政府による新福祉白書

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年6月

2003年2月初旬、Roberto Maroni労働社会政策大臣により社会福祉白書が提出された。白書の分析では、基本的な2つの点に焦点が当てられた。つまり、家族の役割と人口問題である。これに対応する形で、家族を「政策措置の中心に」据え、「出生率低下問題を解決する」という2つの課題が優先事項とされた。また、関連する制度を強化し、子供に関する税金の控除を進めることを2つの基本政策としている。

1.人口推移への対応

イタリアにおける人口の高齢化は深刻である(日本に次ぎ第2位)。高齢化の主たる原因は、寿命の延びというよりは、1975年から1985年にかけての出生率の低下にある。

出生率の低下は、労働市場にも直接的な影響を及ぼしている。労働市場へ参入する者の数が低下し続けると同時に、労働者の高齢化も進んでいる。ここ数年の出生率には、若干回復傾向が見られたものの(1995年の1.18から2000年の1.25へ上昇)、ヨーロッパにおいて、イタリアがスペインに次いで出生率の低い国であることには変わりない。また、ヨーロッパ平均(1.53)と比べても著しく低い。

1人暮らしや子供のいない夫婦が増加する中、伝統的な家族モデルは劇的に変化している。経済状況、社会サービスの有無、家庭生活と職業生活のための時間、教育制度の水準、若年世代の所得水準に見合った住居などの点で、「現実の」家族モデルは危機に瀕している。

また、人生のサイクルは先送りされる傾向がある。若年者が親元を離れる年齢が上昇した結果、職に就き子供を設ける年齢も、以前より上がっている。親と同居している18歳から34歳までの若年者の数も増え続けており(性別で見れば、男性が明らかに多い)、結果的に、平均結婚年齢も上昇している。こうした現象の原因としては、経済的問題、若年失業の増加および住宅事情の悪化などが指摘されている。

他のEU諸国と比べて、イタリアの若年者が著しく異なるのは、教育課程の点である。25歳から29歳の若年者のうち約16%、また30歳以上の5%が、勉学のために親と同居していると答えている。こうしたデータは、イタリアの教育制度の有効性に疑問を生じさせるようなものといえよう。教育がうまく機能していないことは、しばしば、社会人となる段階でのダイナミズムの欠如として現れる。また、最近の研究では、経済成長を担う世代において人材が有効に利用されていないことの現れとして理解されている。

これらの事実に照らすと、新たな福祉モデルへの要求が高まっていることは明らかであろう。1人暮らしの老人は徐々に増えている。とくに社会化が容易でない都市部では、こうした現象に対する特別なサービスが要求されている。

2.家族の新たな役割

EUの多くの諸国と異なり、イタリアの租税制度はいまだに、家族の租税負担能力が、扶養すべき子供の数や、夫婦の一方が子供の養育に自分の時間を割いているかどうかとは無関係に決まるという考え方に基づいている。通常、ヨーロッパでは、所得が等しければ、扶養すべき子の有無により取扱いが異なるのに対し、イタリアではこの点が重視されていない。たとえば、所得3万ユーロの平均的な家庭にかかる直接税でみると、扶養すべき子(2人)のいる家庭といない家庭との差(2001年)は、フランスで3000ユーロ、ドイツで6000ユーロであるのに対し、イタリアでは500ユーロにすぎない。

したがって、子供の養育にかかる費用を考慮した租税制度を導入することが必要であると思われる。とくに、租税負担と子の養育費が、子を設ける際の経済的な抑止力となりやすい中低所得の家庭にとって、こうした租税制度は不可欠であろう。

子供のいる家庭が労働市場へアクセスしやすいように、公共交通サービスを強化し、公私の保育施設を増強し、労働時間の弾力化を進めることが必要である。実際、地域に行き渡った効果的な児童サービスは、父親にとっても母親にとっても、家庭生活と職業生活との調整を実現するためにきわめて有効である。

政府は、2002年予算法において、保育施設の設置に5000万リラを充て、さらに2003年予算法では、職場における保育施設の導入のために特別な基金を設けている。これによって、新たな主体の取り込みを支援すると同時に、公的イニシアティブを促進する仕組みを発展させることで、児童サービスの普及が図られる。現在国会で審議中の社会教育制度法案もまた、この一環と考えられる。

サービスが欠如すれば、家庭生活のための時間と職業生活のための時間との調整も硬直的になる。労働の世界では、家族がもつ社会的重要性について配慮を欠きがちなこともあり、出産育児はいまだに「マイナス要素」と考えられている。とくに母親の復職を促進するため、パートタイム労働の現状ならびに休暇期間および休職期間を改良することが必要であろう。このために、休職期間中に、職業再訓練コースに通ったり、いわゆる「タイム・バンク(banche del tempo)」制度(注1)を有効活用したりすることが考えられる。

