイスに基づき、毎年の総許容捕獲量(TACs)が合意される。加盟国は自国の漁業船舶にTACsを割り当て、尊重させる責任がある。また若魚や産卵中の成魚の捕獲を防ぎ、海洋環境への影響を最小限に抑えるため、漁業索具の特殊化や特定地域へのアクセス規制についてのルールを設定する。
- EU水域外での漁業
EU水域のみならず域外でも過剰漁業を防止し、また加盟国による漁業が可能となるよう、アフリカ、インド洋、大西洋諸国及び北欧諸国と漁業協定の交渉を行う。EUは公海での漁業ルールを定める地域漁業組織の会員となる。また、不法漁業への対抗に関して国際レベルでの指導的役割を担う。
- 財政支援
EUの漁業・養殖業部門は加盟国への財政支援のため、漁業指導基金(FIFG)という専門の構造基金を持つ。その支援対象となるのは、利用可能な魚資源に合わせた船団能力の削減、漁港施設や養殖・加工設備のアップグレード、水産製品のマーケティング措置等である。
- 施行
加盟国は自国の水域・領土及び自国の船団の全ての操業場所において、CPFの全措置が施行されることを保証する責任がある。欧州委員会(注1)は加盟国の活動を監視する。各漁業者に対しても、捕獲から販売、移送及び水産加工までの漁業活動にCFP措置が適用される。
CFPは2002年に改定され、2003年から施行されている。改定の目的は「生物学的、環境的及び経済的に継続可能な漁業」を目指すことにある。長期的な漁業管理戦略、利害関係者のCFPへの関与の強化、CFPルールの徹底のための監査機関の設置等が盛り込まれている。今回のEUの東方拡大は、その施行後間もない中で行われた。
東欧諸国とCFP
新規加盟国に対するFIFGからの財政支援は、2004年5月から2006年12月末までの総額で2億7200万ユーロを上回る見込みである。支援を受けられる措置としては、漁業・養殖業及びそれらの製品の加工・販売までがカバーされている(具体的には船舶の再構築、港湾施設の近代化、養殖部門でのより環境に配慮した技術の開発、漁業製品の品質・衛生条件の改善、販売促進及び内陸漁業の改善など)。
加盟国 | 金額 |
キプロス | 3.41 |
チェコ | 7.25 |
エストニア | 12.46 |
ハンガリー | 4.38 |
ラトビア | 24.33 |
リトアニア | 12.11 |
マルタ | 2.83 |
ポーランド | 201.83 |
スロバキア | 1.82 |
スロベニア | 1.78 |
- 単位:100万ユーロ
- 資料出所:EUROPA. European Fisheries and enlargement.
バルト海では、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランドのEU加盟により、ロシア連邦を除く全ての沿岸諸国が加盟国となった。最近、加盟国の漁業担当大臣は漁業管理に関する地域協議会(Regional Consultative Council: RCC)の設置に合意した。予定される7地域の1つはバルト海である。この合意はRCCに対する欧州委員会の財政支援等、いくつかの問題が解決された後に満場一致で得られたという(5月24日ブリュッセル発)。
養殖業に期待される雇用創出
魚資源の減少を相殺する手段の一つとして、とりわけ大きな期待を担っているのが養殖業である。雇用創出の観点からも、失業率が高い地域や観光、季節的漁業に依存しているために雇用の変動が大きい地域で、養殖業は新たな雇用を産みだす可能性がある。しかしこれまでのところEUの養殖業は、他の地域と比べてその成長が鈍いという。
新たに加盟した東欧各国の漁業生産高をみると(次表)、養殖業の生産高は数値としては小さいものの、いずれも増加傾向にある。EU共通ルールの適用や財政支援によって、今後これらはどう変化していくのか。
国 | 品目 | 漁獲量 | 養殖量 | ||
2000年 | 1998年 | 2000年 | 1998年 | ||
チェコ共和国 | さけ・ます類 | 127 | 132 | 867 | 759 |
ハンガリー | さけ・ます類 | - | - | 24 | 9 |
ポーランド | さけ・ます類 | 1198 | 754 | 11445 | 9044 |
たら類 | 58272 | 117204 | - | - | |
にしん・いわし類 | 108840 | 80963 | - | - | |
えび類 | 1732 | 691 | - | - | |
スロバキア | さけ・ます類 | 836 | 77 | 767 | 538 |
スロベニア | さけ・ます類 | 37 | 40 | 879 | 623 |
たら類 | 16 | 15 | - | - | |
にしん・いわし類 | 1514 | 1839 | - | - |
EU15か国 | さけ・ます類 | 29491 | 26228 | 373675 | 362828 |
たら類 | 973699 | 1079683 | - | - | |
にしん・いわし類 | 1602043 | 1868248 | - | - | |
かつお・まぐろ類 | 420385 | 424896 | 3682 | 1959 | |
えび類 | 139574 | 169065 | 163 | 237 | |
かに類 | 50204 | 51807 | - | - | |
藻類 | 123874 | 120040 | 3020 | 3060 |
- 単位:MT
- 出典:FAO. Fishstat Plus: Aquaculture production 1970-2000.
- 資料出所:農林水産省「水産物国別生産統計」
注
- 欧州委員会(European Commission)は、EUの政策を立案し理事会に提案するとともに、理事会の決定に基づき共同市場の運営を行う等、EUの行政機関としての役割を果たしている。
参考資料
- EUROPA. European Fisheries and enlargement.
- EUROPA. Activities of the European Union: Fisheries.
- AGENCE EUROPE. Bulletin Quotidien Europe No.8711
- 農林水産省水産物国別生産統計
関連情報
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