労働党政権への評価

カテゴリー:雇用・失業問題労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2003年10月

1 インフレと実質収入の低下

  1. インフレ上昇力、衰える

    2003年上半期に見られたインフレの急上昇は、下半期に入って勢いが衰えているが、政府が公式インフレ指数として指定している拡大消費者物価指数(IPCA)は2003年1~7月に、6.9%、7月までの過去12カ月間に15.4%上昇しており、長い期間にわたって実質ベアを受けられない就労者の実質収入が大幅に低下している。政府は03年のインフレ目標を8.5%と設定しているが、この目標達成は不可能といわれている。

  2. 年間の収入低下は13.4%

    ブラジル地理統計資料院(IBGE)は、6大首都圏の雇用調査で、2003年6月に前年同月比で、就労者の平均収入は実質13.4%低下したと発表した。失業増加、経済活動冷え込みをその理由に挙げている。給料水準で最も恵まれているといわれる工業就労者でも、2003年上半期に、前年同期比で実質6.5%の低下となっている。

  3. 購買意欲低下

    実質収入の低下と失業増加が重なっているために、消費者の購買意欲も減退している。サンパウロ州商業連盟がサンパウロ首都圏で行った調査によると、「今後2カ月間に、生活費以外に消費財を購入する予定があるか」という質問に、ないと答えた割合は2003年6月に45.1%であったものが、翌7月は54.4%に増加した。その理由として27.9%が失業増加、13.3%が政治危機、7.8%は高いインフレ、5.7%は国際環境が不利と指摘した。特に最低給料の5倍以下の低所得層家庭では、29.9%が失業の恐れのために、財の購入予定はないと回答した。

  4. GDPに占める給料は10年で8ポイント低下

    サンパウロ市労働・社会開発局のマルシオ・ポシマン局長は、連邦政府の公式データを分析して、1992年から2002年までの期間に、GDPに占める資本利益と給料の割合を比較した結果、92年にGDPの44%を占めた給料は、2002年に36%へ低下し、同期間にGDPに占める資本利益は44%から45%へ上昇、政府の税収は12%から19%へ増加した。給料収入が資本利益と政府の税収に食われていることを証明していると局長は分析した。ただ資本収支は、金融投資利益と、生産投資資本の利益率を分けていないために、生産部門と金融部門の利益比較はできないが、近年の生産部門は利益低下を訴え、金融部門は利益拡大記録を毎年更新している。

    その結果、1994~2002年の期間に、生産部門に対する投資はGDPの20.8%から18.7%に低下した。金融部門の利益拡大を表わす1例を見ると、1995~2002年にGDPは年平均2%の成長であるが、投資ファンドの実質利益は15%となっており、GDPが1%成長するごとに、投資ファンド利益は7%以上の利益をあげて、生産投資に向かうべき流通資金まで、金融投資に向けて、国家の経済が成長できる条件を奪っていると説明した。

2-1 雇用、失業情勢と政策

  1. 国内市場対象企業はリセッション

    内国工業連合会(CNI:Confederacao Nacional Da Industria)が、全国の工業1385社を対象に、2003年6月末日の工業の状態を調査したところ、2003年第2四半期の工業の平均利益は前年同月比、2003年第1四半期比ともに同率の11%後退となり、生産設備利用率は68%となって、1999年初めに為替のマクシ切り下げを行い、経済活動が混乱した99年の年以来最悪の状態にあることが表明された。工業の在庫も1~100ポイント評価で、2002年6月末日の55.9、 2003年4月末日の53.4が、2003年6月末は56.3となり、利益低下、設備遊休と在庫が増加していることを明らかにした。在庫が50ポイント以上になると、企業の計画以上に在庫が増加していることを意味する。この調査では、自社の雇用を次の四半期も現状のまま維持すると回答した企業は、2003年4月末日の50.0%から2003年6月末日は48.1%に下がっており、連合会では、2003年下半期に入ると、工業は雇用を減少させると予想を発表した。

    ブラジル地理統計資料院(IBGE)も、2003年上半期の工業生産は前年同期比で0.1%、2003年6月は前年同月比で2.1%、2003年5月比では2.6%と、それぞれ後退し、これで3四半期連続後退となるために、技術的には工業はリセッションに入ったとする見解を発表した。この結果は財界を驚かせて、2003年のGDP予想は新たに下方修正されている。国内市場の冷え込みを反映して、国内市場向け製品を生産する工業ほどマイナスが大きい。

    サンパウロ小・零細企業支援サービスでは、この部門の企業は2003年上半期前年同期比で雇用総数が2.9%、5年前の1998年同期比で10.0%減少、給料実質支払総額はそれぞれ12.8%、31.7%と、大きく低下していることを発表した。

2-2 公式失業率、史上最高の13%へ

ブラジル地理統計資料院(IBGE)は、2003年6月の公式失業率が史上最悪の13%に達したと発表した。2002年6月の11.6%、2003年5月の12.8%からまた増加している。6大首都圏を対象としたこの調査は、6月の失業者数を273万5000人とし、収入は前年6月比で13.4%のマイナスになり、6カ月連続低下となっている。特に自営業は19.7%の低下、公式契約労働者は9.4%、非公式採用労働者は8.6%のマイナスだった。