3.ヨーロッパの状況

ヨーロッパにおける社会的保護に関する欧州委員会報告書およびEurostatのデータ(国内総生産比)によれば、社会的保護に関するイタリアの公的支出は、欧州平均よりも若干下回っていることが分かる(1999年において欧州平均27.6%に対し、イタリア25.3%)。とくに、家族・未成年者・扶助に関する支出は、EU諸国の平均値の約3分の1にすぎない。社会的支出のうち家族支援に充てられた支出の割合は、EU平均が8.5%であるのに対し、イタリアでは3.7%であった(1999年)。また、ここ10年間で、この割合は減少し続けている(1990年は4.4%)。住宅政策および疎外対策を含む「家」の項目に関しては、EU平均が3.8%であるのに対し、イタリアではきわめて低い。ここにも、「高齢者」や「遺族」の項目(すなわち、年金)を過大視する社会保障制度の不均衡が現れているといえる。

イタリアにおいてサービスのための支出が欠けているのは、地域による不均衡のためでもある。実際、イタリアには、後進的な地域と先進的な地域とが併存している。ここで取り組むべき最大の問題は、社会的支出の規模が大きいことではなく、その配分が偏っていることである。社会政策は、高水準の領域に他の領域を近づけていかねばならない。

4-1.生活および労働界への参入

ここでの主たる目的は、幼児期および青年期の生活の質を高め、家族の一体性を強化することにより、生活および労働界へのスムーズな組み入れを促進することである。重視される措置の中には、出産に対する支援策の実施、虐待・未成年に対する暴力の防止措置の実現、仕事の時間と子育ての時間とを調和するための政策の策定、心理教育学や社会教育学における幼児および未成年支援(たとえば、カウンセラーなど)に対する補助、若年者の社会生活への統合を国際レベルで促進する措置の策定および実現ならびに労働界への出入に対する便宜(職業訓練と労働との関連性強化など)がある。

実施される措置に関しては、家族を対象とした一般税による措置を相互に関連付け、また、家族に対する租税負担を緩和し、乳幼児のための社会教育事業を発展させるための措置を保障することが必要と考えられている。

社会教育事業法(現在審議中)および企業保育所の発展に関する措置計画は、こうした考え方に基づいている。これにより、第3セクターや企業の組織など、多様な機関の利用が可能になり、社会の具体的な需要に対応した様々なサービスを提供することができるだろう。

若年者政策については、EUの若年者に関する委員会白書に従い、イタリア労働社会政策省は、2003年6月までに若年者のための全国協議会を設けることを決めた。また、労働市場改革の進行状況によっては、若年者の労働市場参入を促進するためのプログラムが策定される予定である。

4-2.新たな連帯を通じた普遍的サービスに対する権利

ここでの主たる目的は、普遍的サービス(基本的な社会サービスおよび広義の基本的サービス)に対する権利を保障することである。こうした権利の保障には、形式的および非形式的な連帯のネットワークも利用する。

重視されるものとしては、サービスの利用要件を改善するためのクーポン券制度など、税金によらない特別な措置を含んだ新たな法的枠組みの制定がある。基本的な社会サービスに関しては、既存の公的主体と私的主体間の相互作用および統合を推し進めることにより、連帯のネットワークや家族による相互扶助のネットワークを活性化することが必要である。また、技術革新の推進や、サービスの運営主体および利用主体のための育成制度の創設、若い夫婦に対する適切な支援措置の制定も重要である。

個別化および適正化がいっそう求められている社会的需要の特殊性を理解するには、「地方自治体」やその財源を分析および措置の対象に据えるのが適切と思われる。地域格差等に配慮した均質な制度を確立するために、社会的給付の基本的水準は、地方政府や地方自治体の水準に応じて設定されることになる。

4-3.社会への統合

社会政策の中心的な役割は、とくに、社会的に弱い立場に置かれた人々、社会から疎外されている人々および排除される危険を有する人々を社会へ統合することである。こうした目的を達成するには、働く機会の欠如から生ずる状況や特殊な社会的脆弱性を具体的に特定し、これらの人々を社会生活および労働生活へ再統合するための措置を活用することが重要である。さらに、よく知られた「貧困の罠」を明らかにし、これに対処するための適切な措置を見つける必要もあろう。

