政府、CPF改正案を受け入れる
政府は7月22日、日本の厚生年金にあたる中央積立基金(CPF)の改正について、政府の諮問機関、経済再生委員会(ERC)が15日に勧告した案をすべて受け入れると発表した。退職年金の給付水準を維持するために住宅購入向けの引出限度額を抑え、また中高年の雇用を確保するため50歳~55歳の従業員の使用者拠出率を現行の16%のまま据え置く。
CPFとは
中央積立基金(CPF)は、老後の生活原資を国営基金の個人勘定に積み立てる国立積立基金の一種で、その内実は「強制積立貯蓄制度」である。1955年に被用者の老後の所得保障、死亡・傷害時の生活保障を目的に導入され、以降、住宅保障、財産形成、医療保障の機能を併せ持つ総合的な社会保障システムとして発達してきた。
原則として、すべての被用者が加入者となり、その使用者はCPFへの掛金の支払い義務を負う。掛金は年齢と所得に応じて使用者と本人が負担し(現行は一般拠出率が使用者=16%、本人=20%)、個人名義のCPF口座に拠出する。口座は用途にあわせて分かれており、掛金は年齢層ごとに設定された一定の割合で各口座に拠出される。
普通口座は、掛金の大部分を受け入れ、退職後は老後の資金として退職口座へ振り返られる。また現役時には、住宅購入や投資などに充てることができる。医療口座は、医療関係の費用に充てられ、特別口座は主として老後の資金積立のみを行う。
積立金の運用については、中央積立基金庁が他の管理業務とあわせて一元的に行っており、主に国債に投資されている(注1)。このほかに、加入者本人の判断で中央積立基金庁が認定する投資に回すことも認められている(注2)。
今回の主な改正点
今回、ERCの改正案を受け入れるにあたってリー・シェンロン副首相は国会で、CPFは社会保障制度の土台としてこれまで基本的にうまく機能してきたが、経済社会環境の変化、とりわけ少子高齢化の進展に伴い、国民の老後の生活を支えるのにCPFの果たすべき役割はますます重要になっているとの認識を示し、CPFの枠組をアップデートする必要性について理解を求めた。主な改正点は次のとおりである。
(1) 使用者拠出率の20%復帰は2~4年以内
一般の拠出率は1994年以来、従業員(加入者本人)と使用者とも従業員月収の20%であったが、1997年に始まったアジア経済危機の対策の一環として企業コストの軽減を図るため、1999年1月に使用者拠出率は20%から10%に引き下げられた。その後、段階的に16%まで戻し、労働界では20%への完全復帰を求める声が日増しに強くなっていた。
CPFの拠出負担は使用者にとって人件費として決して軽くなく、人員削減の一因にもなっている。景気は緩やかに回復しつつも、雇用情勢はむしろ悪化し続けている現状での拠出率引き上げは、さらなる人員削減を誘発しかねない。こうした判断から、今回の改正では、使用者拠出率の20%復帰は今後2~4年以内との見通しが示されるにとどまった。
(2) 中高年層の拠出率を引き下げる
雇用情勢が悪化をたどるなか、とくに中高年は若年層に比べて賃金が高いため、「最初に解雇されて最後に雇用される」という厳しい状況にある。今回の改正では、使用者が中高年の雇用を維持・促進しやすいように、CPF拠出率を中高年について引き下げることになった。
これまで55歳以下の従業員には同一の拠出率が課されてきたが、2~4年以内に使用者拠出率を20%へ復帰させる際に、51~55歳については現行16%のまま据え置くと同時に、現行20%の従業員拠出率も16%に引き下げ、労使合わせて32%とする。
従業員年齢 | 現行 | 改正後 |
~35歳 | 36 | 40 |
36~45歳 | 36 | 40 |
46~50歳 | 36 | 40 |
51~55歳 | 36 | 32 |
56~60歳 | 18.5 | 20 |
61~65歳 | 11 | 11.5 |
66歳~ | 8.5 | 9 |
(3) 住宅購入向けの引出額を引き下げる
近年、CPFを利用した住宅購入が増え、CPF本来の目的である老後の生活保障に向けた積立金運用が軽視されがちであることに政府は懸念を表明してきた。こうした傾向を是正するため、住宅購入向けの積立金引出限度額を引き下げる。現行の上限は住宅価格の160%だが、これを9月1日から150%に引き下げ、さらに今後5年で120%まで引き下げる。
CPFを利用した住宅購入には、公共住宅制度と居住用不動産制度の二つが準備されている。公共住宅制度は、政府が建設した住宅を住宅開発委員会(HDB)や住宅都市開発会社(HUDC)などから個人または家族で共同して購入するもので、1968年から実施されている。一方、居住用不動産制度は、国内の民間住宅を所有あるいは投資目的で、個人または家族で共同して購入するもので、1981年に導入された。
今回の改正は、民間住宅や市場金利を利用するHDB住宅を新規に購入する場合だけに適用され、既存のローンは対象外。
(4) 最高・最低所得の変更
一般拠出率の対象となる所得水準を、上限については現行の月収6000Sドルから5000Sドルへ引き下げ、下限については現行の月収363Sドルから750Sドルへ引き上げる。したがって月収750~5000Sドルが一般拠出率の対象となり、5000Sドルを超える所得部分については掛金の対象にはならない。また、加入義務づけ最低所得(拠出率5%)を現行の200Sドルから500Sドルに引き上げる。
注
- 1987年以前は15~20年固定金利型国債へ、それ以降は設定利率が市場連動型に移行したのにともない、特別に発行された変動金利型の国債へ投資が行われている。政府がこの資金を実際にどのように利用しているかは明らかにされていないが、開発資金や近年では相当額の外貨準備獲得のために用いられていると言われている。(本文へ)
- 1986年の適格投資制度(AIS)の発足に始まり、以後、諸種の規制が順次緩和され、1997年にCPF投資制度(CPFIS)へ移行した。同制度のもとでの投資対象は、株式・債権、ユニット・トラスト、金、国債、定期預金など。投資に利用してよい口座については、2000年までは普通口座に限られていたが、2001年から据え置き年金や養老保険など老後の資産形成に資する商品に限って特別口座の利用も認められることになった。(本文へ)
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