労使紛争解決と労働者保護に関する労働法案が審議中、10月にも改定か

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年9月

国民議会は2002年7月、労働紛争解決に関する法案が可決される見込みであることを明らかにした。この法案が議会を通過すれば、労使紛争は各地方の労働争議終了委員会(P4D)と中央労働争議終了委員会(P4P)の仲介を必要とせず、労働裁判所での紛争解決、紛争の早期解決が期待される。

労働法案改定の経緯

インドネシアでは、信頼でき不備のない労働法が4年間待ち望まれていた。スハルト政権が終焉しようとしていた1997年(当時の労働大臣は、アブドゥル・ラティフ氏)、後に労働活動家から労働者の権利を保護していないと後に激しく批判される労働法が制定された。また同年、ラティフ大臣は労働者の社会保障基金の管理・運用を行うJamsostekの積立金から賄賂を行政官に提供し、労働大臣令1997年第25号を制定したというニュースが世間をさわがせた。

1998年の政権崩壊後、ハビビ政権時に、上記の大臣令を改定した1998年第11号令が発布され、2000年10月まで施行された。ワヒド政権時のボメル労働大臣は、1997年第25号令の改定を行い、労働者の保護と労働争議の解決に関する2つの労働法案を作成し、労働裁判所設置の承認を得た。しかしこの2つの法案は、2000年10月までには国民議会での審議が終わらず、2002年10月までの暫定措置として、1998年第11号令を拡張した2000年第28号令が発令された。

そして現在はメガワティ政権下で新労働法を審議中であるが、2002年10月までに審議が終わらなければ、再び1997年第25号令が効力を持つことになる。

法案の改訂点

今回改訂が行われているのは労使紛争に関する1957年第22号令と、解雇に関する1964年第14号令である。従来これらの労働大臣令の下で労働裁判所の調停に申し立てを行う場合は、P4DやP4Pといった二者あるいは三者構成の場での話し合いが決裂した場合のみとなっていた。

しかし、大臣令の改正が行われた場合、二者・三者構成の話し合いを行わないで、労働裁判所に争議の場を移すことができるようになる。この法案は、すでに組合・使用者から承認されており、今後は労使紛争の迅速な解決と、解決過程に透明性を与えるものになると期待されている。

とはいえ、すべての争議が裁判所に持ち込まれるのではなく、労働者の人権・利害、解雇、組合に関する問題に限定されている。そして、争議の交渉や裁判が行われている間は、労働者のストライキは禁止されている。

ヤコブ労相は新法案を、「労働者にとっては労働者の権利を、使用者にとっては投資に関して法律的に透明性を与えるものだ」と述べ、「今後のASEANの自由貿易(AFTA)に参入するために不可欠なもの」と位置づけている。そしてこれらの法案によって強化された「従業員の訓練」という側面を使用者側が遵守することにより、「従業員の技術水準と生産性を高めることができるだろう」としている。

法案は7月15日に承認され、早ければ8月にもメガワティ大統領の署名を経て施行を予定されている。

新法案に対する使用者団体の対応

一方、使用者側の反応は否定的だ。国家経済回復委員会(KPEN)のソフヤン議長は、新法案を「労働者を過剰に保護しすぎである」と批判。この法案によって、外国投資がさらにインドネシアから疎遠になることを懸念している。特に、労働者がストライキを行っている間や、争議が起きた際、裁判でその判決が下るまでの期間は、使用者は賃金の支払いを義務付けられているという事項が批判されている。また、従業員が自己都合で退職する際の退職金も高すぎるという点や(表1を参照)、夜勤従業員の週の法定就業時間が40時間から35時間に減少することも不満の種になっているようだ。同議長は「このような規定は他国では存在しない。労働者に対する保護が手厚すぎる場合、近隣のベトナムや中国への投資移転が行われる可能性は非常に高い」と述べている。

インドネシア製靴協会のアントン議長も、「ヤコブ大臣は、インドネシアが洗練された労働法を持つほどに成長した国だと思っているようだ」と法案に対して批判的な見方をしている。