有効な所得政策は、経済発展の安定化および強化、(セビリア欧州会議で定められたような安定・発展条約と両立する)公的財源の均衡追求、賃金の購買力確保、(リスボン会議に沿った)就業率の引き上げならびに社会的疎外の緩和にとって主たる役割を果たす。この点、2003年財政法で実施された租税改革は、個人、家族および企業に対する租税負担の緩和を通じた発展の促進や消費の拡大を目指している。

「参入最低所得(reddito minimo di inserimento)」の試験実施期間が終了したため、2003年に関しては、一般税による所得支援策が定められた。この新制度は、州および市町村制度が協同で実施し(財源も協同で賄う)、専ら働く機会の欠如によって生じた所得の不足、および、社会的統合措置や所得措置を必要とする社会的弱者や社会的被疎外者に典型的な所得の不足を特定するプログラムに基づいて実施される。

4-4.心身の自律

労働へのアクセスの保障や心身の自律を著しく制限された全ての主体に対する支援は、イタリア政府の挙げる課題の中でも基本的なものである。こうした観点からは、個人がその能力を完全に発揮でき、かつ、社会の活動力が高まるように、障害を有する人々が、労働市場や社会生活へ参加することを支援するプロジェクトおよび計画を促進する必要がある。

こうした要請に応えるため、労働社会政策省は、2003年に関して、保健省と協力して「障害に関する全国計画」を実施することを決めた。同計画は、試験的なもので、共同財政運営の点および組織の点で、この計画に協力できると宣言したいくつかの州だけで実施される。同計画の目的としては、給付の財源モデルおよび給付の利用モデルの策定、自律できない人々の家族生活および社会生活の維持、自律性の維持および回復ならびに地域に即した個別的なサービスの確立がある。

4-5.地域における社会的結束

社会的結束の強化は、福祉白書の主たる目的の1つである。この目的を達成するには、世代間の関わりや連帯を促進するような形式的および非形式的な連帯のネットワークを発展させ(住宅政策を通じて異なる世代が身近に暮らせるような試みが、とくに注目されるようになろう)、合法的な移民をイタリアの社会および法制度に組み入れ、社会的疎外の危険にさらされた主体(麻薬中毒患者など)を通常の相互参加的な生活に再統合することが重要である。

こうした観点からは、社会政策のための基金を利用することで、監視制度(家族ネットワーク)を設定および増強することが有用と思われる。

4-6.水平的措置

社会政策の現代化のためには、イタリア全土で提供される社会的サービスおよび措置、その費用、これを利用できる主体ならびにその給付に関する情報をできるだけ広めることが重要である。さらに、望ましい慣行の拡大も支援していかねばならない。

この点、基本となる制度として、社会政策の計画化、運用および評価に関する要請に応えたSIS(社会サービス情報システム)がある。2003年のSISの実施および発展については、家庭調査や官民の機関における調査に関する公的統計の強化が予定されている。SISを最大限に活用するため、SISを保健情報システムやEurostatと関連させていくことになろう。

5.労使の反応

労働組合の反応は、組合によりかなり異なっている。

CGIL(イタリア労働総同盟)は、福祉白書について、「イタリアの様々な問題を忘れさせるための『(世論調査用の)観測気球』だ」と述べていた。CGILによれば、同白書の家族文化観は、あまりに伝統主義的であるため受け入れがたく(この例として、初めての家を購入する際の貸付が、若年婚姻カップルのみを対象としている点が挙げられている)、地方自治体の制度と比べて後進的とされていた。CISL(イタリア労働者組合同盟)は、2月20日の第1協議まで、自らの立場を表明するのを控えていた。ただし、「会合の方法」については、より限定的な会議での個別課題に関する協議の方が有利であるとして反対していた。最後に、UIL(イタリア労働連合)は好意的であった。

福祉白書に関する政府と労使との協議は、2月20日に開催された。まず、労働組合と使用者組織の意見聴取がなされ、それから、第3セクターに関するフォーラムと家族団体に関するフォーラムが開かれた。この第1の協議により、その後の基本的な進行方針が定められた。

CISLは、今後の話し合いへの参加を表明したが、同時に、次の点を強調した。すなわち、「社会扶助措置が中心となり、社会的措置に戦略的性質をもたせる必要性が認められるなら、いかなる社会的費用の削減も……受け入れられないし、最近労働組合が支持してきた改革のプロセスに対する妨害も認められない。すべての市民が要求しうる扶助の基本水準を定め、自律的できない人々や貧困家庭の社会的要請に速やかに応えていく必要がある。」

1サービスや知識を相互に交換するシステム。このサービスを利用する者は、タイム・バンクに当座預金を開設する。自ら何らかのサービスを提供した場合、その見返りとして、現金の代わりに、一定の「時間」が提供される。この「時間」を利用して、他者からサービスを受けるという仕組み。

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