労働党政権6カ月間に、就労者は平均3.8%の実質収入を失っている。6カ月間で9万8000人の新雇用ができた代わりに、44万3000人の職場が消滅し、失業者は増加した。失業率で表すと、前政権最後の月である2002年12月は10.5%であったから、労働党政権に入って2.5ポイント増加したことになる。また、6カ月間に正式契約雇用は2.1%減少し、非公式就労は2.3%増加した。大部分が非公式雇用である自営も3.8%増加して、ますます労働力のアングラ経済就労が増えている。

資料院では、就労者の収入低下のために、家族が家計を補おうと職探しに出ていることが、失業率を高くしていると分析している。また失業者のうち11年以下の学歴の失業者が全体の40%を占め、大学卒の失業者が増加し、学歴と失業は関係がなくなっている。

2-3 労働省データは雇用増加を発表

労働省は2003年7月24日に6月の雇用・失業一般登録の結果として、正式契約雇用は6カ月連続増加したと発表した。労働省は正式契約市場のみを集計する。それによると6月だけで0.55%に当たる12万5795人の雇用が増加し、これで上半期は2.51%に当たる56万907人の雇用増加となった。過去12ヵ月では2.89%、64万2571人増加している。労働省は03年上半期の失業増加、就労者の収入低下については1行も触れておらず、労働省の雇用失業データ発表解説では、国内で現実に起こっている雇用市場の実態を伺い知ることは困難である。

  1. 政府の失業対策

    労働党政権が、最大公約として常に掲げてきた失業問題解決については、積極的対策が採用されないまま、労働党政権最初の6カ月間では、かえって失業増加を招いている。政府はこの現象についても「前政権の行政の結果である」と主張しており、世論の批判が起こると何でも「前政権の責任」と発表する姿勢に批判が出始めている。労働党政権が失業対策として採用した「初就職計画」は、飢餓対策計画と並んで、政府の目玉政策となる予定であったが、失業対策というマクロ経済政策立案まで必要とする総合政策に対して、まだ基本方針も検討しておらず、単に失業対策を実施するという政治的発言の域にとどまっている。

    政府が、2003年上半期中に、雇用の機会拡大を目指して採用した政策は以下のようになっている。

    1. 初就職計画。

      貧困家庭として登録されている低所得家庭で、16~24歳層にある若年層の若者の初就職を、政府が企業に補助を出して支援する計画である。発令から12カ月間に26万人の雇用ができると計算している。

    2. 小口融資拡大。

      政府は2003年6月に、公銀、市中銀行ともに、銀行の当座預金として、口座に預けられている現金の、少なくとも2%(約15億レアル)を貧困層に融資する義務を制定して、国内消費の振興を図る。この政策を主体にして、他のミクロ融資と合わせて融資総額は29億5000万レアルにする(1ドルは約3レアル)。

    3. 零細・小企業振興政策。

      労働省の労働者保護基金審議会(CODEFAT:Conselho Deliberativo Do Fundo De Amparo Trabalhador)の決定により、この基金から53億5000万レアルを支出して、零細・小企業、若年層の企業企画、観光、輸出、土木事業などの活動支援を図る。これで合計19万5000人の新雇用増加を図る目的にしているが、この政策が雇用拡大に効果を見せるには時間がかかる。

    4. 農業融資拡大。

      2003/2004農年度の農産物生産と商品化に326億レアルの融資を準備して、農産物生産と販売拡大により、雇用拡大を促す。

    以上のような政策を労働党政権は発表した。しかし民間では、中央銀行の標準金利が2003年上半期に一時は年率26.5%、7月に入ってようやく24.5%に下げたような高い金利政策が採用されているために、経済活動の回復を阻止していること、中央銀行自体が2003年のGDP成長予想を、2.8%から1.5%へ下げたように、先行き不安が高まっていること、政府が財政引き締めを決定して、政府投資全体が縮小されることなどを挙げて、2003年に雇用拡大条件ができることに疑問を持っている。

  2. 工業に悲観予想広がる

    政府系のゼツリオ・バルガス財団が、2003年4月と6月に大手1190社の工業を対象に2003年の経済予測調査を行ったところ、今後6カ月間に経済情勢は悪化するとする予想は13%から27%へ増加、販売は低迷したとする回答は10%から49%へ、過剰在庫を抱えている企業は12%から22%へ増加して、悲観を強めており、ルーラ政権発足当初に見られた期待感は失望感に変わりつつある。今後消費が上向くと仮定した場合、工業はまず過剰在庫を販売してから生産に戻るために、生産回復は遅れるであろうと、同財団は予想を出している。

