デンマークにおける企業の社会的責任(CSR)
1.奥行きの深い労働市場(Det rummelige arbejdsmarked)
「奥行きの深い労働市場」とは、障害者や労働能力が低下したものが、より広範に社会参加(就労)することができる社会を創造するための各種施策を象徴する概念で、1990年代後半にデンマークで実施された社会福祉政策や労働市場政策の核をなす活性化路線や積極路線を支える理念である。1998年7月1日、「社会福祉行政領域における権利保障及び行政管理に関する法律」が施行されたが、同法は2000年7月1日の法改正で「奥行きが深い労働市場」に関する規定が加えられた。
さらに、上記規定に基づき、2000年4月1日、様々なプロジェクトに助成金を支給し、奥行きの深い労働市場を創出するための事業を推進する目的で「奥行きの深い労働市場に関する社会福祉施策審議会」が社会省の諮問機関として同省内に設置された。
奥行きの深い労働市場政策は、
- 病気やその他の理由で解雇の危険がある者等で、他の職に就くことが困難な者が職を保持するために支援
- 長期失業者や労働能力が低下した者の雇用促進
――という形で展開される。
1997年、政府が発表した基本行動計画案「全ての人々のための労働市場」では、労働能力が低下した人々を対象に、2005年を目処に3万~4万件の雇用創出を目標として掲げているが、1998年では7841件だったフレックスジョブ(注1)およびスコーネジョブ(注2)の雇用件数は、2003年では3万307件と約4倍に増加している。
奥行きのある労働市場を実現するためには、特に民間企業(および公的機関)が障害者や労動能力が低下したものをより積極的に雇用し、その社会的責任を果たすことが強く求められている。
2.コペンハーゲン・センター
デンマーク政府は1997年、奥行きの深い労働市場を創造するための一施策として、公的部門、民間企業、市民社会の協力関係を強化し、企業の社会的責任を推進することを目的としたコペンハーゲン・センターを開設した。
同センターは、企業の社会的貢献をより積極的に推し進めることを目指したネットワーク(15の国内企業により構成され、従業員総数は10万人を超える)に加入する企業リーダーの事務局として機能している。また、同ネットワークは、企業の社会的責任に関する事案について、労働大臣の諮問機関の役割も果たしている。
3.CSRネットワーク
- ナショナル・ネットワーク
CSRナショナル・ネットワークは、労働市場における社会的弱者の疎外を防ぐとともに、これらの人々をより積極的に社会や職場に統合するため、様々な事案について協議し、提言・答申を行い、相互に奨励することを目的として、1996年に公的機関・民間企業のリーダー(理事長、社長、専務理事など)により設立された全国的なネットワークである。現在16社(従業員・職員を合わせ10万人以上)の代表により構成されている同ネットワークは、労働大臣の諮問機関としての役割を果たしている。また、社会的責任を果たした企業に対して、毎年「ネットワーク・プライズ(下記参照)」を授与している。ネットワークには下記の15社が加盟している。
Pressalit A/S(福祉機器メーカー)、Grundfos A/S(ポンプメーカー)、Tryg Forsikring A/S (保険会社)、DSB(国鉄)、NOVO A/S(製薬会社)、TDC A/S(通信会社)、Post Dabmark(郵便局)、Danfoss Gruppe(ポンプメーカー)、Spar Nord(銀行)、Brd. Hartmann A/S (ダンボールメーカー)、Malerfirmaet Holm Nielsen A/S(塗装会社)、Birch & Krogboe A/S(コンサルティング会社)、Schreibers Mobelfabrik A/S(家具メーカー)、Group 4 Falk A/S(救急隊等)、IBM Danmark A/S。なお、A/Sは株式会社の意。
- ローカル・ネットワーク
国内には6つのCSRローカル・ネットワークが結成されており、業界・分野を超えて社会的貢献について協議することにより相互理解を深め、地域をベースに企業の社会責任を果たすための活動を行っている。6つのCSRローカル・ネットワークは以下の通りである。
- CSR首都圏ネットワーク(加盟企業・機関:68)
- CSR北シェラン・ネットワーク(加盟企業・機関:32)
- CSRフュン・ネットーワーク(加盟企業・機関:180)
- CSR北ユトランド・ネットワーク(加盟企業・機関:75)
- CSR中部ユトランド・ネットワーク(加盟企業・機関:110)
- CSR南ユトランド・ネットワーク(加盟企業・機関:253)
- ネットワーク・プライズ
社会的責任を果たすために努力した企業に与えられる賞で、以下の基準に基づいて選考される。
- 企業の社会的責任に関する理念を具現化した、あるいは斬新的な施策・事業を実施し、この分野に新たな対話・考え方を生み出した。
- 社会的な責任を果たすため、全組織一丸となって将来的にも持続可能なプロジェクトを実施した。
- 評価基準とされるのは、社会的責任を果たすことを目指した各種施策の具体的な結果である。選考委員会は、各種施策が顧客、株主、従業員・職員の他、取引先、地域住民等にどれほど有利な結果をもたらしかを基準に評価する。
- 他者の参考となり、同様な試みが他の職場・企業でも可能なこと。
なお、評価対象となる具体的な事項として、
