電力部門の民営化をめぐる労使紛争の長期化

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年5月

2月25日から政府の民営化方針阻止を掲げて連帯ストライキに入っていた電力・鉄道・ガスなどの公共部門労組のうち、ガス・鉄道部門では民営化方針と労働条件の改善に関する妥協案が成立し、ストライキは早期終結を迎えた。しかし、電力部門では最大の争点である民営化案をめぐって労政間の話し合いは平行線のままで、3月25日現在なおストライキは続いている。では、電力部門では、労政はそれぞれどのようなスタンスをとっており、なぜストライキは長引いているのかを探ってみよう。

民営化案をめぐる労政のスタンス

政府の電力部門民営化方針は2000年12月に国会を通過した「電力産業構造改革に関する法律」ですでに確定され、同法の附則には「1年間の準備期間をおく」という条項が盛り込まれた。2001年4月には同法に基づいて電力部門は6社(火力発電の5社、水力原子力発電の1社)に分割され、2002年1月にはそのうち5社の民営化の方式や手続きなどの細部計画が明らかになった。

今回の労政対立において争点になっているのは、この民営化計画である。政府は民営化計画の法的根拠となる前述の法律が労組と労使政委員会での合意の下で成立した点を挙げてその過程ですでに社会的合意は得られたという立場をとっている。また民営化に伴う雇用不安に対しては「一定期間雇用及び労働協約の承継が保障されるよう全力をつくす」ことを言明している。

これに対して、民営化の対象になる5社の労組は、「労組と労使政委員会での案には、電力産業の構造改革を推進する過程で労組と誠実に協議するという項目が盛り込まれたが、会社の分割後、経営側は労組との話し合いにはなかなか応じようとせず、むしろ労組の存在を無視する行動に出た」と反駁している。また、民営化に伴う雇用不安をめぐっても、「いままでの事例(早期退職や契約職への切り替えの急増など)をみる限り、政府の雇用保障方針とは裏腹に雇用不安はさらに深刻化する」と主張し、改めて政府の民営化計画を阻止するために徹底抗戦の構えをみせている。

これは、会社の分割を機に労組の運動路線に大転換が起きたことを意味する。すなわち、民営化対象の5社の組合員は2001年7月に既存の労組から脱退し、「発電産業労組」を結成し、上部団体を韓国労総から民主労総に変えるなど、政府の民営化方針を阻止するための対政府闘争体制を強化する道を選んだのである。その背景には既存の労組が2000年12月に「電力産業構造改革に関する法律」の制定を阻止するためのストライキを相次いで留保し、最終的には撤回したのを機に、政府の民営化方針に勢いがついてしまったという反省と共に、会社の売却に伴う雇用不安という危機意識が強く働いているようである。それに、労組執行部は「経営側は会社分割以前の雇用及び労働協約の承継を拒否し、労組用事務室の提供や組合費の天引きなどを遅らせ、労働協約改訂交渉にも誠実に臨まないなど、しばらく労組の存在を無視するような行動に出た」として、経営側への不信感を募らせている。このような経緯から、組合員の間では民営化阻止に向けての連帯意識は以前にも増して強く、同労組の強硬路線には一切の揺るぎもないという状態が続いているようである。

政労使交渉の経緯

では、労政交渉はどのような展開をみせているのかその経緯を追ってみよう。

まず、連帯ストライキに入ってから1週間ぶりの3月1日に政労使間の交渉が再開された。争点別に、会社の売却をめぐっては政府が、また解雇された組合員の復職、会社の分割・合併の際の組合員の身分保障、労組の専従役員数の調整などをめぐっては経営側がそれぞれ交渉に臨むという役割分担が試みられた。

しかし、同交渉は何の進展もないまま中断され、労使双方は早くも実力行使に走る展開となった。経営側は職場への復帰命令に応じない組合員に対して解雇などの懲戒措置をとり、損害賠償訴訟を起こすほか、職場復帰を促すための説得に努めている。