海外直接投資は前年比59%減少

治安問題、法制度の未整備、新自治法から生じた紛争、労使紛争などが原因となって、2002年1~5月までの海外直接投資(FDI)は、2001年の同時期に比べて30~59%減少したとされている。

インドネシアへの最大の投資国である日本と、それに次ぐ韓国からの使用者からは、退職金に関する労働大臣令への不満が高い。今回の法案が可決した場合、労働規定に関する罰則も厳しくなるために、外国投資の更なる減少も考えられる(表2参照)。

実際に、国内第2位の自動車メーカーであるPTサクセス・インターナショナルでは、自動車に対する国内の高い需要にこたえる形で、生産を拡大し、新たに従業員2000人を追加採用する予定であったが、労働規定に関する法律が改定されるのを見越して、採用を延期している。

このように、労働者を保護する目的であったはずの規定が、使用者にとってはコスト増となり、正規従業員を雇用したがらない傾向を生み出しているという皮肉な現象も見られている。

新法案に対する労組の対応

SBSIのパクパハン議長は、新法案が労組からの要望によって作られたものであるとして、SBSIを含めたその他の労組もおおむね賛成の意を表していることを明らかにした。また、海外からの投資が減退している点に関しては、労働関係の規定の問題というよりも、法制度の問題や地方自治の問題から生じたものであって、労働規定とは関係がない、と話している。

ジャカルタ・ボゴール・ブカシ労組のアリエスト議長は、これらの法案を長く待ち望んでいたとコメントしている。

しかし一方で、この改定に反対する動きも見られた。2002年の7月8日には、労働組合コムニカシ・フォールム(FKSP)の労働者ら約500名が、ジャカルタのホテル・インドネシア前にてデモ行進を行った。FKSPは、この法案は労働者の声が反映されていないために問題であるとし、法制化の反対と契約社員制度の廃止を訴えていた。

また、インドネシア労働者闘争国民戦線(FNBI)では、公共部門(電気・水道・電力)の労働者のストの禁止と、ストの事前通告制度が問題だとしてデモを行った。

他にもインドネシア労組委員会(KSPI)や反労働抑圧委員会(KAPB)などが、2002年7月3日に行われた「福祉と労働に関する国民議会第6分会」の会合において、新法案の法制化に反対している。

表1 退職金に関する労働大臣令2000年第150号による退職金額
勤続年数  SP1 勤続年数 SP2
1年未満 月給の100% 3年以上-6年未満 月給の200%
1年以上-2年未満 月給の200% 6年以上-9年未満 月給の300%
2年以上-3年未満 月給の300% 9年以上-12年未満 月給の400%
3年以上-4年未満 月給の400% 12年以上-15年未満 月給の500%
4年以上-5年未満 月給の500% 15年以上-18年未満 月給の600%
5年以上-6年未満 月給の600% 18年以上-21年未満 月給の700%
6年以上 月給の700% 21年以上-24年未満 月給の800%
    24年以上 月給の1000%

注)SPIとは退職手当て、SP2とは功労手当てを意味する

 

表2 労働法の違反事項と罰則
  項目 分類 禁固刑 罰金
1 職場での不当な扱い 犯罪 4年以内 4億Rp以内
2 訓練センター許可証の不所持 違反 6カ月以内 6000万Rp以内
3 徒弟制度許可証の不所持 違反 4年以内 4億Rp以内
4 労働者保護を行っていない 犯罪 4年以内 4億Rp以内
5 不法滞在外国人労働者の雇用 犯罪 4年以内 4億Rp以内
6 児童労働雇用 犯罪 4年以内 4億Rp以内
7 過剰雇用 違反   5000万Rp以内
8 時間外手当ての未払い 犯罪 4年以内 4億Rp以内
9 労働集会の時間を認めない 犯罪 4年以内 5億Rp以内
10 母乳時間の禁止 犯罪 4年以内 5億Rp以内
11 母乳施設の不備 違反 1年以内 5000万Rp以内
12 休日がない 違反 1年以内 5000万Rp以内
13 労働安全設備の不備 犯罪 4年以内 4億Rp以内

出所:Jakarta Post、2002年7月3日

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