- 個々の従業員・職員の状況と労働能力を考慮し(例えば、高齢者、有子家庭、移民など)、組織改革あるいは仕事の手順を変えた
- 企業戦略に社会的配慮を組み入れ、社会的配慮と競争上の配慮が調和するよう努力した
- 公的機関、移民団体、労使団体と協力し、地域社会の社会的条件(生活・労働条件等)を改善するために努力した
――などがあげられる。
4.ソーシャル・インデックス
「ソーシャル・インデックス」は、民間企業や公的機関の社会的貢献度を評価するために労働省が作成したツールで、下記に挙げる18項目からなっている。企業・機関の代表者(従業員・職員及び管理職の代表5~10人)は、このツールを利用することで、18項目からなる企業の社会的責任の様々な側面について協議することができるが、各項目については個人的な評価(100満点)を与えることで、現状を把握することができる。定期的に行われる評価作業により、社会的貢献度に関する職場の実態が明らかにされ、新たな努力目標等が設定される。
18の評価項目(各項目を点数で評価、満点:100)
- 従業員・職員及び地域社会に対して社会的責任を果たすことに対する首脳陣の姿勢
- 従業員・職員、地域社会に対して社会的責任を果たすために予算を計上することに対する首脳陣・従業員・職員代表の姿勢
- 社会的責任に根ざした人事政策
- 将来の労働市場を鑑み、従業員・職員の技量・能力向上に努めること
- 従業員・職員の家族に対する配慮
- 労働災害予防の努力
- 従業員・職員が病気になった場合の配慮
- 労働能力が低下した従業員・職員(長期失業の危険がある)に対する配慮
- 労働時間短縮や構造改革等により、従業員・職員の雇用を確保すること
- 高齢の従業員・職員に対する配慮
- 解雇に関する特別な配慮
- 他企業・他機関と積極的に連携すること
- 新規雇用者に対する配慮
- 姉妹会社、取引先、顧客に対する配慮
- 努力項目とその結果
- 社会的責任と企業理念・組織理念の関係性
- 社会的責任に関する、ステークホルダーの満足度
- 社会的責任の実施度(包括的な観点から)
ない | 少しある | 普通 | かなりある | ある |
◯ | ||||
0 5 10 | 15 20 25 30 35 | 40 45 50 55 60 | 65 70 75 80 85 | 90 95 100 |
備考(コメント) | 改善案 |
5.Sマーク
Sマークは、公的機関、民間企業の社会的貢献度を示す認定制度で、申請に基づき「ソーシャル・インデックス事務局(注3)」が指名した独立審査機関による審査に合格した企業・機関に付与される。認定は3年間有効、認定証(Sマーク)は、求人広告、パンフレット、年次報告書、ホームページなどに使用することできる。
審査に関わる費用は、
- 従業員50人以下の企業:1万5000クローネ(注4)+消費税(25%)
- 従業員50人~250人の企業:2万5000クローネ+消費税
- 従業員250人以上の企業:5万クローネ+消費税
――となっており、これは審査機関に対する報酬とされる。
以下はこれまで「Sマーク」を受理した企業である。
- Grundfos A/S(2001年4月20日):ポンプメーカー
- Post Danmark, Nordjyllands Postcenter(2001年9月1日):郵便局
- Plejehjemmet Lindegaarden, Herning(2002年6月11日):老人ホーム
- Pressalit Gruoup A/S(2003年4月8日):福祉機器メーカー
- Arbejdsskadestyrelsen(2004年3月17日):労働省労災局
- Grundfos A/S(2004年5月26日:二度目)ポンプメーカー
注
- 労働能力が低下した者(長期失業者など)が社会復帰を目指して行う職業訓練(実際の職場で就労)という形態で給付されるサービスで、国が雇用主に対して賃金の一部あるいは全部を補助金として支給する制度。
- 早期年金受給者(デンマークにおいては、障害者年金を早期年金と呼んでいる)が普通の職場において当該人に適した「簡単な仕事」を行う場合、その労働時間に応じた賃金の一部に対して国が補助金を支給する制度。
- 労働省の外郭組織であるソーシャル・インデックス事務局は、審査機関としてコンサルティング会社「Navigent」を指名。ソーシャル・インデックス事務局は、企業の社会的責任に関する問い合わせに応じると同時に、Sマーク認定に関する申請受付業務も行っている。
- 1デンマーククローネ=18.40円(※みずほ銀行ウェブサイト2004年10月4日現在)
関連情報
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:掲載年月からさがす > 2004年 > 10月
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:国別にさがす > その他の国 > デンマークの記事一覧
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:カテゴリー別にさがす > 労働法・働くルール、労働条件・就業環境
- 海外労働情報 > 国別基礎情報 > その他の国 > デンマーク
- 海外労働情報 > 諸外国に関する報告書:国別にさがす > デンマーク
- 海外労働情報 > 海外リンク:国別にさがす > デンマーク