これに対して、組合員5300人余りはインターネットのホームページや携帯電話などの情報通信機器を使って執行部や他の組合員との連絡(指示・報告)をとりながら、5~10人のチーム単位で各地を移動し、ストを続けるなど、組合員の間で「ツアースト」と呼ばれる新たな戦術を展開している。この戦術は、政府の公権力行使による強制鎮圧であっけなくストを終結させられる事態を避けると共に、組合員間で相互監視・統制の機能を果たし、経営側の圧力(脅かしや説得)に屈してストから離脱する動きを防ぐことができるという点で、労組側にとっては長期戦に向けての新たな強みとなっているようである。そのうえ、全国32カ所の発電所に立地する社宅に暮らし、結束力が強い組合員の家族も今回のストライキを支持し、それに加勢するように抗議集会を開くなど、労組側の実力行使を後押ししていることも大きな支えとなっているようである。

そういうなかで、中央労働委員会は3月8日に仲裁案を出し、また国会議員団は3月17日に「電力産業正常化勧告案」を示すなど、労使紛争の調整に向けての動きもみられた。しかし、「政府の民営化方針を前提にした」前者に対しては労組が、そして「政府の民営化方針に対する新たな社会的合意づくり(売却計画の一時留保、国会での公聴会や討論会開催)を提案した」後者に対しては経営側がそれぞれその受け入れを拒否したため、不調に終わってしまった。

その後、政府と経営側は3月20日、スト中の組合員に対して「25日まで職場に復帰しない場合、全員解雇する」という最後通知を出した。その他に、組合員648人に対して業務妨害と労働組合法及び労働関係調整法違反で告訴し、ストを主導した労組執行部のみでなくスト参加者全員に対しても給与及び退職金の仮差押え申請を出すなど、組合員の職場復帰を促すために圧力を強めた。

その間にも、3月23日には「最大の争点である民営化案には言及しない」ことを条件にスト終結の道(ストの民事・刑事上の責任及び懲戒処分の最小化)を模索するために労使交渉が再開されたが、結局、民営化案に対する立場の食い違いがネックになって、再び物別れに終わってしまった。労組や野党議員などは「政府が当初の約束を破って民営化計画に対する労組の同意を合意案に盛り込むよう求めたため、交渉は決裂してしまった」と批判している。 

最終期限である3月25日午前9時を過ぎた時点で、経営側は「すでに解雇措置をとった197人と解雇手続き中の404人に続いて、最終期限まで職場に復帰しなかった組合員全員に対して解雇措置の手続きに入る」ことを明らかにした。その時点で職場に復帰した組合員は1679人(5591人の30%)にとどまっており、残りの4000人近くが解雇の対象になるとみられている。ただし、いまのところ、政府と経営側は組合員の職場復帰率を上げるためにも、ストを主導した労組執行部などに対しては厳正な司法処理などの措置をとる一方で、ストに参加するだけの一般組合員に対しては解雇などの懲戒措置を最小限にとどめる方針のようである。

これに対して、民主労総は3月26日、臨時代議員大会(800人余り出席)を開いて「政府が組合員の大量解雇を強行し、労組執行部が立て篭もっている明洞聖堂に警察隊を投入する場合、闘争本部代表者会議を経て4月2日午後1時に連帯ストライキに突入する」方針を決め、再び政府に対する圧力を強める。と共に、交渉権の委任を受けて、政府との交渉に臨む道をも模索することにしている。

いずれにせよ、労組側が政府の民営化計画撤回を求めてストに入ってから約1カ月経って、組合員の大量解雇や 電力供給体制への影響などがにわかに現実の問題となっている。いままでは発電設備の自動化が進んでいるため、代替要員の投入で発電設備の運転を続け、電力の安定供給体制を維持することができたこともあって、政府と経営側も長期戦を覚悟で強硬姿勢を貫くことができたといわれるが、ここにきて「電力供給体制に大きな混乱が生じて、国民生活や経済に甚大な影響を及ぼす」可能性が高まるにつれ、その責任の重さからも政労使ともに長期戦に負担を感じ始めているに違いない。

4月2日午後1時頃、民主労総が連帯ストライキへの突入を宣言した直後、電力部門で労政間の合意がようやく成立し、ストライキは撤回された。

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