厳しい雇用情勢と労働市場
各国で不況の気配が強まるなか、アメリカの同時テロ事件及びアフガン戦争が追い打ちをかけ、アジア各国も経済停滞の色を濃くしてきている。タイでは、対米・対日輸出の不振が不況の大きな要因となっている。その影響は雇用情勢にも反映しており、労働社会・福祉省は2001年9月18日、失業者が前年の119万人から130万人に増加する見通しを明らかにした。
金融部門の雇用削減、計2000人
タイ銀行協会は、コスト削減のため地方支店でも行っていた小切手決済の本店集約化に伴い、銀行部門での約2000人の人員削減を行う方針を明らかにした。
大手2行、タイ農民銀行とバンコク銀行では、全国で毎月決済される450万の小切手のうち、約半数を取り扱っている。そのため、2行は今後のIT化への設備や技術に関して協力関係を結んでいくことを決め、集約化に伴う余剰人員の削減を行うと発表した。タイ農民銀行では、早期退職制度によって1000人を目処に10月15日から11月15日の間に退職者を募る。この制度によって退職した職員は月給の3~10倍相当の解雇手当と生活補助費が支給される。なお、同行の総従業員数は1万1341人となっている。
関係者によると、他行でも同様の技術提携が進み、人員削減が行われるとみられている。
テロの影響-各航空会社、雇用削減
2001年9月11日のアメリカ同時テロの影響で、各航空会社は利用者の減少による収益の落ち込みに対処するため、相次いで人員削減策を発表している。ユナイッテッド航空は、アジア全体で少なくとも400人の乗客添乗員を解雇する方針を打ち出した。そのうちタイ人は98人で、同様にシンガポール人300名、日本人60名、韓国人60名も解雇された。
アメリカの航空会社が大幅な人員削減計画を公表する中で、組合に保護されたアメリカ人従業員は諸手当を受け取ることが出来るが、アジアの従業員は例外である。 解雇された同社98名のタイ人解雇者が、タイの労働保護法に従って最低月額6ヶ月分に相当する解雇手当を受け取れるかどうかは、現在交渉中とのことである。
テロ事件後、成田—アメリカ間の航空利用者数は、前年比30%減、成田-バンコク間は20~30%の減少となっている(全日空の場合)。今後は観光業への影響も懸念されている。
新卒者に課せられる厳しい雇用競争
不景気のために、大卒者の未就業が増加していることは本誌でも繰り返しお伝えしてきたが(2000年1、9、12月号、2001年7月号を参照)、その状況は改善されていない。大卒者の就職内定率は6割程度で、2000年は1999年よりも3ポイント減少している(表1、2を参照)。
大卒者に課せられる採用側からの要求は年々高くなってきており、それに応える学生側もスキル向上のための努力が不可欠となっている。
更なる知識と技能を身に付けるための大学院進学が増加し、1999年から2000年にかけて進学率は3ポイント上昇している。就職の際の決め手はどの国も共通で、「英語力とコンピュータースキル」であるが、不況時には新卒者の持てない「職務経験」が加わる。職務経験がないことをカバーするために、進学を志す者もあるという。例えば、バンコク銀行などでは、現在の新入社員の約4割が修士の学位を持っており、大卒と修士卒の初任給を比較しても、修士卒は平均5割増となっているという。
1999 | 2000 | 2001年度第1四半期 | 2001年度第2四半期 | |||||
人数(千人) | 割合(%) | 人数(千人) | 割合(%) | 人数(千人) | 割合(%) | 人数(千人) | 割合(%) | |
教育を受けていない | 1,220.5 | 3.81 | 1,050.8 | 3.24 | 1,093.1 | 3.59 | 1,089.7 | 3.47 |
小学校卒またはそれ以下 | 19,790.3 | 61.80 | 19,741.1 | 60.89 | 18,890.0 | 62.05 | 19.436.6 | 61.92 |
中・高校卒 | 5,968.1 | 18.64 | 6,387.4 | 19.70 | 6,797.9 | 22.33 | 7,196.8 | 22.93 |
大学卒 | 3,020.3 | 9.43 | 3,226.5 | 9.95 | 3,618.3 | 11.88 | 3,576.8 | 11.40 |
その他 | 12.3 | 0.04 | 7.3 | 0.02 | 9.4 | 0.03 | 10.9 | 0.03 |
