非正規労働者関連法案の立法予告と労使の対応

カテゴリー:非正規雇用労働法・働くルール労使関係

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  • 国別労働トピック:2004年10月

最大の政策課題である非正規労働者対策をめぐって、韓国政府は9月8日、「期間制(期間の定めのある雇用契約を結ぶ)及び短時間(パートタイム)労働者保護等に関する法案」と「派遣労働者保護等に関する法律改正案」を確定し、今国会に提出することを明らかにした。政府がここにきて法制化を急ぐ背景には、労使間の合意はこれ以上期待できないうえ、各党は4月の総選挙で非正規労働者保護立法を公約に掲げ、すでに民主労働党や一部の野党ハンナラ党議員の間では議員立法の動きが相次いだため、労使の反対を押し切ってでも政府提案立法に踏み切るしかないとの判断が働いたようである。

これに対して、民主労総と韓国労総は非正規労働者関連法案に対する反対だけでなく、公務員の労働3権保障や日韓自由貿易協定締結阻止なども掲げ、民主労働党との連帯闘争態勢で政府に対する攻勢を強めていく構えをみせている。なかでも民主労総の動きに注目が集まっている。同労総は2004年上半期の賃上げ及び労働協約改訂交渉で「非正規労働者の処遇改善や労働条件の削減のない週休2日制の導入など」の共同要求を勝ち取るため、産別や企業別労組との連帯闘争で経営側に対する圧力を強めたが、経営側及び政府の強硬な対応や世論の厳しい批判を前にその戦術は相次いで失敗に終わった。そのため、運動路線をめぐって現執行部の穏健派と強硬派の間で対立が表面化し、それに政府与党が強く望んでいた労使政委員会への参加についても強硬派の反対でその決定は2005年1月まで引き伸ばされるなど、足並みの乱れもみられる。今回の対政府闘争は上記のような争点への対応もさることながら、組織の結束を図る好機とみる向きも多いといわれる。それだけに、労政対立が法案の行方に影を落とすのは必至の情勢である。

非正規労働者関連法案の主な内容

まず、政府の非正規労働者関連法案が確定するまでの経緯を追ってみよう。2000年に入って非正規労働者の急増や労働条件の格差拡大に対する社会的な関心が高まり、労働界が非正規労働者保護のための法制化を強く求めたのがきっかけとなり、2001年7月に労使政委員会に「非正規労働者対策特別委員会」が設けられた。その後同特別委員会では2年間労使の関係者からの意見聴取、専門家・学者などによる討論会、実態調査などを踏まえながら、話し合いが重ねられたが、最後まで労使間の合意は得られず、公益委員側の案に労使の立場を併記したものが最終案として2003年7月に政府に引き渡された。

これを受けて、政府は同年11月に非正規労働者関連法案を作成した後、2004年3月から関係省庁間の実務協議や経済関係大臣懇談会などを経て、9月8日に総理主宰の政策調整会議でようやく政府案を確定したのである。

今回の政府案は、まず労働市場の柔軟性という時代の流れに逆らうことはできないなかで、社会統合の観点からいかに非正規労働者につきまとう労働関係の不確実性を取り除くかという問題意識から出発している。基本的に非正規労働者に対する差別禁止を軸に据え、それを通じて非正規労働者の保護を実現するとともに、企業に対して人件費削減ではなく雇用管理の柔軟性向上のために非正規労働者の雇用を拡大するよう誘導するところに主な狙いがある。具体的には非正規労働者に対する差別禁止及び是正手続きや乱用規制などの保護措置を新たに盛り込みながら、非正規労働者を「期間制及び短時間労働者」と「派遣労働者」に大きく分け、前者に対しては新たに規制を設ける一方で、後者に対しては既存の規制を緩和し、雇用の拡大を促すなど、労使双方への配慮が施されている。

では、前者の「期間制及び短時間労働者保護等に関する法案」には具体的にどのような規制が盛り込まれているのか。まず目を引くのは差別禁止及びその是正措置である。1.労働条件などにおいて合理的な理由のない差別的処遇を禁止し、不合理な差別的処遇が発生した場合は労働委員会を通して是正できるよう手続きを設ける。2.是正手続きに沿って労働委員会で調停が成立した場合は裁判上の和解と同様な効力が与えられ、是正命令を履行しない場合は1億ウォン(注1)以下の罰金を科する。