3 年金など不平等、不均衡問題の解決

ブラジルの年金制度は、公務員の場合、退職日に受け取った給料の額を、終身受け取る制度になっており、また現役公務員がベアや付帯恩恵を受けると、退職公務員も自動的に同じ恩恵を受けることになっている。このため公務員は退職数年前から、退職時の給料を高くするための、特別昇給を行う習慣を維持している。また公務員は出向、兼任、委託などの業務を行うことにより、複数の年金を受給できる。一方民間の年金は複数の受給を禁止し、現役時代の社会保障制度分担金の納付額に応じて支払うが、最低給料の倍数で支給されるために、最低給料の調整水準を低く抑えることによって、年金の実質受け取り額は年々減少している。また民間には年金の最高支払い限度が設けられており、2003年6月から向こう1年間は1800レアル(約600ドル)となっている。この最高額を受け取れる民間人は非常に少ない。したがって民間の年金生活者は退職後も収入を得る手段が必要となっている。労働党政権は、公務員の年金支払いが国家財政の破綻原因になると考えて、公務員の年金制度改革案を国会に提出しているが、公務員はこれに反対して、社会保障省などが1カ月以上の長期ストで抵抗しており、司法自体が「政府の年金制度改革案は既得権の侵害であり、違憲法案である」と発表して、改革案の国会通過を牽制し、政府が強行すれば、司法判決で阻止する意向を見せている。

4-1 労働党政権に対する内外の評価

長い政治生活を通じて、過激な言動を繰り返してきた労働党のルイス・イナシオ・ルーラ名誉党首が、2003年1月1日に大統領に就任したあと、財界や金融界は憂慮を持ち、一方、左派と労働者、公務員は新時代到来を予想して期待していた。2003年上半期中は、国民、国際社会ともに労働党政権の行政手腕を期待して、平穏な時期を送っていたが、下半期に入って、ルーラ政権の行政能力に疑問が出始めると同時に、社会経済、政治問題が表面化して、国内、国際社会に不安を抱かせている。

  1. 改革推進に疑問

    政府は一連の行政改革を公約しているなかで、まず社会保障制度において、年金制度と税制改革を最大優先に掲げた。2003年中にこの2つの改革案の国会承認を得て2004年から実施に移す予定であったが、3権の公務員絶対優先の現行年金制度は国家財政を不均衡にする最大原因と指摘されていながら、政府が提出している改革案は、国会審議中に3権の公務員の抵抗により、その原案が骨抜きになったまま、まだ審議続行中である。労働党の政治基盤が公務員中心であるために、政府は年金制度改革に英断を持った行動がとれない。税制改革も、政治調整が難航して、国会審議は停滞したままである。

  2. 社会問題に対する政府の対応に疑問

    社会問題のうち、緊急を要する課題は、農村の土地なし、都市の家なしグループによる不動産の不法占拠である。行政の不手際により農地や家を失ったと主張するグループが、農村では農地を、都市では空き地や空きビルを、数百、数千人のグループを組んで不法占拠し、農地や都市の家を配布するよう要求するもので、現ルーラ大統領自身、野党時代には、不法占拠が発生すると先頭に立って支援、指揮していたために、これらグループはルーラ政権下では、グループの要求が容易に受け入れられると期待している。そのために2003年下半期に入って、全国の農村、都市区で不法占拠が拡大しており、マスコミは連日、新たな農場やビルの占拠を報じている。

    労働党政府は、占拠に対して「法を超えた行動は容認されない」と発表するだけで、実際に対応策はとらず、司法の行動も緩慢であるために、農場主の間では、自身の資産は自身で守るしかないと主張して、武装した自警団を組織する地域が増加しており、緊張は次第に高まっている。

  3. 国際金融界に諦観

    国際金融界では、労働党政権の行政手腕を見ようと待機していたが、2003年下半期に入って、行政改革や、社会問題への取り組み姿勢、経済活動低迷、失業増加に対する対応を見て、期待はずれとする見方を強めており、これがブラジルに対する直接投資や融資の減少、必然的なドル高傾向、ブラジルのリスク指数上昇を起こしている。国際金融界のアナリストは、ブラジルに対する投資魅力は減少した、あるいは外貨危機が起こる可能性を未だにはらんだ国と評価するようになっており、国際社会でもルーラ政権に対する期待感が薄らいでいる。

4-2 国民も現実に目覚める

キューバのカストロ首相を崇拝し、過激な言動で保守政権、ネオリベラル政権を批判してきたルーラ大統領は、国民の一部から強い支持を受けてきた。長年にわたる保守政権の行政に不満を持っていた国民も、労働党政権が発表した政見を見て、政権発足当初は国家改革に強い期待を持つようになり、世論調査会社SNSUSが2003年1月に行った調査結果では労働党政権を良好と考えて支持する割合は56.6%、普通と評価する率は17.7%、悪いと見る意見は2.3%と、非常に期待が大きかった。それが2003年5月の調査では良好45.0%、普通32.7%、悪い7.9%という割合に変わった。調査会社の分析によると、ルーラ大統領を盲目的に支持す発足当初に持った期待から冷め、次第に現実的に見るようになっており、2003年5月以降にさらに悪化した失業、生産低下、大衆購買力低下、企業・個人ともに将来に対する悲観の増加などによって、労働党政権支持率は低下していくと、予想を出している。

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