不明 | 12.8 | 0.04 | 6.8 | 0.02 | 36.0 | 0.12 | 77.5 | 0.25 |
合計 | 32,023.3 | 100.00 | 32,419.9 | 100.00 | 30,444.7 | 100.00 | 31,388.3 | 100.00 |
出所:国家統計局,Labour Force Survey
就職内定者 | 通学者 | 求職中 | その他 | ||||||
卒業年 | 大卒者数(人) | 学生数(人) | 割合(%) | 学生数(千人) | 割合(%) | 学生数(人) | 割合(%) | 学生数(人) | 割合(%) |
1998 | 98,955 | 56,800 | 57.4 | 11,558 | 11.7 | 26,569 | 26.9 | 4,018 | 4.1 |
1999 | 98,789 | 61,536 | 62.3 | 11,015 | 11.2 | 21,734 | 22.0 | 4,515 | 4.6 |
2000 | 109,758 | 65,501 | 59.7 | 15,881 | 14.5 | 22,686 | 20.7 | 5,696 | 5.2 |
出所:大学省
不況が家計に打撃
このような厳しい経済・雇用情勢の中で、家計も収入の減少という形で不況の影響を受けている。
世帯収入及び支出の変化を見てみると、1997年の経済危機以前の収入増加は非常に大きく、特に危機直前のバブルの時期であった1996年には前年比3割増しとなっていたのに対して、危機後は増加率も鈍化し、2000年にはついに前年比マイナスとなった(下記表参照)。収入の減少は消費の抑制にも繋がり、支出額は1999年から減少傾向を見せている。2001年前期の失業率は前年よりも増加しており、2001年の後半も状況は悪化するとの見方が強いことから、不況が家計に及ぼす影響は今後更に強くなるであろうと予想される。
年 | 平均世帯構成人数 | 平均世帯所得(バーツ/月額) | 変化率(%) | 平均世帯支出額 | 変化率(%) | 収入と支出の差額 |
1975 | 5.5 | 1,928 | ― | 2,004 | ― | -76 |
1981 | 4.5 | 3,378 | 75.2 | 3,374 | 68.4 | 4 |
1986 | 4.3 | 3,631 | 7.5 | 3,374 | 12.1 | -152 |
1988 | 4.0 | 4,106 | 13.1 | 4,161 | 10.0 | -55 |
1990 | 4.1 | 5,625 | 37.0 | 5,432 | 30.7 | 188 |
1992 | 3.9 | 7,062 | 25.5 | 6,529 | 20.1 | 533 |
1994 | 3.8 | 8,262 | 17.0 | 7,567 | 15.9 | 695 |
1996 | 3.7 | 10,779 | 30.5 | 9,190 | 21.4 | 1,589 |
1998 | 3.7 | 12,492 | 15.9 | 10,389 | 13.0 | 2,103 |
1999 | 3.7 | 12,729 | 1.9 | 10,238 | -1.5 | 2,491 |
2000 | 3.6 | 12,150 | -4.5 | 9,848 | -3.8 | 2,302 |
出所:国家統計局Socio Economic Survey各年度
失業保険、今年末までに整備を目標
失業者の増加と労働組合からの長年の要求を受けて、チャバリット副首相は2001年9月30日、社会保障基本制度の枠を失業者にまで拡大する用意があることを明確にした。そして年末までには準備を整えたいとしている。
この約5年間、特に経済危機後、労働者と組合にとって失業保険の実施は政府への要求のなかで最重要事項であった。しかし、長引く不況のため、保険料の支払いが経営者・労働者双方に負担となること、そして政府の財政状況も厳しいとの理由から先送りされてきた。そのため、今回の副首相の意向も、現在の状況を考慮すると、実現の可能性は低いのではないかと見られている。
2001年12月 タイの記事一覧
- 厳しい雇用情勢と労働市場
- 「30バーツ医療制度」、10月よりバンコクで適用開始
関連情報
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