第2は、期間制労働者の乱用に対する規制措置である。期間の定めのある雇用契約を繰り返し更新することで解雇規制措置を避ける慣行に歯止めをかけるために、1.同労働者の雇用期間を3年に制限し、3年以上続けて雇用する場合は、正当な理由もなく契約期間満了のみを理由に雇用を打ち切ることを禁止する。ただし、期限付き事業、プロジェクトの完成、欠員や学業・職業訓練中の労働者の代替など合理的な事由があれば3年を過ぎても引き続き同労働者の雇用を認める。2.同労働者の雇用が認められる期間の範囲内で契約期間を自由に設定できるよう労基法上の労働契約期間(1年)の規定を廃止する。

第3は、短時間労働者の超過労働に対する規制措置である。同労働者の超過労働を法定労働時間内であっても週12時間までに制限し、使用者が不当に超過労働を指示した場合はそれを拒否する権利があることを明記する。

第4は、賃金、労働契約期間、労働時間などの重要な労働条件については書面にて明示することを義務付ける。

同法案の施行時期は2006年からで、300人未満の中小企業に限って差別及び是正措置関連条項の適用を2007年からとする。

次に、後者の「派遣労働者保護等に関する法律改正案」には上記のような「期間制及び短時間労働者関連法案」と同様に差別禁止及び是正手続き関連条項が新たに盛り込まれている。とともに、不法派遣に対する罰則及び規制は強化される一方で、合法的な派遣労働の使用拡大を誘導する方向で規制の緩和が図られている。第1は、派遣期間の延長と休止期間の新設である。1.派遣期間を「期間制労働者」の雇用期間と同様に現行の最長2年から最長3年に延長する。ただし、50歳以上の高齢者に対しては労働市場からの非自発的な退出を防ぐために派遣期間に制限を設けない。2.同一業務に派遣労働者を繰り返し入れかえる方法で常時派遣労働者を使用することを制限するために3年の派遣期間満了後3カ月の休止期間を設け、同期間中の派遣労働者の新たな使用を禁止する。

第2は、不法派遣に対する罰則及び規制の強化。1.派遣先事業者に対する罰則(1年以下の懲役・1000万ウォンの罰金)を強化し、派遣元事業者と同様に3年以下の懲役・2000万ウォン以下の罰金とする。

第3は、直接雇用の見なし規定を義務規定に改訂。1.「3年以上派遣労働者を使用した場合、直接雇用したものとみなす」という現行の規定を「直接雇用を義務付ける」方式へと緩和し、同規定を不法派遣にも適用する。2.派遣労働禁止業務に派遣労働者を従事させた場合は直ちに直接雇用に切り替えることを義務付ける。3.直接雇用に切り替える際に派遣先事業者が順守すべき労働条件を明記する。例えば、当該事業所に派遣労働者と同種の業務に従事する労働者がいる場合はその労働者に適用される労働条件(労働協約や就業規則)、その労働者がいない場合は当該派遣労働者の既存の労働条件を低下させてはならない。

第4は、派遣対象業務の拡大。現行のポジティブ方式(26の業務)をネガティブ方式に改訂する。ただし、製造業の生産ライン業務に対しては「一時的使用に限る」とする現行規定を維持する。

法案の影響と労使の対応

上記のような政府案が期待通り非正規労働者の保護のみでなく、労働市場の柔軟性向上を通じての雇用創出も実現することができるかどうかは、企業がどのような行動をとるかに大きくかかっている。

まず、労働部が非正規労働者関連法案の雇用への影響について調査したところによると、非正規労働者の雇用に対する規制が強化される場合、「非正規労働者の雇用を減らす」と答えたのは48.8%、「引き続き活用する」と答えたのは44.4%をそれぞれ占めている。「減らす」と答えた企業の対策をみると、正規労働者の増員が43.7%、派遣労働者増員6.6%、社内請負への切り替え38.3%、雇用規模の縮小33.5%となっている。そして「引き続き活用する」理由をみると、「正規労働者より利点が多いため」が23.7%、「正規への置き換えが難しい」63.2%、「規制強化に備えているため追加負担はない」17.8%となっている。もう一つ、派遣労働については、「対象業務の拡大が要員管理に役立つ」と答えたのは54.7%に上り、「役に立たない」と答えたのは30.1%にとどまった。

