派遣労働者保護指令案をめぐって
EUでは、欧州委員会が2002年3月に派遣労働者の保護に関する指令案を提出したものの、未だにその採択には至っていない。ここでは、派遣労働者の現状、指令案をめぐるこれまでの経緯、そして指令案の内容を報告する。
現状
近年、EUでは人材派遣業が急速に成長し、1999年に人材派遣業界の売上高はおよそ590億ユーロに達した。
ただ、派遣労働者が全雇用者に占める割合は1998年時点で1.4%にとどまっている。そして派遣労働者の約8割はイギリス、ドイツ、フランス、オランダで働いている。加盟国ごとに、派遣労働者が全雇用者に占める割合を示すと、オランダが4%、ルクセンブルクが3.5%、フランスが2.7%、イギリスが2.1%、ベルギーが1.6%、ポルトガルが1%、スペインとスウェーデンが0.8%、オーストリア、デンマーク、ドイツが0.7%、フィンランドとアイルランドが0.6%、イタリアが0.2%であった(1999年のデータ。ギリシャのデータは入手不能)。また、大多数の加盟国では、派遣期間はほとんどの場合6カ月未満とされている。
これまでの経緯
いわゆる「非典型雇用」をめぐっては、これまでにパートタイム労働と有期雇用契約についてEUレベルのソーシャル・パートナー間で枠組み協約が締結され、それに基づきEU指令が採択されている。しかし、労働者派遣は、派遣元、派遣先、派遣労働者という3者が関係するためにこれらのなかでは最も難題であると位置づけられ、ソーシャル・パートナーの努力にもかかわらず、結局交渉は2001年に頓挫してしまった。ソーシャル・パートナー間での最大の論点は、均等待遇を実現するに当たって基準となる「同等の労働者」の取り扱いをめぐってであった。
その後約10カ月を経て欧州委員会は、2002年3月に派遣労働者保護指令案を提出した。この指令案については、欧州議会における第1読会で多くの修正案が提出され、これを受けて雇用・社会政策等閣僚理事会で指令案に関する共通の立場の合意に向けて議論が続けられている。当初は、2003年6月の閣僚理事会で共通の立場に関する合意が得られると期待されていたが、現時点においても未だに合意が実現していない。
指令案の概要
ここでは、欧州議会の修正意見等を考慮して欧州委員会が見直しを行った指令案の概要を紹介したい。
指令案は、まず第1に同指令の目的として、差別禁止原則が派遣労働者に適用されることを保障し、派遣元事業主を使用者と認めることにより、派遣労働者の保護を確保し、派遣労働の質を高めることを掲げている。
第2に派遣労働者の労働条件については、差別禁止原則や常用雇用へのアクセス、派遣労働者の代表者などについて定めが置かれている。差別禁止原則の部分では、まず派遣労働者の基本的な労働条件は、派遣就労期間中は少なくとも同じ仕事を行うために派遣先企業により直接雇用された場合に適用されるのと同一の労働条件でなければならないとされている。ただ、派遣労働者が派遣元と期間の定めのない契約を締結している場合等に同規定の除外や例外を認めている。
常用雇用へのアクセスの部分では、派遣労働者は派遣先企業での欠員について情報を提供されること、その際に派遣先企業は派遣労働者に対し派遣先の他の労働者と同一の機会を与えなければならないと規定する。また派遣元事業主は、直接雇用の機会を提供したことなどの見返りとして労働者になんらかの料金を請求してはならない。さらに派遣先企業の食堂や保育・通勤サービスといった福利厚生について、派遣労働者は直接雇用労働者と同様の条件の下での利用が保障されることとされた。
今後の展望
指令案をめぐる最大の論点は、派遣労働者の労働条件保護のなかでも特に賃金をめぐる部分と、加盟国に対し派遣労働の制限・禁止政策を見直すよう求めている部分である。前者については、賃金についてのみ派遣就労期間が6週間を超えなければ均等待遇規定は除外できると規定されているため、加盟国のなかにはこの規定自体の撤廃を、あるいは反対に除外期間の延長を求める意見があり、両者の調整はついていない。後者に関しては、加盟国のなかには立法や労働協約により派遣労働の利用を制限しているところもあり、その再検討を求める声が根強い。
ただ、議長国であるイタリアも指令案の採択支持を表明しており、同指令案は雇用・社会政策分野での重要懸案であることは間違いがない。
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