次に韓国経総が会員企業151社を対象に調べたところによると、政府案が成立・施行される場合、「非正規労働者の雇用を削減する」と答えたのは23.1%、「社内請負・アウトソーシングに切り替える」27.3%、「正規労働者に置きかえる」11.6%となっている。そして期間制労働者の雇用期間3年が過ぎた時点で、「正規労働者に切り替える」と答えたのは20.7%にとどまり、「期間制労働者を新規採用する」と答えたのは53.7%に上った。

このように政府案は企業に対して人件費の追加負担や要員管理上の制約(雇用期間上の規制))をもたらし、雇用創出より雇用削減を招く恐れがある。そのため、政府は企業向けに「正規職の賃上げ抑制、正規職と非正規職の業務内容の明確な区分け、職務・成果に基づく賃金制度・賃金ピーク制度の導入など」を促すとともに、非正規労働者の雇用が相対的に多い中小企業向けに負担軽減のための助成策を講じることにしている。

しかしながら、非正規労働者対策の成否は、つまるところ雇用保障及び労働条件における正規労働者との格差の是正如何に大きく左右されるといっても過言ではない。「正規労働者の厳しい雇用保護及び高い労働条件」と「非正規労働者の緩い雇用保護及び低い労働条件」は1990年代以降の労使関係と企業の防御的行動によって必然的に生み出されたものである。つまり、強い団結力を誇る労組側が独占利益志向を貫き、正規労働者の雇用保護及び労働条件の引上げを勝ち取ればとるほど、経営側はそれによる人件費上昇及び雇用管理上の硬直性を避けるために、自動化投資や海外移転のほかに正規労働者から非正規労働者へと雇用の軸足を移し、雇用形態の多様化に走らざるをえなくなったが、通貨危機後景気変動に伴う経営状況の急変を経験したのを機にその流れに勢いがついたのである。関連法制に基づく厳しい規制もさることながら、それ以上に労使間の力関係や既得権死守の慣行が正規労働者と非正規労働者との格差をさらに拡大させてきた側面が強いのも否めない。

このような背景に加えて、盧武鉉政権が社会統合の観点から雇用形態別雇用及び労働条件の格差是正を最大の政策課題に掲げていることもあって、正規労働者中心の大企業労組の独占利益志向に対する風当たりは一気に強まり、労働界では賃上げ及び労働協約改訂交渉で非正規労働者の処遇改善を要求する動きが急速に広がっている。

しかし、労働界はあくまで正規労働者の雇用及び労働条件には手をつけず、非正規労働者の規模縮小及ぶ差別解消のみを図るよう要求している。民主労働党の次のような議員立法案はまさにそのスタンスを反映したものである。1.雇用形態を理由とする差別を禁止する。同一価値労働同一賃金の原則を明記し、違反した場合の罰則条項を設ける。2.期間制労働者は合理的な事由(出産・疾病・季節的事業など)がある場合に限って最長1年間認める。短時間労働者の労働時間を所定労働時間の70%以内に制限し、所定労働時間を超過した場合は割増賃金を支給する。3.派遣労働者保護法を廃止し、請負業と労働者供給業の区分け基準を明確に定め、不法請負の場合は直接雇用とみなす。4.労働者及び使用者の概念を拡大し、「特殊形態労働(自営業と労働者の間のグレーゾーン)」に従事する者は労働者とみなし、実質的な支配力・影響力をもつ者を使用者とみなす。

当然ながら、労働界は今回の政府案に強く反発している。例えば、「派遣労働の対象業務拡大及び期間延長は派遣労働者を大幅に増やし、労働条件をさらに悪化させるだけである」、「期間制労働者の雇用期間3年後直接雇用を義務付ける案や、派遣労働者の派遣期間3年後に休止期間を設ける案などは実効性に乏しく、3年の直前になって雇用契約が打ち切られる可能性が高くなるなど、雇用の不安定さを助長するだけである」と強く批判している。

これに対して、経営側からは「労働市場の柔軟性向上につながる」と概ね評価しながらも、「雇用期間3年後の直接雇用を義務付ける案は経営側の人事権への介入にほかならない」、「正規労働者に対する過度な保護には手をつけず、非正規労働者の保護のみを強化する場合、企業は人件費削減のために自動化投資に走ってしまい、雇用創出にはつながらない」という批判の声が上がっている。

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